第10話 袖捲り
川の土手。
バイソンを仲間にしたヨッサたちはバス停を目指すことになった。
「隣町までの行き方を知ってる奴が居て心強いよ」
「よんまんじで祭りが有るから見に行くついでだよ……」
ヨッサが言うとバイソンは照れくさそうに返事してきした。バイソンは誰かと一緒に遊ぶ事が余り無かったようだ。
「ヨッサは一人で出掛けたりしないの?」
「いつも家族が一緒」
「そうか、僕の家は車で出かける事が多いのかな」
「家族で?」
「いいや、運転手のおじさんと僕の二人だね」
「ああ、平日は居ないことが多いんだったっけ」
「そうそう」
ヨッサとガリガリがそんな話をしている。バイソンが熱心に聞いていた。サボリは皆の先を一人でフラフラと歩いている。
「バイソンの家も家族で出かけるの?」
「いいや、大概一人きりで出かけることが多いね」
「おっとなー」
ヨッサとガリガリが声を揃えて言った。
(そう言えば皆は怖がって傍に寄らなかったっけ……)
ヨッサは休み時間になると、教室で一人静かに本を読んでるバイソンを思い出していた。
しかし、実際に話をしてみると気さくで良いやつだったのだ。
「よんまんじ?」
聞き慣れない寺の名前なのでサボリがバイソンに尋ねた。
「本当は詠満寺(よまんじ)って名前らしいけど、地元の人は『よんまんじ』って発音するんだよ」
バイソンが答えた。
「ところで、バイソンは何でそんなに詳しいの?」
「あー、俺の通ってる空手道場は隣町にあるんだ」
「そうなんだ。 それでバスに詳しいのか」
バイソンは良くバスを利用して道場に通っているのだそうだ。
「祭りか…… う~ん、それは良いな」
「俺は去年も行ったけど結構賑やかで楽しいぜ」
「ついでに祭りも見て帰ろうぜっ」
「うん」
祭りと聞いてサボリがはしゃぎだした。彼は賑やかなものが好きなようだ。
「僕は祭りとか行った事が無いから楽しみだな」
ガリガリも嬉しそうだった。実を言うと祭りというものに行ったことが無かったのだ。
「え?」
「親は連れて行ってくれないの?」
「うん。 休みの日は寝てるかスマートフォン弄ってるだけだね」
「そうなのかあ」
三人はガリガリの意外な日常にビックリもしていた。
「あんまし小遣い無いけど…… まあ、良いか」
ヨッサは見るだけでも良いかと考えていた。小遣いが心細いので買い食いが出来ないせいだった。
「ああ、見て歩き回るだけでも面白いよ」
「バス代残して…… 全員合わせればタコヤキを一皿買えるんじゃね?」
「おーっ、俺たちって金持ちぃー」
サボリは単純に喜んでいた。彼は誰かと一緒に居るのが好きなだけなのかも知れない。ヨッサはそう思った。
「そう言えばヨッサとハカセって仲良いよな」
「うん、休み時間なんかも大概一緒に居るね」
バイソンとガリガリが言ってきた。二人はクラスの中では浮いているせいか、周りを良く観察しているようだ。
「そうだね。 喧嘩しても直ぐに仲直りしてしまうね」
「喧嘩する事なんてあるんだ?」
「しょっちゅう喧嘩してるよ」
「どんな事で?」
「大概、俺が物事に集中しないせいかな?」
ハカセと一緒に宿題している時でも、ヨッサが直ぐに飽きて他のことをやり始めてしまう。
さっさと宿題を終わらせて遊びたいハカセを怒らせてしまうのだ。
「俺が謝って仲直りさ」
喧嘩してもヨッサが謝ってハカセが直ぐに許してしまうらしい。
「そう言えば、次の日までハカセが怒ってたことが一度だけあったな……」
「どんな事で?」
「ハカセと一緒に俺の家で宿題してた時にさ」
「うん」
「紅茶を入れようと思って、ヤカンをガスコンロにかけてあったのよ……」
「うん」
「お湯が湧いたからヤカンを取ろうとしたら、袖口に火が燃え移ってしまったのよ」
コンロの火を消す前にヤカンを取ろうとしてしまったらしい。
普通の人なら火を消してからヤカンを取るものだ。ところがヨッサは逆のことをしてしまったのだ。その上、何かに気がそれてしまったのだ。何に気を取られたのかは思い出せないが、たぶんくだらない事に違いない。
「え?」
「!」
「大丈夫だった?」
古いフリース生地なんかだと、表面が毛羽立ってしまう。そういう起毛した着衣だと一瞬で火が回ることがあるのだ。
「あっ! と、思った時には上半身に燃え広がってた」
ヒーターの前に座ってたり、袖を捲らずにガスコンロの前に立つのは危ないと、母親から怒られたことが何度かあった。
『もし、服が燃えてもすぐ脱げばいいじゃん』
そんな事を本気で考えていたらしい。
目の前で息子が火達磨になるのを見ていた母親は、生きた心地がしなかったであろう。親友が燃えるのを目の当たりにしたハカセも同様だった。
二人共大慌てでヨッサの服に点いた火を消そうとしてくれたらしい。
「幸い表面の部分だけ燃え終わったら火が消えたけど、最初は頭が真っ白で何も考えられなくなっていたよ」
火でほんのり体が熱かったことと、髪の毛が燃える匂いがしてたことしか覚えてないらしい。身体が硬直してしまって動けなかったとも言っている。
だが、幸いなことにやけどなどはしなかったのだそうだ。だからこそ、ハカセは無事だと分かった瞬間に、怒りが頂点に達してしまったのだろう。
「きっと、ハカセは本当に心配だったんだよ」
「うん、俺もそう思う」
ハカセに涙目で抗議された時には、マズイ事をしてしまったと後悔したのだった。
「でも、次の日にちゃんと謝ったら許してくれたよ」
「良かったね」
「うん」
ヨッサは人に心配を掛けすぎると良くないとかなり反省したようだ。
そんな話をしながら四人はバス亭に向うために駅とは違う方向に向かって行った。
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