第9話 ザリガニ

仔犬を埋めてあげた河原。


「おっ…… ザリガニが見える……」


 早々とお祈りを切り上げたサボリが川に流れ込む用水路を覗き込みながら言った。

 用水路と言っても側溝が一回り大きくなった程度の小さいものだ。しゃがめば直ぐに水面になっている。


「どれどれ…… 本当だ!」

「ウジャウジャ居るじゃねぇか……」

「メダカも居るね」


 川に流れ込む用水路にザリガニが居るのを発見して興奮する三人。用水路を覗き込みながら指さしていた。


(このカニの出来損ないみたいのがザリガニか?)


 興奮する三人を他所にガリガリは冷静だった。何しろ初めて生で見る生き物だ。もちろん、図鑑などを見て知識はある。

 だが、写真と実物では見え方が違うものだ。ガリガリは実物に触れてみようと考え、そーっと指を近づけてみた。

 するとザリガニはパチンとハサミを閉じて来たではないか。


「いってぇ~!」


 ザリガニはガリガリの人差し指を挟んでしまっていた。

 ガリガリはザリガニを見るのが初めてなので、ザリガニがハサミを広げてるのは威嚇行動だと知らなかったのだ。


「ちょ、何やってんのよ」

「ぷぷぷっ」

「あははは」


 ヨッサとサボリは突然悲鳴をあげたガリガリにビックリしながらも、指先にくっついているザリガニを見て笑っていた。


「ガリガリ、振り回しちゃ駄目だよ」


 バイソンだけは笑いながらも指を挟んだザリガニを取ろうとしていた。人間の力で振り回したらザリガニの足が取れてしまうからだ。

 それは可愛そうだし、第一後味が悪いと思っていたのだ。


「ちょっと、ジッとしていて……」


 バイソンはザリガニのハサミの付け根を指で抑えて少し力を入れた。するとあっさりと外れてしまった。


「これで、良いだろ?」

「ありがとう……」


 ガリガリはバイソンに礼を言った。

 バイソンはザリガニを用水路の中に戻してやった。すると、足元に落ちていた平らな小石を拾って投げた。

 小石は水面をちょんちょんちょんという感じで撥ねて川の中ほどまで行って沈んでしまった。


「あっ、凄いな」

「水切りって言うんだよ」


 そう言ってバイソンは再び投げてみせた。十回以上は撥ねたような感じで石は水面を滑っていった。


「すげぇ~」


 三人は口々にバイソンを褒めてやった。


「平らな石を水平に投げるのがコツなんだよ」


 いつの間にか石を投げて何回ジャンプするのかを競う遊びになった。サボリは夢中になって小石を探している。


「……」


 ガリガリは初めて挑戦するも三回程度で沈んでしまう。腕の曲げ方なんかを工夫して投げるが結果は同じだった。


(ああ…… 俺ってば運動神経無いな……)


 運動ベタなヨッサは一回もジャンプすることが出来なかった。もちろん、ハカセと水切りで遊んだこともあるし、専用の小石を集めたりもしている。だが、出来ないものは出来ない。

 もっとも、仔犬が死んでしょぼくれていたバイソンが、元気になったみたいなので良かったなとは思っていた。


「そう言えば、三年生の自由研究に水生生物の観察をやろうってハカセと相談しあったんだ」


 皆で水切りの石を投げている時に、ヨッサはふと思い出したらしい。


「ハカセってデカイ黒縁メガネの奴?」

「そうだよ」


 バイソンが聞いてきたのでヨッサが答えた。どうやらバイソンはクラスの連中の特徴は分かっているらしい。


「水生生物ってガリガニとかなの?」

「うん……」


 本当はメダカのつもりだったが、取れたのがザリガニだったのだ。


「でも、網を持ってないからさ……」

「それは意外だね?」


 ガリガリはヨッサなら虫取りの網ぐらい持っていると思っていたのだ。


「有ったんだけどハカセと一緒に遊んでる時に、キャッチボールのグローブ代わりに出来るのか実験したら壊れた」

「わははは」


 やはり、ヨッサは網を壊してしまったらしい。理由も彼らならではの物だった。勿論、二人共親に叱られたのはお約束だ。


「だからさ、傘があるじゃん?」

「うん」


 今度は何をやらかしたのだろうと全員がヨッサを注目した。


「あれに穴を開けて網の替わりして使ったらめっちゃ叱られた」

「そりゃそうだろ」

「あははは、そりゃひでぇぇぇぇ」

「ちょっと傘が可愛そう……ぷぷぷっ」


 彼らのチャレンジ精神はめげない物があるなとガリガリは感心した。

 その話を聞いていたサボリとバイソンは腹を抱えて笑いだしていた。


「でさ…… 雨が降った時に、その傘を使ったら滅茶苦茶雨が漏れるんよ……」

「捨てなかったのかい!」


 ヨッサは斜め上の事を言い出し、サボリがツッコミを返していた。


「なんとなく愛着が湧いてねぇ……」

「いやいやいや、ヨッサの悪戯ひどすぎるだろ」

「ちょ! 悪戯のつもりでやってるんじゃないやい」


 ヨッサは自分では物を大事に使ってるアピールのつもりだったのだ。


(それの方が質が悪い……)


 そう思ったガリガリであった。


「ところで三人はどこに行くの?」


 何回か石投げをしている内にバイソンが尋ねてきた。そろそろ飽きてきたのだろう。


「隣町に行く所なんだ……」


 ヨッサが答える。


「隣町まで? 何か有るの?」

「実はハカセが骨折して入院してるんだ。 それでハカセのお母さんにお見舞いに来てくれるように頼み行く途中なんだよ」

「電車に乗るんで駅に向かってる最中!」

「……」


 バイソンが聞いて来たので、ヨッサは事情を簡単に話したのだった。

 すると彼は意外な事を言い出した。


「それならバスのほうが安くて良いよ」

「なんと!」

「マジ!?」

「うへへへ」


 電車だと九十円も掛かるがバスなら五十円になるという。小遣いが限られている男子小学生には魅力的な話だった。


「どのバスに乗れば良いのか教えてくれる?」


 ヨッサがバイソンに尋ねた。


「丘を一つ越えるし分かりづらいから一緒に行ってやるよ」

「本当! そうしてくれると助かる」

「それが良いね」

「あははは、これで四人組になったね」


 バイソンはバス停までの道のりがが分かり辛いから案内してくれるのだそうだ。

 こうして、バイソンが仲間になりヨッサの冒険隊は四人になった。


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