第8話 仔犬の河原

駅まで後少しの道中。


 サボリが指さした先に梅村英治(うめむらえいじ)がいた。クラスでは『バイソン』とアダ名を付けられている奴だ。

 クラスの中で体格が一番大きく、しかも声がデカくて態度も大きかった。

 子供ころから空手を習っているのが自慢らしく、あの郷田たちですら一目を置くような奴だ。

 粗暴なので関わりたくない奴だなと、ヨッサは常々思っていた。


 もっとも、バイソンの方も自分が怖がられているのが分かっているのか、クラスの連中とは関わり合いになろうとしないようだった。

 いつも一人で静かに本を読んでいるか、外をボォーッと眺めているのを見かけていた。


(何やってるんだろう?)


 そんなバイソンが道端にしゃがんで何かを撫でている。奇妙な光景だなとヨッサは思った。

 だが、よく見るとバイソンの手元には仔犬が一匹倒れていた。


「どうしたの?」


 怖いもの知らずのサボリが屈託なく尋ねた。


「コイツ…… 俺の目の前で車に跳ねられたんだ……」


 聞かれたバイソンは下を向いたまま、誰とも目を逢わさずにポツリと漏らした。


「さっきまで唸っていたんだよ……」


 そう言ってバイソンは悲しそうに仔犬の腹を撫でていた。

 道路を横断しようとして撥ねられたらしい。最初は生きていたらしく藻掻いていたが直ぐに大人しくなったそうだ。


「そっか……」

「……」

「……」


 ヨッサたち三人は何と声を掛けて良いのか分からずに戸惑ってしまった。


「バイソンの犬なの?」

「いいや、違う……」


 ヨッサはガリガリの時の仔猫を思い出して、周りを見渡してみた。母犬が居るような気がしたからだ。

 でも、目に映る範囲には、それらしい犬は居なかった。


(迷い犬なのかも知れないな……)


 ヨッサはそう考えた。母犬を探している内に大きな通りに出てしまい、道を渡ろうとしたのかも知れなかった。そこを運悪く撥ねられてしまったのだろう。


「ずっと傍に居たの?」

「ああ……」

「もう死んだんだよね?」

「ああ……」


 三人は口々に質問するがバイソンは気の無い返事をするばかりだ。


「じゃあ、犬は独りぼっちで死んだんじゃ無いんだね……」


 ヨッサが何気なく口にした。

 バイソンはビックリした顔をしてヨッサを見上げた。だが、直ぐに仔犬の方に顔を向けた。


「そうか。 そう言う考え方も有るのか……」


 ポツリと漏らした。彼は仔犬の境遇を思いやるので手一杯だったようだ。


 仔犬は道を歩いていただけなのに理不尽な死に方をさせられた。

 車の運転手は跳ねたのを分かってる筈なのに止まる事無く走り去ってしまった。

 一つの命を奪ったのに、どうしてそういう事が出来るのか分からなかったのであろう。


 バイソンはやり切れない思いをどうすれば良いのか分からなかったのだ。

 だが、ヨッサの一言で仔犬は孤独に死んだのでは無く、誰かが傍に居てやれたのは幸運なのだと考えも有る。

 そう、思い至ったのかもしれない。


「……」


 バイソンは仔犬を撫でるのを止めて無言で見つめていた。

 他の三人は、なんと声を掛けてあげれば良いのか思いつかずに傍に立っていた。


「あの河原に埋めてあげようよ」

「……」


 サボリが川を指差しながら言った。このままにしておくのは可哀想と思ったのであろう。

 ガリガリも同じ考えのようだ。しきりに頷いている。


「うん…… そうだな……」


 そういうとのっそりと立ち上がった。そして河原を一瞥してから子犬の方を見た。


「俺…… 血は苦手なんだ……」

「どうしよう……」

「俺も駄目駄目……」

「ちょっと……」


 バイソンがそう言うと、皆も血が苦手なのか尻込みしてしまっていた。もっとも、血が得意な人は余りいないだろう。

 全員で困ってしまっていた。


「これで包んで上げると良いと思うよ」


 すると、ガリガリが道端に落ちていた新聞紙を拾ってきた。サボリもしきり頷いている。


「あっ…… ありがとう……」


 バイソンは礼を言うと、仔犬の遺体をくるんで抱き上げてやっていた。


「……」

「勝手に埋めて怒られないかな……」

「誰に?」

「え? 大人の人……」

「見つからないうちに埋めちゃえば良いんだよ」


 四人はそんな事を話ながら河原に降りて行った。


「穴を掘ると言っても道具無いよ?」


 ガリガリが河原に降りる途中で聞いてきた。彼らはシャベルやスコップなどの、穴掘り道具を持ってきていないのだ。


「ん、 大丈夫。 大きめの雑草を引抜くじゃん?」

「うん」


 ヨッサが適当な草を指差しながら言った。


「その雑草の根を抜いた跡に出来た穴を広げていけば良いんだよ」

「なるほど……」


 これは、ハカセと一緒にカブトムシの幼虫を探した時にやっている方法だった。これで地中の幼虫などを探している。

 いつも昆虫採集の時には、虫取り網と虫かご以外を持っていってない。手近なものを道具にするのは得意なのだ。


「他にも落ちている板や棒きれを使って穴を掘り進めるのも良いよね」


 これなら子供の力でもある程度は掘り返すことが出来るようだ。


「さすが、手慣れているね」


 サボリがからかってきた。ヨッサは笑い返した。本当はハカセがあれこれアイデアを出した掘り方だが、自分が褒められたようで嬉しかったのだ。


 河原に付いた四人は大きめな草を引っこ抜き。そこを掘り始めた。

 バイソンは黙々と板切れを使って掘っている。

 ヨッサは棒きれで地面を突いて穴を掘りやすいように土を解していた。

 サボリは落ちていたオタマを使って土を穴から出している。

 ガリガリは鍋の蓋を使って外に出た土を横にどけていた。


 誰も何も言わないが、それぞれの役割を自然に果たしているようだ。


「深めに埋めないと掘り起こされちゃうかもな……」


 バイソンがポツリと漏らした。全員、額に汗が出始めていたが、それでも頷いて穴を掘り進めていた。


(なんだ、見た目は恐いけど良い奴じゃん……)


 ヨッサは見た目だけでバイソンを誤解してたようだ。

 彼は見ず知らずの仔犬の事で、悲しんだり出来る優しい少年だったのだ。


「この位で良いかな……」

「良いと思うよ……」

「そうだね~」

「……」


 適当な深さになった所で仔犬を入れてやり土を被せた。そして墓石代わりに木の板を刺して、簡易なお墓の出来上がりだ。

 そこに、サボリがどこからか花を持ってきて備えていた。花と言っても小指の先程の小さい奴だ。それでも、何かしら弔って挙げれた気がするものだ。


(心が消える前にお祈りが届くと良いな……)


 ヨッサは墓の上に備えた花を見ながら漠然と考えていた。


(犬の心って何処に有るんだろう?)

(嬉しいと尻尾をいっぱい振るから尻尾かな?)

(次は大好きなお母さんと一緒だったら良いね)


 そんな事をぼんやりと考えながら、子犬もきっと自分の母親が好きなのだろうなともヨッサは思っていた。


「大した関係も無いけど、目の前で何かが死ぬのって嫌なもんだな」

「うん……」

「……」

「……」


 四人で静かに手を合わせなんとなく冥福を祈ってみた。死んだらどこに行くのか分からないが、次に生まれてきた時には幸せになって欲しいとヨッサは思った。

 そんな四人を川を流れる音だけが静かに包んでいた。


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