第7話 謎の朝顔

 駅に向かう道中。


 ヨッサとガリガリが二人で駅に向かって歩いていると、後ろから声をかけてきた者が居た。


「おいーすっ! 珍しい組み合わせだな。 どこ行くのよ?」


 小野浩(おのひろし)通称サボリだ。

 彼は気さくな性格なのか、誰でも声をかけて仲良くなっているらしかった。


「隣町に用事があるから、ちょっと出かけるんよ」


 ヨッサがそう答えた。


「へぇ~。 俺も着いて行って良い?」

「うん、いいよ」


 ヨッサの冒険の旅に新しい仲間が加わったのだった。サボリを加えた探検隊は駅に向かって歩いていた。


「サボリは暇なの?」

「うん」


 サボリは屈託なく答えた。サボリという渾名は学校の授業や行事をよくサボるので直ぐに付けられた。

 本人も気に入ってるらしかった。

 元々、5月の終わりなんて変な時期に転校してきた変わったやつだ。それに街中を放浪するという変わった癖があるみたいだった。

 以前は隣のクラスの郷田らイジメっ子グループに目を付けられていた。だが、何をされても反抗しないので飽きられたようだ。

 何より彼は学校をサボってしまうので、虐めるチャンスが余り無かったのも幸いした。


 ヨッサはサボリに隣町に行く理由を説明した。

 もっとも、サボリは興味が無さそうだった。ハカセの事を良く知らないので仕方が無いのだろう。

 だが、ハカセが入院した理由を話したら、そっちの方に興味を持ったようだ。次にやる時は自分も誘えと言ってきたのだ。


「そういう楽しそうな事をする時は俺も呼んでくれっ!」

「風力で自転車を動かすのか…… ヨットみたいだよね」


 ガリガリが面白そうに話した。


(確かに風力自転車は面白かったよな……)


 それはヨッサも一緒だった。小学生男子はおバカな遊びが好きなのだ。


「ローラースケートかスケートボードで出来るんじゃないの?」

「既にあるから嫌なんだってさ」

「ハカセは頑固だねぇ」

「いや、普通に遊ぶ時でいいじゃん」


 サボリがそう言ってきた。


(確かにそうだよな……)


 自由研究で無ければ、ハカセも賛成するだろうとヨッサは考えたのだった。


「ところでサボリは夏休みの自由研究は何やるの?」

「自由研究?」


 駅に向かいながらヨッサはサボリに質問してみた。彼とは余り話をした事が無かったからだ。


「もう、やった?」

「いいや、俺はギリギリのラインを攻める男なのさ!」


 そう言ってサボリは笑った。子供あるあるで夏休みの最後に泣きながらやるタイプかも知れないとヨッサは考えた。


「でも、何やるかぐらいは決めたでしょ?」

「全然!」


 屈託のない答えにヨッサとガリガリは二人して笑ってしまう。きっと、夏休みの宿題もサボるつもり何じゃないかと二人は思ったのだ。


「ガリガリは?」

「僕は無難な所で朝顔の観察だね……」


 何でも一年生の時に買ってもらった朝顔観察セットをそのまま使っているらしかった。種も毎年出来る奴を翌年用に保存しているらしい。ガリガリは几帳面な性格なのだ。


「朝顔かあ…… そう言えば四年生の時に、ハカセと一緒に朝顔の観察をやったよ」

「そうなんだ。 上手く観察出来た?」


 ガリガリが尋ねた。


「それがなんと失敗」


 ヨッサが笑いながら答える。


「失敗?」

「うん」


 意外な答えにガリガリがびっくりした。

 朝顔を育てるのは大して難しくは無い。毎日の水やりをすれば良いだけだからだ。

 寧ろ失敗するのが難しいのではとガリガリは思った。


「最初、ハカセが持ってきた朝顔の種をプランターに蒔いたんだ」

「うん」

「毎朝、ハカセと一緒に水をやって観察日記を付けていたんだよ」

「うん」

「ところが蔓の伸びが異様に良くて、家庭用のじゃ間に合わなくなったから物干し竿使ったら母さんに怒られた」


 ここでサボリとガリガリが笑いだしてしまった。プランターに突き刺さった物干し竿を思い浮かべたのかも知れない。

 結局、物干し竿は取り上げられてしまったので、今度は自分の釣り竿を使ったらしい。


「でもさ、花が咲いたんだけど、図鑑と比べると何か違うんだよ」

「どんな風に?」


 ガリガリが聞いてきた。彼が知っている朝顔は赤とか青とかカラフルなのが印象だ。


「花が黄色かった」

「へ?」

「朝顔って赤とか青とかの色じゃん?」

「うん、そうだよ」

「ところが咲いた花は黄色かったのよ」

「それって朝顔と違うんじゃない?」

「俺もそう思ったんだけどね……」

「でも、ハカセがこれは新種に違いないって興奮しちゃってさ」


 やはり、相方が喜んでいるのを見ていると、水を指すのが悪いような気分になるものだ。


「俺も葉っぱの形とか全然違うのは分かっていたんだけど言い出せなくてさ」


 それにハカセは思い込んだら言うことを効かないのも知っている。まあ、それはヨッサも一緒だった。


「結局、そのまま育てたんだよ」

「いやいや、途中で諦めなよ」

「すると種が出来る所が段々と大きくなってさ」

「花の付け根の所? 胎座って部分だね」

「そうそう、そういう奴」


 さすがにガリガリは良く知っていた。というか、毎年観察日記を付けているだけの事はある。


「その胎座って部分が大きくなりすぎて蔓から落ちそうになったのよ」

「うん」

「……」

「だから、母さんのストッキングを収穫ネット代わりに使用したんだ」

「あははは」

「ちょ……」


 新品ストッキングの足の部分をハサミで切って使ってしまった。それを知らないでストッキングを履こうとした母親にバレて怒られたらしい。

 ガリガリは想像の付かない悪戯を受けるヨッサの両親に同情してしまった。もっとも本人に悪戯をしているつもりは無い。至って真面目にやっているのだ。


「観察してたら縦縞が出てくるようになって、さすがにコレ違うよな~っと思って父さんに相談したんだ」

「うんうん、それで?」

「そしたら、父さんにスイカになっちゃったねって言われちゃった……」

「あはははは」

「クスクス」


 憮然とするヨッサを横に、サボリとガリガリの二人はゲラゲラ笑っていた。


「もうね…… ハカセと二人でガッカリしたよ」

「それで、そのスイカは喰ったの?」

「食えなかったね。 スイカの皮が異様に分厚くて、全体の半分くらいが皮の白いところだったよ」


 切ったスイカを前に二人で佇んでしまったらしい。もっとも、二人を除いた両家族には大いに受けたのだそうだ。


「それからはスイカ出されるたんびに『朝顔切ったよぉ』って言われるようになっちまったよ」

「あはははは」

「クスクス」


 ヨッさが笑いながら愚痴を言うと、サボリとガリガリも釣られて吹き出して笑ってしまっていた。

 ガリガリは自分の失敗を面白おかしく話すヨッサを羨ましく思ったりもした。

 失敗した事も日記に付けるのも有りなのだなと考えたのだ。


 駅に行く橋に差し掛かった。駅に近づくと人通りも車の交通量も増えてくる。

 サボリがフラフラと先行していたのだが急に立ち止まった。前方をジッと見ている。


「どうした?」

「……」


 サボリに追いついたヨッサが聞いてみた。

 その様子を不思議に思ったヨッサがサボリに声をかけた。


「あいつ、バイソンじゃね?」


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