第6話 正解の在り方

公園脇の道路。


 二人で駅に向かって歩き出していた。


「猫と言えば、ハカセと一緒に仔猫の救けた事があったよ」

「救出?」

「うん」

「どんな風に?」

「猫って何かから逃げる時に木に登ったりするじゃない?」

「うん、あるね」

「降りられる高さなら良いけど、そうじゃない時には上で鳴くしか無くなるんだよ」

「ああ、そう言えば聞いたことがあるな」


 ヨッサの話では近所に山切り崩して宅地造成している所があった。

 まだ、造成工事をしている最中なので、元々山に生えていた木は枝打ちだけをして放置されている。

 これから切り株を掘り起こして整地する作業になると思われていた。


 もちろん、子供が遊んで良い場所ではない。親からも工事中なので近寄らないようにと言われている。

 だが、そこの地面にはツボの欠片など、少年にとってのお宝が一杯あるからだ。

 もっとも、ツボの欠片や瓶の蓋を集めているのはハカセであって、ヨッサは丸くてたいらな小石を集めていた。

 後で、川面の水切りで遊ぶための小道具だ。


 しかし、大人から見ると単なるゴミだ。帰宅するとポケットいっぱいの小石を叱られるのだ。

 見つかる前に隠せば良いのだが、小学生男子にそこまでの知恵は回らないものだ。


 ある日。学校から帰宅する時に、通りかかると猫の声が聞こえた。

 ヨッサとハカセが横手の樹を見上げると、地面から五メートルくらい上にある、枝のひとつに仔猫が生えていた。


 どうやら、犬か何かに追いかけ回されている内に、枝の上まで逃げ込んでしまったとヨッサとハカセは考えた。

 だが、逃げ延びることは出来たが、登った結果が予想外に地上から遠かったので、そこですくんでしまったらしい。

 仔猫は観念した様子で所在なげに景色なんぞを見ていたが、下からヨッサたちが見上げてるのに気付くと一声「にゃー」と鳴いてみせたのだった。

 丁度、夕立が来そうな頃合いで、ここで雨水に当たれば仔猫は病気になるかもしれない。


「面倒だけど助けてやるか……」

「そうだね」


 二人で駆け足で家に帰り、何か助ける道具が無いか探してみた。だが、家にはコレといった道具が無い。


「そうだ、物干し竿を手掛かりにすれば良くね?」

「うん、何かうまくいきそう…… よっしゃ!」


 二人は物干し竿を持って木の所まで行った。物干し竿の長さは二メートルぐらいだ。

 それを伝って登り、後は自力で猫の所まで上がるというガバガバな作戦だ。


「俺が上に登ってみるよ……」

「了解」


 運動が苦手なハカセが支えて、小器用なヨッサが登るのだ。

 最初はスルスルと登れたが途中で手がかりが無くなった。


「あ、上に行くのに足場が無い!」

「え?」


 ヨッサは仔猫の傍まで行ったが、四メートル半ぐらいの所で足がかりを見失ってしまった。


「う~ん、どうしよう……」

「どうしよう……」


 ヨッサは足を下の伸ばそうとしたが、足がかりが何処に有るのか分からないらしい。足をプラプラさせているだけだ。

 上に登れないし降りるに降りれない状態になってしまった。これでは二重遭難だ。


「ねぇ、どうしよう……」

「……」


 非力なハカセはどうしたら良いのか分からずにオロオロしてしまっていた。


 ヨッサの様子を見ていた仔猫は出て来て、ヨッサの肩や背中や物干し竿伝って器用に地上に降りた。そして、そのまま一目散にどこかに逃げて行ってしまった。

 後に残されたのは、セミみたいに木にへばりついているヨッサと半分泣きべそ状態のハカセだ。


 結局、ヨッサは通りがかったトラックのお兄さんに助けてもらったのだった。


「それ以来。 その場所は猫林ってハカセと呼んでいるんだ」

「あははは」


 ガリガリは笑っていた。ヨッサのドジ話は面白いからだ。何よりクラスメートとこういう話をするのは初めてだったのだ。


「でも、トラックのお兄さんは褒めてくれたよ」

「うん、結果は散々だったけど良い事をしようとしたんだからね」

「でも、母さんには叱られた」

「何で?」

「そういう時は大人の人を呼びなさいってさ」

「ああ、そう言えばそうだね」

「ハカセも同じような感じで怒られたって言ってた」


 ヨッサは目の前の問題に夢中になると周りが見えなくなる。これはハカセも一緒だ。

 似た者同士なので仲が良いのだろう。


「そう言えば塾を勝手にサボって親に叱られないの?」

「いや、家に居てもやること無いから塾に行ってるだけだし…… まあ、元々勉強は好きだしね」

「勉強が好きって変わってるな…… おまえ……」


 ヨッサはガリガリがすぐに帰宅するのは塾に通うためだったのかと納得した。何しろ気が付くと居ないのだ。

 だが、ピーマンの次に勉強が嫌いなヨッサは感心していた。


「いや、家に居ても一人だからね……」

「え? そうなの…… 両親は共働きとかなん?」


 ヨッサの家は弟が小さい事もあり、母親は専業主婦をしていた。だから、殆どの場合は家に居る。

 学校から帰り玄関を開け『ただいま』と言うと、母親が『靴をちゃんと脱げ』と『手を洗え』と『宿題を先にやれ』がセットメニューのように言う。これは毎日の日課だった。


「そう共働き。 何か二人共会社の役員とかやってるらしい……」

「そうなんだ~」


 ヨッサの家でも、弟が小学校に上がるとパートタイムで働きに行く話をしていたのを思い出していた。


「じゃあ、家に帰っても一人なんだ」

「そう、だから塾に行ってるんだよ。家のことはお手伝いさんが全部やってくれるからね」

(お、お手伝いさんって金持ちじゃんかあ!)


 お手伝いさんが居ると聞いてヨッサはビックリしてしまった。自分の身の回りにそういう家庭があるとは考えたことが無かった。

 てっきり、映画やドラマの中にしか存在しないと思っていたのだ。


「鉛筆と消しゴムとか自分の小遣いで買うの?」

「いいや、お金が必要な時は金額を書いた紙を食卓の上に置いておくんだ」

「へぇ~」

「そうすると必要な分より多めのお金が置いてある」

「平日の間は両親は僕が寝てる間に帰宅して、起きる頃に会社に行っちゃうからね……」

「そうなんだ……」

「お金が何に必要なのかなんて聞かれたことなんか一度もないよ」

「……」


 それを聞いてヨッサは羨ましくなった。今月の小遣い無しのピンチをどう凌ごうか考えていたせいだ。


(小遣いもらい放題じゃんっ!)


 危うく口に出そうになってしまった。

 しかし、ガリガリは結構深刻な表情をしている。いくら人付き合いが苦手と言っても、冗談を言える雰囲気で無いのは分かる。


「そもそも顔を合わせることが少ないからね……」

「偶に夕飯時に顔を合わせても、新聞読んでるか携帯弄ってるだけだし……」


 そう言って寂しそうに笑っていた。ヨッサの家では家族揃っての食事が当たり前なだけに意外に思った。いつも学校の愚痴を並べ立てるが、父親はニコニコしながら聞いているだけだった。


「僕がそこに居るのに気がついてないみたいなんだよ……」


 ガリガリはそう言って苦笑いしていた。


「色々な人が居るんだから、自分以外に興味が無い人ってのも居るんだと思うよ」


 ヨッサはそう言った。彼は自分の子供が嫌いな大人は居ないと考えているのだ。


「でも、ガリガリの事が嫌いって訳なんかじゃないんだと思うよ?」

「どうしてそう思うの?」

「嫌いなら丸っきり無視するじゃん?」

「うん」

「書き置きに反応するってことは、ガリガリのことを気にかけている証拠じゃんか」

「そ、そうかもしれないね」

「きっと、好き嫌いを態度に出すのが下手なだけなんだと俺は思うんだけどな」


 ヨッサはガリガリを励まそうと適当に言い繕ってみた。


「そうなのかな……」

「うん、色んな人が居るんだから正解は一つでは無いと思うよ」

「色々な人の考えか…… 家の親が変わってるのは分かってる積りだけどね……」


 ガリガリは苦笑いしていた。

 彼からすれば同じクラスというだけで親猫を探してくれたり、入院した友達のために遥々隣町まで行こうとしているヨッサも変わってると感じていたのだ。


(ヨッサの言うことも或るかも知れないな……)


 ガリガリは自分に足りないのは、他人に関心を持つことなのだと考え始めていた。


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