第5話 小さな公園のベンチ
駅に向かう途中。
ハカセの病室から持ち出した暑中見舞いの住所は隣町だった。
自慢では無いがヨッサは一人で遠出をしたのは、お祖父ちゃんに会いに行く時以来だ。少しだけ不安になっていた。
あの時は、電車とバスを乗り継いで行ったが、経路を母親が丁寧に調べて置いてくれたから成功したようなものだ。
そして、駅前にはお祖父ちゃんが出迎えに来てくれていた。
今回は下調べ無しのぶっつけ本番だ。まず、自分のポケットにある小遣いの残りで間に合うのかが問題だった。
今月はお小遣い無しにされたので貰っていない。ハカセに漫画本を差し入れする為に貯金箱から持ってきただけだ。
それと、帰宅時間が遅くならないようにしないといけなかった。ハカセのお見舞いに行くとしか言ってないからだ。
(そう言えば、ドリルの続きをやるのを忘れていたな…… やべぇ……)
もし、バレたら夏休みの間中は外出禁止にされてしまうかも知れない。サッと行って用件を伝えて素早く帰る事が出来れば、宿題の続きをやろうと考えていたのだった。
(まあ、何とかなるさ……)
ヨッサは足早に歩き公園の横を通りかかると、公園のベンチに見慣れた顔が座っていた。
同じクラスの前田佑樹(まえだゆうき)だ。みんなはガリガリと呼んでる。
(何してるんだろ?)
確かに身長の割には手足が長くてやせ細っている。半袖シャツとハーフパンツからゴボウのような手足が出ているので余計に際立っていた。それでガリガリと渾名を付けられたらしい。
クラスでも誰とも喋らずに真っ直ぐに帰宅してしまう生徒だった。だから、ヨッサは遊んだことが無かった。
「よおっ」
ヨッサは気軽に声をかけてみた。そのまま無視して通り過ぎるのも悪い気がしたからだった。
「ああ…… えっと……」
いきなり声を掛けられたガリガリは戸惑ってしまった。どうやらヨッサが誰なのか分からなかったようだ。
「同じクラスの吉田だよ」
「ああ、そうだった。 ゴメン……」
そう言われて思い出したらしい。ガリガリは学校の人間関係は苦手のようだ。それはヨッサも一緒だがクラスメートの顔と名前ぐらいは覚えている。
「こんな所で何してるの?」
「いや、コイツが公園の隅で鳴きながら震えていてさ……」
見るとガリガリは仔猫を抱えていた。茶色いトラ猫と言う奴だ。短いしっぽが少し震えている。
そして、仔猫は腹を空かせているのかミュウミュウと鳴いていた。或いは、母猫が傍に居ないので不安になっているのかも知れない。
「親猫と逸れたんじゃね?」
「うん。そう思うんだけど、親猫がどこに居るのか検討が付かないんだ……」
仔猫を抱えて弱り顔のガリガリ。
「んーー、お腹が空いているらしいけど、猫缶なんて持ってないしな……」
「吉田くんは猫飼ってるの?」
「うん、猫が一匹と犬が一匹」
「僕は親が生き物嫌いだから飼った事が無いんだ」
「そうかー」
「さっきもコーラを飲ませようとしたけど暴れちゃってね……」
「炭酸飲料は猫には無理だよ」
「そうか、どうしたら良いのか分からなくて困ってたんだ」
ガリガリはペットを飼った事が無いので、どう扱って良いのかが分からなかったようだ。だからと言って見捨てることが出来ず途方に暮れていたらしかった。根は優しい少年なのだ。
「親猫は公園の中には居なかったんだよな」
「うん」
話を聞いたヨッサは周りを見渡してみた。猫の母親は仔猫を決して見捨てないのを知っているからだ。必ず近くに居るはずだと踏んでいたのだ。
だが、小さな公園の中には母猫らしき姿が見えない。
「んーーー?」
すると通りの向こう側に猫が一匹じっと佇んでいるのが見えた。通りは車の往来が激しく、簡単には渡れそうには無かった。
「あれ…… そうじゃね?」
ヨッサは猫を指差しながらガリガリに言った。
母猫である確証は無かったがヨッサにはそんな気がしたのだ。
「公園の中じゃ無かったのか…… そうかも知れないね……」
「うん、こっちをジッと見てるしね」
ガリガリはヨッサの指差す方を見ながら頷いた。彼は親猫は公園の中に居ると思い込んでいたらしかった。
「じゃあ、あの信号を渡って届けてやろうぜ」
ヨッサは少し離れたところにある信号機を指さしていた。
少し離れているが、車の間を縫って道路を横断するよりは良いだろうと考えたのだ。
思うに親猫は仔猫を迎えに来ようとしていたのかも知れない。
彼女の傍らには何匹かの仔猫がチョコチョコ動くのが見えていたからだ。
(きっと、一匹づつ咥えて道路を横断していたのかも知れないな……)
その最後でガリガリが仔猫を抱えたので彼女は戸惑っているとヨッサは考えていた。でも、ガリガリには言わないでおいた。
「うん、そうしよう……」
ガリガリは仔猫を抱いたまま立ち上がり歩きだした。道路の向こう側に居る母猫らしき猫はじっとしている。
二人は押しボタン式になっている信号機を渡り、母猫の前にやってきた。
「はい…… この仔は君の子供かい?」
信号機を回っている間もジッと待っていた猫の足元に、仔猫をそっと降ろしてやっていた。
『ニャア……』
猫の傍に仔猫を置くと、盛んに仔猫の匂いを嗅いだ後にそう鳴いていた。やはり、この猫が母猫だったのだ。
それから、仔猫をひとしきり舐め回した後、首の部分を咥えてトコトコと走っていった。より安全な場所に仔猫を保護するためだろう。
「まあ、無事に渡せて良かった」
「そうだね」
ヨッサとガリガリは去っていく母猫の後ろ姿を見つめていた。
「吉田くんの家は此方なの?」
「ヨッサで良いよ。 みんなそう呼ぶし…… ちょっと用事があって駅に向かっとるんよ」
「お使いでも頼まれたの?」
「いいや、隣町にちょっと用事があって行く途中なんよ」
「へぇ、何しに行くの?」
「同じクラスに貝沼敦って知ってる?」
「……」
ガリガリは首を傾けて思案顔だ。知らないらしい。
「みんなはハカセと呼んでるよ」
「うーん、顔は覚えてるかも……」
ガリガリは学校の事にはあまり興味が無かったようだ。うろ覚え程度であったらしい。
ヨッサが声をかけた時に戸惑ってしまったのも分かる気がする。
「そのハカセのお母さんが隣町に住んでいるんで、これから会いに行こうとしてるんだ」
「え? 隣町に住んでるんだ」
ガリガリは急な展開に驚いていた。ハカセの家は複雑な事情があるのだなとも思ったのだ。
大人と違って直ぐには離婚してるとは思わなかったらしい。
「ハカセは足の骨を折って入院しとるんよ……」
「へぇ、そうなのか。夏休み始まったばかりなのに大変だねぇ……」
ここでヨッサはハカセが大怪我をした経緯を説明した。
ガリガリは大人しく聞いていたが途中から笑い出してしまっていた。
「随分と無茶な事をするんだね~」
「うん」
ガリガリは風力自転車の話を聞きながら笑っていた。彼もその手の話は好きなのだ
「それでお見舞いに来てくれるように頼もうと思ってさ」
「電話で良いんじゃない?」
「住所しか知らないんだ……」
ここでガリガリは少し考え込んだ。
「そうか…… よし、仔猫の母親を探してくれたお礼に僕も一緒に行くよ!」
「え? お前、塾は良いのかよ」
ガリガリの意外な申し出にヨッサは戸惑ってしまった。如何にも勉強優先のタイプだと思っていたからだ。
「ん? 暇つぶしで塾に行ってるだけだから別に構わないよ」
ガリガリは事も無げにそう言った。彼には隣町に行くという少冒険の方が魅力的に写ったのだろう。
こうしてヨッサの冒険の旅に新しい仲間が加わった。
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