第4話 暑中見舞い
ハカセの病室。
それからハカセの病院に行くのは日課のようになっていた。唯一の友達が入院しているのだからだろう。
宿題を一緒にやったり、病院の中を一緒に探検したりしていた。
最初に見舞いに行った翌日には、車椅子を使ってなら移動をしても良いと言われたのだそうだ。
車椅子を初めて乗るハカセは興奮して、病院中を一人で見て回ったらしい。
「なあ、屋上に行ってみない?」
「え?」
いつものように散歩と称して、二人で病室を抜け出していた。ヨッサはハカセの車椅子を押している。
もう少しするとリハビリが始まって、そうすると松葉杖で移動することになる。そうなると車椅子は使わなくなるので、ヨッサが押したがったのだ。
「屋上への扉が開いてるんだよ」
「へぇ、ここって屋上は立入禁止になっていると思ってた」
病院を探検している最中に、屋上に通じる扉が施錠されていない事にハカセは気が付いたのだ。
普段は事故防止のために施錠されているものだ。
「よし、探検するべ」
「よっしゃ」
二人で屋上に忍び込んだら、青空が広がっていた。そんな高い空の下を風に吹かれながらウロウロしていた。
何か目的が有るわけではない。ゆっくりとした時間を二人は感じているのだ。
「ねえ、何で空は高いか知ってる?」
そんな空を見ていたハカセがヨッサに尋ねてきた。
「いや、知らないよ?」
「小鳥が空高く飛んでも、頭をぶつけてしまわないようにって神さまが高くしたんだよ」
「そうなの?」
「ああ、そうだよ……」
もちろん、冗談だ。だが、ヨッサは何となく納得してしまった。
ある日、ハカセの病室に行った時に、ハカセ宛の暑中見舞い葉書がある事に気がついた。
「をっ、大人の女の人からじゃんっ!」
ヨッサは他人宛の葉書だと言うのに、手にとってしげしげと眺めていた。
「大人から暑中見舞いを貰うなんて凄いじゃんかっ!」
大人の事に色々と興味を持つ年頃に差し掛かりつつあるヨッサは、そう言ってからかってしまった。
「……」
ところが、ハカセはヨッサが持つ葉書を見つめたまま黙ってしまった。
「どした?」
「それ、俺のカーチャンなんだよね……」
(あ…… そういえば……)
ヨッサはハカセの家が父子家庭だったのを思い出した。彼の母親は小学校を上る前に出ていったと聞いたことが有る。
幼い頃だったので朧気だが、おやつにホットケーキを焼いてくれたのを今更になって思い出していた。
自分の両親は事情を知っているらしいが、聞くと機嫌が悪くなるので聞けなかった。
(しまった…… どうして俺ってこうなんだろ……)
それを思い出したヨッサは、拙い話をしはじめた事を後悔してしまった。
ヨッサは他人を思いやる事が苦手だった。人との距離感を掴むのが苦手でクラスでも浮いている方だ。友人が少ないのもそれが原因なのだ。
自分でも分かってはいるが、一つのことに夢中になるとやらかしてしまう。
「んーーーー、難しい事は解んないんだけど、小学校に上がる前に出ていってしまったんだ……」
「そ、そっか……」
二人の間に気まずい空気が流れ始めてしまった。
「そ、そうだ。 城義公園の林にカブトムシ用の罠を仕掛けたんだ」
「ああ、猫林の向こう側の所?」
「そう」
ヨッサは雰囲気を変えるために昆虫採集の話をしはじめた。
ここに来る途中で仕掛けておいたらしい。何しろ母親の監視の目があるので、自由に出歩けなかった。
なので、ハカセのお見舞いに行くとの口実で外出し、途中で昆虫採集の罠を仕掛けたのだ。
「お。 どんな罠?」
「前にハカセが教えてくれた奴だよ」
ヨッサは夏休みの自由研究を、無難な昆虫採集でやろうと提案していた。
しかし、ハカセは普通はつまらないと考え、風力自転車をやろうと言い出したのだ。ハカセは挑戦する男だったのだ。
「ああ、ネットで調べといた奴か…… アレってプロの人が使う方法らしいんだよね」
「ストッキングに入れて、木に吊るすのがいいらしいよ」
ハカセは話題を変えてくれた事に安心したのか、いつも以上に饒舌に話をしはじめた。
「そうそう、バナナに焼酎かけた奴」
ストッキングの事は聞いていたが、母親のストッキングを持ち出そうとして叱られたのは内緒だ。
なのでストッキングは母親の使い古しだった。去年は新品を使って叱られた。元に戻しておいたのでバレないと思っていたのだが、やはり片足分を切ったのは拙かったようだ。
「アレだと一杯取れるらしいから、取れたカブトムシは山分けな」
「おっけー」
ハカセはそう言ってニコニコしていた。本当は自分で仕掛けて見たかったらしいが入院しているので無理だった。
「仕掛けたのが今日だから明日の朝にでも見に行ってみるよ」
「ヨッサは早起きが苦手じゃん。 ラジオ体操に一度も来たことが無いし……」
「起きるのがちょっと遅いだけだい」
ヨッサはそう言って笑った。本当は二度寝してしまうのでラジオ体操に間に合わないのだ。
布団の中でグズグズしているヨッサを、母親が日課のように怒りながら起こしているのも内緒だ。
「オオクワガタが取れると良いなあ」
「いや、カブトムシだけでも十分だよ」
「どうせならデカブツ狙いだよ」
「ははは、取れたら見せに来るよ」
昆虫を病院に持ってきて良いものかどうかは分からないが、服の下に隠してくれば平気だろうとヨッサは考えていた。
もちろん、病院に生き物はご法度だ。
「ちゃんと朝行けよ。 日が照ると逃げちゃうからさ」
「分かってるって。 仕掛けが上手く行くようなら、退院した後で一緒に行こうぜ」
「了解」
単純な骨折らしいので退院は早めになるのだそうだ。なので、一緒に昆虫採集に行くことを約束したらしい。
ヨッサは楽しみがまた一つ増えたと思ったのだった。
次の日。案の定起きることが出来なかったヨッサは、昆虫の代わりに漫画の差し入れを持っていった。
「やっぱり寝坊したんだろう?」
「ち、違うわい。 虫が取れなかったんだい!」
ヨッサは必死に言い訳していたが、ハカセにはお見通しだった。
「また、屋上に行こうぜ?」
妙な汗を掻いているヨッサを誘ってみた。
「よっしゃ!」
ヨッサは返事をするとハカセの車椅子を押し始めた。その時にヨッサは暑中見舞いの葉書を持ち出していた。
彼はハカセの怪我を母親に知らせて、一緒にお見舞いに誘おうと密かに決めたのだ。
(ハカセ…… 喜んでくれるといいな?)
サプライズにビックリするハカセの表情を思い浮かべてほくそ笑んでみた。
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