第3話 兄弟児あるある
ハカセの病室。
ハカセの事故騒ぎから数日経ったある日。ヨッサはハカセの入院する病院に見舞いにきていた。
本当はもっと早く来たかったのだが、加療が忙しい時期に行っては迷惑になると止められていたのだ。
「やあ、思ったより元気そうやね」
「いや、元気じゃないから入院しているんだし」
「確かに」
ベッドの上のハカセとそんな冗談を言い合った。ハカセは右足にギブスを付けていた。単純骨折なので二ヶ月程で元の状態に戻れるそうだ。
「ギブスすげぇ」
「足が痒くなると困るけどね」
「足をかけないの?」
「うん、ギブスが邪魔になるのよ」
「ふ~ん」
初めてギブスを間近に見たヨッサは、その上に何か書いてあるのが気になった。
「これは?」
「早く良くなってギブスが外れますようにって書かれる御呪いなんだって」
「そうなのか……」
ヨッサは帰り際の時にウンコの絵を書いてやろうと密かに決意していた。
「事故のことは怒られた?」
「命が助かって良かったと泣かれてしまったよ」
「家は右にお父さん、左にお母さんと波状攻撃で怒られた……」
「二度とやるなと叱られたけど、それで終わりだった」
「良いなあ」
ヨッサは事故を起こした事で両親にミッシリと叱られたらしい。罰として外出先はハカセの入院する病院だけと、今月の小遣い無しを言い渡されていた。
ハカセも同様だった。余りにもアホな理由で怪我をするからだ。
「夏休みのドリルは進んでる?」
「もう、とっくに終わってるよ」
「え!」
入院中はすることが無いので宿題が捗ったらしい。今は父親が持っていてくれた海洋冒険小説を読んでいるのだそうだ。
「その様子だと、ヨッサは終わって無いみたいだね?」
「い、いちわりは終わったし……」
ヨッサは少し動揺しながら答えた。実は最初のページの半分くらいなのだ。
「今度、夏休みのドリルを持ってきなよ」
「そうしようかなあ」
「外出する言い訳になるだろう?」
「おお! その手が合ったか」
「うん」
「さすが、ハカセは頭が良いぜ」
これで合法的に外出が出来るとヨッサは喜んだ。おまけに宿題も進めることが出来るので一石二鳥だと喜んだ。
ハカセの方も退屈な入院の気が紛れるので大歓迎だった。
「宿題しろ、弟の面倒を見ろ、歯を磨けって毎日小言聞かされるのにはうんざりさ」
「でも、たっくん可愛いじゃんか」
「うん、確かに可愛いよ?」
「けどさあ……」
ヨッサはいつも怒られるのは自分の方だけだと言いたいらしい。
「いつまでもグチグチうるさいんだよ。 あの人……」
どうやら、今日も夏休みの宿題が進んでないのをヨッサは叱られて来たらしい。差し入れの漫画を渡しながら文句を口にしていた。
「心配してるんだよ。 母親をあの人なんて言うのは良くないよ」
ハカセは嗜めたがヨッサは憮然としている。まだ、納得がいかないらしい。
「でも、弟には何も言わないんだぜ?」
ヨッサは母が弟には甘く、自分には辛くあたっているような気がしているらしい。親の方はそんなつもりは毛頭ない。
だが、兄にあたる方は待遇に不公平を感じてしまうものだ。まあ兄弟児あるあるネタだ。
そんな状況をヨッサは口の先を尖らせながらハカセに言っていた。
「弟は幼稚園児じゃないか。 張り合ってどうすんだよ」
ハカセはヨッサを見ながらそう言って更に笑っていた。ヨッサが必死になって文句言うのが面白くてしょうがないらしい。
「父さんも弟には甘いんだよ。 怒ってるとこなんか見たことが無いし……」
「それはヨッサが悪戯ばかりするからじゃんか」
「大した事やってないし……」
「おじさんの推理小説に悪戯書きしたの知ってるよ?」
ハカセとヨッサの父親同士も、近所ということもあって仲が良いのだ。
会社の帰りがけ一緒に呑んだりしているらしい。時々、羽目を外しすぎて液状化した父親を、ハカセのお父さんが送ってくれたりしていた。
「推理小説って…… 犯人に丸印付ける悪戯?」
推理小説の犯人を冒頭で知らされてしまうのは、やられた方は面白さを半減される手合の悪戯だ。
図書館の本に仕掛けられる悪戯の一つだ。推理小説の最初に付けるタイプと終盤付近で付けるタイプがある。
いきなりのネタバレに読んでる方は辟易してしまうものだ。
「そうそう、そんな感じのやつ」
「ああ…… そんな事やってないよ。 あれは適当な奴の名前に丸印付けただけだよ?」
「なんだよ、それ」
ハカセは笑っていた。
ところが、ヨッサはちょっとひねって、全然無関係な登場人物に丸印を付けたらしかった。
「結局、父さんは本を最後まで読んだらしいんだけど……」
「それで?」
普通のネタバラシの悪戯と思ったヨッサのお父さんに叱られたらしい。
でも、折角買ったのだから勿体無いと読み進めたのだった。
「そした犯人は全然関係ない奴じゃねぇかよって怒られた」
「わははは」
ハカセは愉快そうに腹を抱えて笑っていた。
「だから違うよって何度も言ってたのにひでぇよなあ」
「おじさんは違う意味でハラハラドキドキしたんだね」
「うん、面白かったけど二度とやるなと叱られた」
そういうと二人して笑ってしまった。あんまり大きい声で笑うので、通りすがりの看護師さんに怒られたぐらいだ。
大部屋で他にも五人の患者がいるので静かにということだ。病院なのだから当然であろう。
もっとも、同じ病室に入ってる連中も、ヨッサの悪戯話を聞いてゲラゲラ笑っていた。彼らも退屈していたのだ。
「しかし、夏休み中に入院なんてついてないよな……」
「そうか? 病院は冷房が効いてるから涼しいよ」
そう言ってハカセはにこやかにしていた。彼は今回のことは失敗とは思ってないようだ。
骨折と言っても単純骨折なので、入院は二週間程度で済むのだそうだ。元のように走れるのは二ヶ月後だろうとも、医者は言っているようだ。
「まあ次は失敗しないさ」
「ええ~……」
「次は減速させる方法と、縄を切り離せる仕組みが必要だよな……」
(まだ、やるつもりなのか…… 懲りないやつだな……)
ヨッサは探究心(?)旺盛なハカセに呆れてしまった。
(まあ、楽しかったから良いか……)
次回も付き合うことになるんだろうなとは思ったようだ。
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