第2話 飛べない雛鳥
河原。
ハカセが考え事をしているすきに、ヨッサは上がっている凧を回収していた。数があるので大変だった。
(このまま凧上げでも良いんだけどなあ)
彼としてはこのまま凧上げで遊んでも良いのだ。季節が少しずれているが、自分で何かを操作するという行為は楽しいものだ。
だが、ハカセは次の作戦を計画をしているのだ。
(たぶん、それも手伝わされるんだろうなあ……)
ヨッサはそう考えていた。それは不安でもあり楽しみでもある。
何しろハカセと遊んでいると退屈しないからだ。
以前、近所の家が飼っているオウムに、早く言葉を覚えさせることが出来るか試してみた事があった。
結果は出来たのだが、その家のおばさんに酷く叱られてしまった事がある。
(あれって教え込んだ言葉が悪かったんだと思う……)
その家のおじさんはゲラゲラ笑いながら怒っていた。もちろん、ヨッサの両親も下を向いたまま笑いを堪えていた。
おばさん一人だけがカンカンになって怒っているのだ。
その間も『早く人間に戻してっ!』とオウムは喋っていた。
暫く怒られたヨッサとハカセの二人は、勝手に言葉を教えたのが悪かったらしいとは理解したようだった。
その後、オウムは『悪戯ばかりするんじゃありません!』と言うようになった。
そんな事を思い出していると、ハカセが何かを思いついたらしくニコニコしはじめた。
「そうだっ! 家にあったブルーシートでやってみようぜ!」
ハカセは自分の家の物置にあったブルーシートを思い出した。キャンプに行った時に下に敷いた奴だ。
そのブルーシートを凧にすれば、引っ張る力も強くなると考えたのだ。
「ちょっと家まで戻ろうぜっ!」
「おうっ!」
そう言って二人で家に帰った。
目的のブルーシートはハカセの家の物置に置いてあった。
「今年はキャンプ行くのかな?」
ブルーシートを見たヨッサは思い出したように呟いた。
「ん、ヨッサのお父さんの都合次第だって言ってたよ?」
どうやらお盆の辺りでやりたいようだが、まだ仕事が休めるかどうか不明らしかった。それで未定なのだ。
「また、河原の所でやりたいね!」
河原で焚き火を囲みながら見た星空は絶景だったのだ。
ハカセと二人で『あの星は自分のものだ』と取り合いをしながら見たのを思い出していた。
「おおう。 でも、カエルを持って帰るのは無しだぜ?」
ヨッサは川で見つけた小さいカエルを、ポケットに仕舞ったまま忘れてしまった。
洗濯の時にポケットを探った(テッシュ地雷防止の為)母親が、一キロ四方に響くんじゃないかという悲鳴をあげたのは言うまでもない。それ以来ポケットを取り出してズボンの外に出さないと洗濯してくれなくなった。
必要な道具を取って来た二人は、河原に戻って早速組み立て始めた。
ブルーシートを広げて一メートル四方の大きさに切った。それを七夕で使った竹を骨の支えにする。タコ糸では見るからに弱そうなので丈夫そうな縄も付けた。
これで大きめの凧の出来上がりである。
「よしっ 出来た!」
ハカセは出来栄えに満足したようだ。河原のグランドを吹き抜ける風で、少し浮き上がり始めている。
(ブルーシートを勝手に切っちゃって怒られないのかな……)
この時、ヨッサは違うことを心配していた。
ハカセの父親は自分の父親と同じく怒りっぽいからだ。しかし、ハカセは意にも介していない。
彼もヨッサと同じく後先を考えないタイプだ。
紐を適当な長さに切り、自転車のハンドルに結び付け準備終了。ハンドルの方向に従って凧が制御出来るはずとハカセは考えていた。
「これなら上手くいくさっ!」
まず、凧に風を含ませて自転車のハンドルに固定具合を見てみた。結構な力で引いているのが感触で解る程だ。
河原を通りがかった散歩している途中の親子連れや、ランニング中の人たちが立ち止まって見ている。
奇妙な事をしているヨッサたちが気になったのだろう。大きめなブルーシートは目立つのだ。
「ヨッサ、後ろで荷台を抑えていてくれ」
「よっしゃ、任せろっ!」
ハカセがブレーキを離すと、ソロソロという感じで走り出した。
ヨッサも後ろから付いていく、十歩程度で荷台から手を離した。速度が上がり始めたからだ。
「ヒャッハァァァァーーー」
ハカセが上機嫌で笑っていた。自転車を漕がないでも動くので嬉しそうだった。もっとも、自分が考えたとおりになったのもあるだろう。
ヨッサは走りながらハカセの自転車について回っていた。
ハカセは速度をブレーキで加減しながら進ませていた。
だが、それでも速度は加速しながらドンドンと進んで行く。広場の真ん中辺りではブレーキが効かなくなり始めていた。
「ちょっ! スピード早すぎっ!」
「早いよ~」
ハカセはブレーキを握ったりハンドルを回したりと苦戦していた。コントロールが上手くいかないようだ。
ヨッサは必死になって走っているが、少しづつ離され始めていた。何しろヨッサは運動神経が鈍い方だ。足も遅い。
そこに一陣の風が吹いてきた。グランドには土が巻き上げられて土埃がクルクルと回っている。
(やばいっ! やばいっ!)
ヨッサは本能のように感じ取った。それはハカセも一緒らしい。自転車のブレーキを握り締めている。
しかし、風は有ろう事かブルーシート凧に直撃した。すると、巻き上げられた凧に引っ張られて前輪が浮き始めてしまった。
「やばいって! 自転車から降りろって!」
「……」
ハカセは懸命に制御しようとしているが上手く行かない。
ヨッサは走ってハカセに追いつこうとしたが転んでしまった。足がもつれてしまったらしい。
ハカセの顔がこわばり始めた。急な展開に頭の理解が追いつかないらしい。
「早くっ! 早くっ! ハカセっ!」
「……」
凧に引っ張られて疾走しているハカセの自転車を、ヨッサが目で追いかけながら叫んだ。
だが、遅かった。突風に煽られた凧は、自転車とハカセを三メートルほど持ち上げて、両方共に地面に叩きつけてしまった。
重しの自転車が無くなってロープが緩んでしまった凧は、ヒラヒラと地上に落下していった。そして、ハカセの自転車も落下して車輪が壊れてしまっていた。
「……いってぇ~」
ハカセが足を抱えて痛がっている。どうやら生きてはいるようだ。変な格好で落下したのでヨッサは心配していた。
ヨッサは必死になってハカセの傍に走り寄った。
「ハカセ! 大丈夫かっ!」
ハカセはうずくまったまま足を抱えている。心配そうにハカセを覗き込むヨッサ。
周りに居た大人たちや子供たちも集まって来た。最初は笑って見ていた彼らも拙い事態になったと思ったらしい。
直ぐに救急車を大人の人が呼んでくれていた。事故が起きたと聞いた警察もやって来た。
もっとも、怪我をした理由を聞いた彼らは呆れ返ってしまった。
『風力自転車って……』
『ああぁぁぁ~、小学生男子ってば……』
『また、お前らか……』
彼らは苦笑するしか無かったようだ。何故なら、自分たちも似たような馬鹿を良くやらかして来たからだ。
結果。ハカセは右足骨折の大怪我を負ってしまったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます