僕らは笑っている

百舌巌

第1話 夏休みの秘密計画

 夏休み。


 青い空に白い入道雲が浮かんでいる。そんな青空の中を鳥が雲を飛び越えようとするかのように高く上がっていった。

 きっと、自分の力なら何処までも飛べると信じているに違いない。疑うことを知らない力強い羽ばたきだ。


 蝉の鳴き声は暑い日差しの中を降り注ぐ雨のようだ。周りをびっしりと声に囲まれているような気になってしまう。

 その合間を縫うようにカブトムシの居る樹を巡回する。夏休みの大事な日課だ。もちろん大きいカブトムシを確保する為だ。


 昼には噛まずに飲み込める素麺かカレーライスが交互に出てくる。飽きたなどとは言わない。母の小言で時間を潰されるのゴメンだからだ。

 そして、母が作った昼食を急いで食べ、友人の家に急いで向かっていく。


 互いに真っ黒に日焼けした少年たちは、顔を合わせるとニヤリと笑ってから駆け出した。

 急いでいるのか?

 いいや、走りたいから走っているのだ。彼らの遊びに大人の合理的な考えなど皆無なのだ。


 何故、一日が二十四時間しか無いのか不思議でしょうがなかった。

 永遠に終わらなければ良いと思っていた毎日。子供時分の夏休みの思い出。


 そんな夏休みの或る日。

 吉田浩一(よしだこういち)は貝沼敦(かいぬまあつし)の家に来ていた。


 家が近所で親同士も仲が良い二人は、幼馴染で親友同士だ。

 学校へ登校する時も下校する時も一緒だし、放課後は大概の時間を一緒に遊んでいた。

 その日も貝沼から自由研究を一緒にやろうと誘われて、貝沼の家に遊びに来ていたのだった。


「えぇぇぇーーっ」


 そんな貝沼家の子供部屋から吉田浩一の驚きの声が聞こえた。

 吉田浩一は貝沼敦の突拍子も無い提案にビックリしていたのだ。


「帆掛け船が動くんだから大丈夫だって」


 吉田の驚いた表情を見ながら貝沼はすまし顔で返事していた。きっと、想定内であったのだろう。


「いやいやいや…… ハカセ、全然違うじゃんか」


 貝沼敦は皆から『ハカセ』と呼ばれている。

 もちろん頭が良いわけでは無い。顔の大きさに合わないメガネを架けているせいだ。

 最初はメガネザルと呼ばれそうになったが、吉田が抗議して強引に『ハカセ』にしてしまったのだ。


「でも~」

「ヨッサは心配性だな」


 そう言ってハカセはクスクスと笑っていた。


 吉田浩一は『ヨッサ』とアダ名されている。名付け親はハカセだ。

 ハカセに言わせると吉田家の三番目の意味らしい。


「三番目って…… 俺は長男だぜ?」


 初めて『ヨッサ』と呼ばれた時に、不思議に思ったヨッサはハカセに理由を尋ねてみた。

 ヨッサは吉田家の長男で下に弟もいるのだ。勿論、ハカセも知っているはずだ。


「ん? 犬のケムリと猫のマタタビが居るじゃん」

「ちょ! 俺は犬猫より下なのかよ」

「ぷっ、あははは」


 ハカセが笑いだした。ヨッサも釣られて笑ってしまった。そのまま二人して一頻りゲラゲラ笑いあった。

 本当はテストが良く出来た時に『よっしゃ』と褒められるので、それをもじって『ヨッサ』にしたのだ。

 ハカセとして妙なアダ名を付けられる処を、救ってくれたお礼の意味も込めていたらしい。


 そんなヨッサが部屋に来た時。ハカセは手書きの図面を見せていたのだ。そして、ヨッサは内容に驚愕していた。

 ハカセはクラスのみんなをビックリさせようとある提案をしてきたのだ。


「いや、正直ある意味ではビックリすると思うよ……」


 ヨッサは彼の提案を呆れながら聞いていた。

 ハカセは自転車にヨットみたいなセールを付けて、風力で走行出来るようにしてみようと言い出したのだ。


「だって、皆と同じことしていてもつまんないじゃないか!」


 ハカセは笑いながら言っているが目が笑っていなかった。彼は良くトンデモ無い事を思い付くのだ。

 以前、白いペンキで勝手に横断歩道を作ってしまった事がある。

 近所のお年寄りが遠回りしないと、道路を横断出来ないと聞いていたからだ。話を聞いたヨッサも途中から手伝った。

 もちろん、見つかって警察官にこっぴどく怒られた。


(コ、コイツ…… 本気だな……)


 ヨッサはハカセが言い出すと止めないのを熟知している。

 そして、手伝わないと一人でやってしまうだろう。それに面白そうだったので手伝うことにしたのだった。


「でも、自転車を動かすってなったらデカイ布が要るんじゃないのか?」


 ヨッサはヨットなどに付いているセイルを思い浮かべていた。三角形の布の奴だ。


「それは考えてあるっ!」


 ハカセは満面の笑みで答えた。ヨッサなら手伝ってくれると思っていたからだ。

 以前、サーフィンのボードにウィンドウセイルを付ける、ウィンドサーフというの競技があるのはニュースで見たのを思い出した。


(きっと、同じニュースを見ていたに違いないな……)


 だが、あれはセイルを腕で支えていた。そうしないと行きたい方向を制御出来ないからだ。

 セイルを自転車に付けるとなると、方向の制御が出来なくなるとヨッサは考えた。


「向きを変えるのが不便じゃね?」

「それも考えてある…… 任せろっ!」


 彼の頭の中では成功しているらしい。ヨッサはそこが不安だった。


「とりあえずは河原に行こうぜっ!」


 河原とは近所に流れる丸岩川の河川敷の事だ。草野球が出来るほどの広場がある。

 流れ込む小川にザリガニを取りに通ったりもしていた。


 近所の河原にやってきた二人は凧を組み立て始めた。組み立てると言っても玩具の凧に紐を通すだけだ。

 しかも、ハカセはこれを十組持ってきたのだ。何でもお年玉の残りを全て使い切ったらしいと言っていた。


(考えって凧をいっぱいくっつけるのかよ……)


 ヨッサは呆れてしまっていた。でも、ハカセが嬉しそうに凧を上げているので黙っていた。

 友達が嬉しいと自分もそう思えるから不思議だ。


 ハカセが凧を上げて、飛行が安定した奴をヨッサが持っている。

 これを凧の数の分だけ繰り返した。


「よしっ、自転車のハンドルに括り付けてみようぜ」

「了解」


 最後の凧が上がった時に、ハカセはヨッサに渡さずに自分の自転車のハンドルに括り付けた。そして、ヨッサが持っている凧の糸を同じ様に括り付けていった。

 ヨッサは待っている間、自転車が倒れてしまわないように抑える係だ。


「どうよ?」


 ハカセは出来栄えに満足したのか自慢気に自転車に跨った。


「お、おう……」


 ヨッサは曖昧に返事をした。何処らへんを自慢しているのかが分からなかったせいだ。

 彼は褒めるのも褒められるの苦手だったのだ。背中がむず痒くなるらしい。


「よしっ! しゅっぱぁ~つっ!」


 ヨッサの生返事を気に求めなかったハカセは、自転車のブレーキをそっと離してみた。

 そんな自転車をヨッサは固唾をのんで見守っている。

 ハカセも見守っている。

 見回りをしていた猫も見守っている。


「……」


 動かない。

 一陣の風が吹き抜けて行った。

 やっぱり動かない。


「……」


 ハカセもヨッサも黙ってしまった。

 玩具の凧程度では自転車はピクリとも動かなかったのだ。ハカセは自転車に跨ったまま唖然としている。

 これでは、空に上げた凧が飛んでいかないようにしている重しでしかなかった。


「う~ん…… 引っ張る力が弱いからなのかな~」


 ハカセが残念がっていた。彼は凧に引っ張られながら颯爽と走るところ想像していたようだ。

 ヨッサも同じ事を想像していた。そして、二番目に自転車に乗って走りたいとも思っていたのだ。


「おっかしいな~」


 ハカセは動かない自転車に跨ったまま首を捻っていた。

 ちょうど、ウィンドサーフィンみたいにグランドを走る予定だったそうだ。


「う~ん、凧の数が足りないのかな?」

「いやいやいや、そこじゃないと思うよ……」

「え?」

「だって、凧上げた時に俺らが普通に持てたじゃん?」

「あっ……」


 ハカセは凧が引っ張る力がどれ程の物かを勘定していなかったらしい。その辺は子供の考えることだから仕方が無いのかもしれない。

 寧ろ子供の力で抑えることが出来る程度の力加減では、自転車程度でも引っ張ることは出来ないものだ。


「さっきの風に引っ張られた感じからして、凧が百個ぐらい必要な感じがするんだけど……」

「う~ん、やっぱりそうかあ……」

(分かってたんかい!)


 ヨッサは思わずツッコミを入れそうになってしまった。


「う~ん……」


 自転車に百個も凧を括り付けるのが大変だし、第一に買うだけの小遣いが無い。

 ハカセは自転車に乗ったまま、腕を組んで思案モードに入ってしまった。


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