第9話

「じゃあこの子があの神社の神様、なの……?」


 時間は経過しておやつ時。俺は我が家のリビングで幼なじみと向かい合っていた。


 枝穂にリビングで眠るニニを発見されたあと、バイトがあるのでひとまず混乱する枝穂をなんとか落ち着かせ話は保留、ということになったのだが、事情を説明するべく『はなむら』から帰ってきて今に至る。


 しかし、バイト中も気が気でなかった。ニニは店の奥から何度も顔を出し、それを枝穂がチラチラ見てニニが顔を隠す、ということの繰り返し。

 クマちゃんが珍しく心配してくれたことが逆に心苦しかった。まあ話すことはまずできないのだけれど……。


「……まあ、そういうわけだ」


 俺がここ数日で体験したことを、かいつまんで枝穂に話した。もちろん枝穂の願いが間違って俺に叶えられてしまった云々は省いている。

 俺の話し方は決して上手な方ではないが、ニニという存在が実際に隣にいる分、説得力は増すだろう。まあ俺がコイツと最初に出会った時はニニの言葉を全く信用していなかったわけだが……。


「……」


 そしてついにその姿を見られてしまい、今もこうして枝穂から視線を向けられているニニはソファの上に小さく正座をし、俯いている。


「そ、そんなことがあったんだ……」


 若干呆然としながらも、俺の話をきちんと聞いてくれた枝穂。


「信じて、くれるのか?」

「信じるもなにも目の前にこうして神様がいるんだもん。それに、実がわたしにそんなウソはつかないってわかってる」

「枝穂……」


 こんなにあっさり信じる幼なじみの行く先に一抹の不安を覚えたが、今は感謝だ。


「でもそんな事情があったなら話してくれてもよかったのに」

「いや、話せるわけないだろ。第一今までお前には見えてなかったんだし」


 どうやって他の人にも見えるようになるのか、方法すら知らなかったのだ。いきなり神様がーとか言い出したらそれこそ危ない人だ。


「じゃあどうしてわたしには急に見えるようになったんだろ……」

「うーん……多分だけど、枝穂がこれに触ったからじゃないか?」


 言って、俺はニニの頭で髪をまとめているかんざしを指さす。今朝はニニの身体から離れていた。だからそれを枝穂は視認することができ、尚且つ触れることによってニニ自身を認識できるようになった……ってとこだろう。


「そっか、わたしはただきれいな髪留めが置いてあるなーと思って触ってみただけだったけど……」

「つまり、枝穂が見えるようになったってのは偶然の産物ってことか」


 いや、まあかんざしを外してテーブルに置いたのは俺だからある意味俺のせいなのかもしれないが……。なんにせよ、今後は気をつけた方がいいかもしれない。知らない間に誰かがニニを見えるようになっていたら、色々めんどくさいことになるかもしれない。


 すると、隣の幼女が俺の太ももをつついてきた。ジロリ、と目線だけ蔑むようにこちらに向けてくる。まったく、嫌な上目遣いだ。きっと「余計なことをしよって」とか思ってるんだろうなあ。


「でもまさかあの神社の神様がこんなに小さな女の子だったなんて」

「まあな。俺も最初はほんと驚いたよ」

「それで……ニニちゃんだっけ?」

「っ!!」


 枝穂がニニへ親しみを込めた微笑みを向ける。が、その瞬間、幼女は俺の後ろへと回り込んだ。枝穂からは顔半分だけはかろうじて見えている状態だ。


「えっ、えと……あれ?」

「ああ、そいつはその……なんていうか、恥ずかしがりなんだよ」


 願いを叶える相手を間違えちゃって顔を合わせられないんですー、なんてさすがに言えないからな……。


「へええ。なんだかちっちゃくてかわいいね。髪の毛もすっごくきれいだし」

「…………!」


 褒められてうれしいものの素直に喜べないのか、顔を赤くしつつも完全に俺のうしろに引っ込んでしまうニニ。そして俺の服をぎゅううう、と握りしめる。って俺の皮膚まで握るな痛い痛い痛い!


「でも、嫌われちゃったのかな……」


 しゅんとする枝穂。本当は避けられてるだけなんだけどな。


「あっ! ニニちゃん?」


 俺の背中に隠れているだけでは守りが弱いと感じたのか、ニニはまるで瞬間移動したみたいに俺のさらに後ろにあるソファの陰へと隠れていった。


「あ、あはは……仲良くなるにはまだ時間がかかるのかな……」


 お互い苦笑する。うーん、そんな日は果たしてくるのだろうか。


「でも……わたしの願いをずっと聞いててくれた神様だもんね……」

「ん? 枝穂、なにか言ったか?」

「え? う、ううん。なにもないよ?」

「?」

「あっ、もうこんな時間! わたし、そろそろ帰るね」


 そう言って立ち上げる。どうやら知らない間にけっこう時間が経っていたみたいだ。


「ああ……気をつけてな」

「うん、ありがとっ。また明日ね。ニニちゃんも……またね」


 少し慌てた様子のまま、枝穂は帰っていった。


「なにか用事でもあったのか……?」


 いや、それよりも。


「これからどうすんだ、神様?」

「……」


 ソファに隠れる小さな幼女に俺がそう問うても、むくれっ面の無言が返ってくるだけだった。



「しかしまあ、まさか枝穂がお前を見えるようになるなんてな」

「ふん、ほとんどおぬしのせいではないか」


 枝穂が帰った途端、ニニは声にして俺に文句を言い始めた。


「悪かったって。でもちゃんとニニが神様だって信じてくれたからいいじゃないか」

「むう……まあそうじゃが……」

「それに、かわいいって言われてうれしかったんだろ?」

「なっ……! わしは人間にかわいいと言われてもうれしくないわ! わしは神なのじゃから、もっと敬わんか!」

「はいはい」


 ともあれ、今日のことでニニの手から離れたニニの私物(?)に触れることでニニ――神様――を認識できるようになることが新たにわかった。これからは気をつけないと。これで切畑屋なんぞにでも見られていたら、ロリコン呼ばわりでもされて、どれだけネタにされるか。


「まあ見えたっていってもそこまで問題にはならなさそうだし、あまり気にしすぎることはないかもな」


 先日の『はなむら』での一件は気になるし、彼女がニニに願ったことが「料理がうまくなりたい」ことであることもわかったが、今日の枝穂の元気そうな様子を見る限りじゃあ、そこまで急いでフォローしたりなにかしないといけないことはないだろう。


「のう、実よ」

「どうした?」

「机の上に置いてあるあれはもしや娘のものではないのか?」


 彼女の小さな指が示す方には、ピンク色の四角い箱。つまるところ枝穂のスマホだった。


「アイツ……忘れていきやがったな」


 まったく、慌てて帰るから……しょうがない。


「家まで届けてやるか」


 枝穂のことだから、自分のスマホがないと気づいたらまた慌てふためくだろう。早めに渡してやらないと。


「ちょっと行ってくるから、大人しくしてろよ?」

「実……その前にいいかの?」

「なんだ?」

「おぬしはさっき気にしすぎることはないとか言ってたけど、本当にそうなのかの……」

「どういうことだよ」

「いや、うまくは言えぬがなんというかの……」

「はあ……」


 口ごもるニニに曖昧な相槌を打つ。一体何が言いたいのだろうか。


「まあニニが間違って枝穂の願いを俺に叶えてしまったことはバレてないし、そんなに焦らなくても――」


 ガタッ!


「…………え?」


 振り返る。誰もいないはずの廊下に向かって。


「あ、あはは……」


 しかしそこには人がいた。神様ではなく、見知った幼なじみが。


「ス、スマホ忘れて取りに来たんだけど……」

「ああ……これな。ほら」

「ありがと……」


 ぎこちなく、忘れ物を渡す。受け取る側も、これまたぎこちなく。


「し、枝穂……さっきのはだな……」

「えっ! えと! なんかお取込み中みたいだし、じゃあね! また明日!」

「あ、おい枝穂!」


 あっという間に、その場からいなくなる。

 そして俺と小さな小さな神様だけが取り残される。


「……」

「……」

「ははは……」


 乾いた笑いのみが出てくる。そして引きつった笑みを浮かべたまま、神様幼女の方を振り向く。


「どうしよ?」

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