第16話 寸劇

 夕刻、プレハブ小屋を掃除していると、数日ぶりに彼がやってきた。

「巴流」

微笑むと彼は困ったような表情で、脇に抱えていた英字のハードカバーを棚に置いた。

 そこへ、海野教授がドカドカと足音を立てて入って来る。プレハブ小屋の床は薄く、電子機器やキャビネットが重量を成して今にも底が抜けそうである。


「やあ常磐さん、いや巴流くん。君のいない間に可鈴が手伝ってくれて、緻密な分析によって、君がまた飛べることがわかった」

父はしたり顔で話した。

「え?」

巴流はあっけにとられている。彼はもう眼鏡をかけていないし、散髪して先日よりも若く見える。

「君の研究資料と手袋を、我が家のスーパーコンピュータで解析した結果だ」

「え?」

「手袋は成分分析装置にかけて、付着していた粒子を遠心分離機で分離したあと加速装置にかけ、菌はシャーレで培養し……」

「えっ?」

「しかも緑の星は今夜出る可能性があるぞ!」

「ええっ!?」

うちにスーパーコンピューターなんてあるものか。父の芝居は演劇部に所属していたとは思えないていたらくで、私は笑いを堪えるのに必死だった。


「君、娘との年齢差を気にしてるのだろう? それなら、今夜飛びなさい。彼女は未来で待っていてくれるぞ」

「え……」

巴流が振り向く。私はゆっくりとうなずく。

「20年待つわ。そうしたら、また会いましょうね」

突出し窓から西日が差し込んで、巴流の右頬を照らす。少し長いもみあげに懐かしさが込み上げてくる。

「そうだ、きっと強く願えば行きたい年に飛ぶことが出来るぞ!」

父は手にしていたタンブラー鍵を見せた。真鍮のような色合いの細長い鍵の先端には、H型の突起が出ている。

「これは……」

「ここの合鍵だ。もし飛んだ先ですぐに彼女に出会えなければ使うと良い。流行りの小屋に改築したとしても、鍵は同じものにしておくよ」

そう言って合鍵を巴流の胸ポケットに入れる。

 

「すみません。俺は未来に飛ぶことは出来ません」

巴流は深々と頭を下げて父の手の中に合鍵を戻した。

「何故かね?!」

「これまでの二十余年は、気の遠くなるような長い歳月でした。彼女に同じ思いはさせられない」

巴流は私の方を向く。

「そうかね。巴流さんは、うちの娘を捨てるつもりかい?」

「いぇ、そういうわけでは……」

「じゃかましぃ、どう違うんでぃ!」

父は急に右肩を出して凄んだ。遠山左衛門尉の真似だとすぐに分かったが、いかんせん入墨がない。

「いえ、あの」

「ええい、四の五の言うな! この桜吹雪が目に入らねえのかい!!」

ところがゴリ押しした台詞が功を奏したのか、巴流はたじろいで床に尻もちをついた。


「……教授すみません、可鈴さんと二人きりにしてもらえますか?」

巴流は両膝を床板について手を添えると、頭を下げた。

「私が邪魔なのかね? ああ、いいとも。存分に話したまえ」

父はやり切った表情で目配せすると、プレハブ小屋を後にした。












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