第15話 年齢差

「どうして?」

「言ったろう?  俺達は歳が離れすぎている。22歳差は変わることはない」

巴流は急に諭す大人のような顔をして、バスケットボールを私の手から抜き取ると、元の場所へ戻した。

「構わないわ」

「この先きっと後悔する。僕らは友達のままでいるほうが、長く一緒にいられる」

「それなら何でキスなんかしたんだ、 巴流のバカ!」

私は彼をソファに押し倒したけれど、真摯な眼差しにどうしよもなくなり、そのままアパートを飛び出した。

 巴流は追っては来なかった。とぼとぼと夜道を歩くと、酒酔い星が嘲笑うかのように紅く輝いていた。


「父さん、一緒に研究するわ」

 私は数カ月ぶりに実験場のプレハブ小屋のドアを開けた。父は反対したが母の説得にあい、娘の出入りを認めた。

「可鈴は恋を実らせたいだけなの。98年に飛べたなら、二人は同い年よ。私達は娘を秘境に嫁がせたと思えば良いわ」

花枝は鉢植えを送るような気軽さで話した。


「しかし無事飛べる保証はない。仮に時空の狭間に落ちたとしても、安否がわからないんだよ?」

「それなら、可鈴が向こうの私達に無事を報告すれば良いわ」

「そんな簡単な話じゃない。98年は可鈴の生まれ年だ。僕らに接触した事で歴史が変わって、生まれてこなかったら一体どうするんだ?」

父はやれやれといった表情で首を振る。

「それなら手紙で知らせるのはどうかしら? 可鈴が土に埋めて、タイムカプセルするのよ」

「名案だがどのみち駄目だ。接触すれば巴流くんの人生にも変化が起きて、現在の彼は彼でなくなってしまう」

父は木製のパイプに火を点け、「だから、過去は禁忌なんだ」と煙を燻らせた。


「じゃあ、いっそのこと巴流くんが20年後の未来に行けば良いわ」

花枝が閃いて手を合わせる。

「ダメだダメだ、年齢差が埋まっても可鈴がオバサンになってしまうじゃないか……巴流くんがかわいそうだよ」

「あら、オバサンに魅力がないとでも? そう言えば、近ごろ私を名前で呼んでくれないわね」

妻は夫のパイプを奪い取って咥えると、ゆっくりと煙を吐いた。

「いやっ、母さ……花枝さんは美しいよ。違うんだ、ほら、あれだ。可鈴は巴流くんが現れるまで、ずっと待つことになるじゃないか」

「待つかどうかを決めるのは可鈴よ」

花枝が一瞥し、「待たない選択肢だってあるわ」と付け加えると、父はお手上げのポーズで廊下に消えた。


 私は台所へ移動した。炭酸水をグラスに注ぐと、花枝が隣に来て冷蔵庫からビンクの化粧箱を取り出した。中には可愛らしい苺大福が並んでいる。

「母さん、どうして巴流は駄目なのかしら」

「そうねぇ、大人になるって臆病になる事なの。守るものがあれば尚更。母さんはあなたが幼くて弱かった頃、今よりもっと臆病だったわ」

「だから恋愛できないの?」

「巴流くんは可鈴の未来を見ているの」

花枝は苺大福を指でつまんで、皿に載せる。

「私はもう子供じゃないわ。リバウンドの取り方を知っているし、ジャンプは得意だもの。ボールを掴みそこねたってまた飛べるわ」


「……そうね、生きていくって平穏ではないけれど、私達はもっと欲張りになっても良いのかも。あら、この大福とても美味しいわ」

「そう?」

「ええ。この苺は思い切って餅の中に飛び込んで幸せね」

「母さん、知恵を貸してよ」

大福を貢ぐと、花枝は嬉しそうにもう一つ口に押し込む。


「閃ぃはわ! たひか元晴はん、昔、演劇ゔだったわね?」

花枝はもごもごしながら、廊下で聞き耳を立てている亭主に声をかけた。


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