第13話 ベガとアルタイル

 私は真実を確認する為に、その夜展望台に向かった。ジュニアサークルの定例会がある事はインターネットで確認していた。

 二階へ上るが、常盤さんの姿はない。ロビーに子供達が集まっていて、中心に晃がいる。太陽系の惑星のパネルを見せると歓声が沸き起こり、子供達が手を挙げる。

 その微笑ましい光景を見守ってから、プラネタリウム室と望遠鏡のあるドーム室を確認したあと、屋上へ上った。


 屋上にも人影はなく、沈黙の星空が広がっていた。常盤さんを探すのは諦めて、地面に大の字に寝っころがると、背中がひんやりと気持ち良い。織姫と彦星は離れているが、年に一度でも会うことが出来るのだから羨ましい。

「あっ」

 急に南の空の低いところに緑に輝く星が現れた。それは本当に突然の事で、私は飛び起き、その星に近付こうと欄干から身を乗り出した。

「待って……消えないで」


「可鈴さん、危ない!」

 向こう側へ落下しそうなところで身体を捕まれて、後ろへひっくり返った。私の腰を引っ張って下敷きになったのは、常磐さんだった。

「何するの! 緑の星が現れたのに」

再び見上げると、星はもう消えてしまっている。

「うぅ……飛び、たかった」

とめどなく涙が流れる。彼は私を抱き締めると、腕に力を込めた。

「ごめん、ごめんな」

「常盤さんなんか嫌い」

私は命を助けられたのに、何度も彼の胸を叩いた。


 ようやく泣き止んだ時、常磐さんのくたびれたシャツは随分と濡れていた。

「可鈴さん、もう彼の事は忘れたほうが良い」

常盤さんは私の両肩を掴んで言った。

「嫌です。巴流に会いたい」

私は下を向いて何度も首を横に振った。

「忘れるんだ」

「嫌! 彼が好きなんです」

見上げると、常盤さんは険しい表情をしている。

「忘れよう」

「嫌。ここで待っていても、ベガとアルタイルみたいに会えたりしない。どうか、行かせてください」

 私は地面に土下座して、額を刷毛引き仕上げのざらざらしたコンクリートにくっつけ続けた。


「顔を上げなさい」

「嫌です。彼が好きなんです」

小さな声で繰り返すと、常盤さんが肩に手をかける。

「嫌!」

「可鈴」

「許してくれるまで……っ」

一体何が起きたのか、まず感じたのは温かな唇とこそばゆい髭だった。彼は無理やり私の上半身を起こし、唇を塞いで発言を遮ったのだった。

 それは甘く長い口づけで、私の躰は脱力して、抱きしめられていないと背筋を伸ばしていられない程であった。



「おいで」

常磐さんに手をひかれて天文台を出て、言われるがままに田舎道を歩いた。まだ夢見心地でぼうっとしていて、どこをどう歩いたのか、気づくと私は見たことのある建物の前まで来ていた。

「ここ……」

前に来たことがある。五年半前に訪れた時、フィリピン人が住んでいた部屋だ。錆びたアルミ製の枠に表札は入っていない。

「入って」

常盤さんは玄関のドアの鍵を開けると、私を中へ促した。狭い土間に靴を揃えて、奥へと進む。

「少し待ってて」

そう言うと彼は奥の部屋へ消えた。家具の少ない簡素な部屋。小さなソファーの脇にバスケットボールと望遠鏡がある。腰掛窓が一つだけあって、壁の一画にコルクの板があり、複数の写真が飾られている。


「素敵……」

所狭しと貼られているのは天体写真で、中には名前のわからないような珍しい星雲や彗星も見受けられる。

「えっ」

重なった写真の下に、見慣れた制服が見える。

「まさか……」

私は震える手で押しピンを外して、その赤茶けた写真を手に取った。


 そこには高校生の私と父と母と、それから西本巴流が写っていた。













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