第11話 ペルセウス座流星群

 「あのプレハブは彼の秘密基地なの。無駄に費用を費やしていても、この隠し味みたいに意味があるわ。干渉しないのが夫婦円満の秘訣よ」

花枝はカレーに梅肉を入れながら、YMCAを口ずさんだ。

 私は彼女の助言に従い、聞き分けの良い子を演じて勉学に勤しみ、修士課程に進んだ。講義と研究で忙しく、サークルからは疎遠になっていると、夏、晃から連絡が来て、半ば強制的に天文サークルのキャンプに参加することになった。


 お盆休み、私達は長野県の阿智村を訪れた。ペルセウス座流星群を見ることが目的だった。紅一点の私の役割は、バーベキューの野菜とメンバーが釣った虹鱒を捌く事で、散々晃に小言を言ったのだが、幾千の星屑はそれを打ち消す感動であった。

 ババ抜きの罰ゲームで麦酒をイッキ飲みすると、疲れた身体に酔いが回った。ランタンに群がる羽虫を見ていたら、おかしくて笑いが止まらない。

「ふふふ。虫がひしめき合ってる」

「可鈴さん、大丈夫ですか?」


 館長は来られなかったが、常磐さんは同行していた。紙コップに水を注いでくれる彼のもじゃもじゃの髭は、随分暑苦しそうに見える。

「大丈夫ですよ。昼間、どこにいらっしゃったの? 私はもう、鱒の内臓処理に必死だったんです。誰も手伝ってくれないし」

「すまない。運転疲れで、仮眠を取っていました」

「流星群は深夜ですものね」

「そのとおりです。可鈴さんもあまり飲むと、起きられませんよ?」

「好きで飲んでいるわけじゃありません!」


 たまに定例会で会っても、常盤さんに例の研究について尋ねることは出来なかった。私は酔いにまかせて不満をぶつけた。

「ねぇ万作さん、今日は日頃言えないことを言わせて貰います。あなたのお友達の話、あれは嘘でしょ。飛べるのがニシモトハル限定だなんて、ちゃんちゃらおかしいわ。三人いるとなれば、必然の確率が高くなる。私を諦めさせる為にデタラメを言ったんだ……」

くたびれたシャツの袖を引っ張って、耳元で堂々と言ってやった。

「可鈴何してる、常磐さんに失礼だろ!」


 晃が背後から急に声を出したので、私は心臓が飛び出しそうになって、彼の腹の贅肉を叩いた。

「うるさいよ晃。だいたい君、常磐さん常磐さんて、金魚の糞みたいにさ」

「何だと、ずっとサークルを休んでいたくせに!」

晃が拳を上げる。咄嗟にぶたれると思って目を閉じる。

「晃くん、女性に手をあげてはだめだ。可鈴さんも早く水を飲みなさい」

常盤さんは私を庇うように晃の拳を受け止めると、いつになくビシッと言った。私はすごすごと水を飲みながら、常磐さんを見た。


 彼はため息をつきながら、私の前に座ると、優しい目をした。

「良いだろう。彼女に会わせてあげるよ」











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