第9話 カルーナの人形


 翌日の昼下がり庭で散水していると、再度常磐さんがやって来た。

「こんにちは。先生はご在宅ですか?」

眼鏡は調光レンズなのか、茶色がかっていて瞳が良く見えない。

「外出中です。じきに戻ると思いますが、連絡をとりましょうか?」

「いや。ここで待たせてもらっても良いですか?」

そう言うと彼は、図々しくも生垣の隙間から庭に入って来た。


「えっ、ええ。あ、これは母の手作りなんです」

 少々身構えながら、足元のカルーナに話題を振る。行儀よく並ぶ鉢植えは、ワイヤーで三角錐に成形し目鼻を取り付けた、クリスマス用の飾り花である。

「面白い人形ですね。まるで七人の小人だ」

「ええ、知人にあげるんです」

 花枝は毎年、鉢植えを施設や友人に無償で配る。ギョロリと回る黒目のシールと紫色のボンボンの鼻はコミカルで、婦人会の面々にも人気がある。


「あの、常磐さんは海外にいらしたとか……」

「はい、オーストラリアの天文台に勤務していました。教授が出張の際に声をかけてもらい、僕の知識が役に立つということで、説得に負けて帰国しました」

「そうでしたか。あの、父とはどんな研究を?」

常磐さんは少し間をおいてから答えた。

「時間移動です。笑いますか?」

レンズの奥の瞳は、まっすぐこちらを見つめているように見える。


「父がそんな研究を?」

「はい。仕事の傍ら趣味でとおっしゃっていましたが」

常磐さんはゆっくりと微笑んだ。

 どこかで見たことのあるような表情に、違和感を覚える。そうだ、この人は雰囲気が巴流に似ている。髪を切って眼鏡を外して髭を剃ったら……。いや、そんなはずはない。彼は亡くなったのだ。でも、似ている。少し猫背な姿勢や長い手足も。

「すまない常磐くん、待たせたね」

 父が生垣の向こうから呼んだ。彼は頭を下げると、父と連れ立って実験場へ向かった。


 常磐さんは我が家の晩餐には現れなかった。私は靄々を晴らそうと父に尋ねた。

「常磐さんて、下の名前は何て言うの?」

「確か、万作まんさくだよ」

「ふぅん、歳は?」

「40歳過ぎだよ。どうした可鈴、彼に興味が?」

父は読んでいた新聞紙を顔の前で広げたまま答えた。

「あら、もしかして良い男なの? ようやく可鈴に恋心が芽生えたのね?」

花枝はテーブルに焦げ目のついた鳥のモモ肉を並べる。

「違うよ。ただ気になっただけ。くたびれた服だし、奥さんいないのかなぁって」


「あぁ、確か独身だよ」

「なぁに? そんなに良い男なら、母さんも会ってみたいわ。私より年下なら、可鈴のお婿さんに来てもらっても大丈夫よ」

彼女は手を叩いて嬉しそうである。

「婿がそんなに歳をとっていたら、僕らがやりにくいだろう?」

「あら、私の事を名前で呼んでくれるなら、構わないわ」

花枝は父を一瞥すると、キッチンへ戻った。

 

 私はチキンにかぶりつきながら、昼間のやりとりを思い出した。常磐さんは「時間移動」と言った。もしも、もしも過去に戻ることが出来るのならば、私は巴流に会いたいと思う。歴史が変わってもいいから、事故の事を知らせてあげたい。

 それはきっとご法度なんだろうけど、ドラえもんだってのび太くんに会いに来たし、そんな映画もたくさんあるではないか。

 












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