第8話 銀河鉄道

「なぜ、これがここに?」

 紙袋から取り出して確認すると、やはりあの手袋に見える。私はそれを握りしめ、二階の自室へ走った。ベッドの下から貴婦人の絵のついた茶色いクッキー缶を取り出して、蓋を開ける。中には巴流が残していった、緑色の手袋がある。

「私の物じゃない……」

 取り出して、二つを合わせてみると、大きさや素材も同じ、一対の手袋に見える。ありきたりな手袋だから、偶然なのだろうか。


「ただいま」

 玄関で父の声がした。私は階段をかけ降り手袋をそっと紙袋へ戻した。

「お帰りなさい。今しがた常磐さんていう人が来て、これを預かったの。例の資料だとおっしゃっていたわ」

「ああ、ありがとう。彼は新しく研究に加わってくれることになった人だ。少々変わった身なりをしていたろう?」

父は紙袋を見ると、嬉しそうに中をのぞいた。

「よれよれの服を着ていたし、髭がもう、もじゃもじゃで!」

「はは。普段からそんな感じだよ。風呂に入らないどころか飯も食わずにデータを取る事もあるらしい。怪しい人ではないから、心配ないよ」

「研究熱心な方なのね」

「科学者は大体そんなものさ。しかしながら父さんはお腹が鳴っては力が出ない、母さんは?」

「井戸端会議よ。テーブルにお饅頭があるわ」

「今宵は可鈴の手料理か、肉がいいなぁ」

父は目配せすると饅頭を口に咥え、紙袋を大事そうに抱えて書斎に向かった。


 饅頭は中にこし餡が入っていて、仄かに紫蘇の香りがした。冷蔵庫に生姜焼き用の豚肉を見つけて、おろし金で生姜をすりおろす。

「濃いヒゲだったな……」

思い出してくすっと笑う。父の周りには変人が多い。以前の研究仲間で煮詰まると奇声を発する御仁がいたし、もつ鍋にザリガニを投入しようとして花枝に叱られた学生は、出禁になった事を覚えている。

 暫くして、鼻歌を歌っている自分に気付く。調理中にはよく、巴流が教えてくれたあの旋律が出てくる。


「ただいま。オバサン達の話長かったわ。あら可鈴、その曲どこで覚えたの?」

思いの外早く花枝が帰宅した。彼女は自分の事を棚に上げて、婦人会の面々をオバサンと言う。

「友達から教わったけれど、メロディしかわからないの」

フランス語の歌詞は忘れてしまった。

「古いシャンソンよ、儚い恋の歌」

「知っているの?」

「ええ、追悼歌としても歌われていたはず。聴きたかったら豚の映画を見るといいわ」

 そう言って花枝は「カン ヌー シャントゥロン」と歌い始めた。久々に聴く歌詞は、彼の背中の温もりを私に思い出させた。


 玄関を出るとすっかり日が落ちていた。見上げると、もう幾つか星が瞬いている。風が出てきたが、感傷的になっている頭を冷やすにはちょうど良い。

「天文サークルに戻ろうかな」

顔を出してみる頃合いかも知れない。昔のように望遠鏡をのぞいて、宇宙に思いを馳せよう。それからクッキーを焼いて館長に渡そう、それが良い。

「え……」

ふいに光る点々が見えた。粒状の光が数珠つなぎになって、ゆっくりと夜空を横切っている。

「何?」


 かつて見たことのない連続した輝きは、やや上昇している感じが、さながら銀河鉄道のように見えた。流れ星とは違ったけれど、私は咄嗟に願いをかけた。

































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