第4話 ウォークマン

 星のある夜は天文台に上った。館長に詳しい事情を話す訳にはいかなかったけれど、彼は父の事を『先生』と呼んで慕ってくれていたので、屋上への出入りを許可してくれた。

 図書館でてんびん座のβ星が緑に見えるという文章を読んだが冬の星座ではなかったし、突然現れるのならそれは恒星ではないのだろうと予測出来た。


 収穫の無いまま節分がやって来て、その夜も私達は天文台に向かった。父は実験場、母は多分に漏れず太巻作りに勤しんでいたので、車で送ってはもらえなかった。

「可鈴、後ろに乗れよ」

「やだ、怖いよ」

「大丈夫だって」

自転車の二人乗りはでは問題ないらしく、巴流は私を当たり前のように荷台に乗せた。

 私は緊張して彼の背中にしがみついたけれど、横向きに乗ると足がふわふわして心地良いことや、後ろの人間もバランスを取る役割があることを知った。


 「可鈴、UFOだ!」

いつものように屋上に上ると、興奮気味に巴流が叫んだ。南の低い空に、白く輝く小さな点が移動している。それはシリウスの下を通過して暫くすると見えなくなった。

「あれは、ISS だよ」

「え?」

「国際宇宙ステーション」

「何?」

「あ、まだ飛んでないのか」

私は「じゃあ、秘密ね」と目くばせして、少しだけISSについて教えた。世間では、若田宇宙飛行士がミッションを終えて帰還したあと、はやぶさ2が打ち上げられて話題になっていたが、その魅力的な話をするのは我慢した。


「巴流の話をしてよ」

「何を?」

「何でもいいよ。趣味とか、よく聴く曲とか」

つい余計なことまで喋りそうで、話題を変えた。

「大層な趣味はないよ。バスケして星見て、飯食って寝るだけ。ウォークマンは持ってるけど、カセットは1本しかないし」

「カセット?」

「上書きで音が悪いけど、聴いてみる?」

 巴流はメッセンジャーバッグから青く四角い機械を取り出すと、イヤホンの片方を私の耳に差し込んだ。ジーっと音がして、暫くするとメロディが流れ始め、女性の低い声がした。外国語のようで何を言ってるのかはわからないけれど、深みのある美声が聴こえてくる。


「素敵な歌声…」

「だろ? 星を待つ時にはこれを聴く」

「何て歌っているの?」

「日本人の歌手だけど、フランス語だからわかんねぇ。夏に流行ったアニメ映画の挿入歌を、友達がダビングしてくれたんだ」

ところどころ途切れていたけれど、初めて聴いたその曲は大人の雰囲気がして、すぐに私も気に入った。


 暫くの間、私達は黙って空を眺めた。同い年なのに流行りの歌も映画も違う子が隣にいることが不思議だった。カチャリと機械音がして今度は日本語の美声が流れ始める。ふいに巴流がこちらを向いたので、目を逸らして西の空を見ると、一番星が輝いている。

「金星が明るいね」

「宵の明星も満ち欠けするって知ってるか? 肉眼ではわからないけど」

「うん。望遠鏡で見えるよ、また星見会に行こうよ」

「おう。楽しみだな」

 次の星見会はまだ先で、巴流はここにいないかもしれないけれど、お互いその事には触れなかった。


 帰り道もイヤホンをシェアして同じ曲を聴いた。巴流はスピードを出したけれど、風は高い背中に遮ぎられて寒くなかった。


















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