第3話 1ON1

 「可鈴、巴流くんにバスケ教えてもらったら? この時間なら河川敷のゴール空いているわ」

夕飯の後、母の花枝が言った。彼女は西本巴流の事を大層気に入って、ここ数日よそ行きの紅をさしている。河川敷のゴールというのは高架下にあり、昼間は子供で賑わっているが、夜は灯りも少なく人がいない。

「やだ、寒いよ」

「可鈴、バスケやるのか?」

「まぁね。実は私もバスケ部」

私はそう言いながら、リビングに転がっていた練習用の重いボールを巴流に投げた。彼は出会った翌々日には私の事を『可鈴』と呼び捨てにしてきたから、私も『巴流』と呼ぶことにした。

「へえ。見かけによらず……」

巴流はボールを人差し指の上でコマのように回しながら、意外だという目つきでこちらを向いた。

「うちの高校、天文部がないの。友達に誘われて、ノリで書いたら第三希望なのに決まっちゃって」

「なる……」

「でも可鈴ちゃん、ちっとも上手くならないのよね」

花枝は皿を洗いながら、「運動音痴は誰に似たのかしら?」と父の食卓椅子に視線を向ける。


「だから本で学んでる最中なの。ね、巴流はこの漫画知ってる?」

私は父親の書斎で発見した『SLAM DUNK』というコミックスの表紙を見せた。

「もちろん、知ってるさ!」

「技を真似したけど、うまくいかないの」

そう言って読みかけの15巻を差し出すと、巴流は食い入るように表紙を見つめる。

「あっちでは、まだ10巻が出たばかりなんだ。読みたいなぁ」

「そっか! 待って、父さんの書斎に」

私は勢いよく廊下に出たが俄に現れた父の胸に顔をぶつけた。

「可鈴、巴流くんはなるべく知らないほうが良い」

「え?」

「人生観が変わってしまうんだ、気を付けなさい」

いつになく神妙な面持ちの父を前に、諦めて上着を羽織り、練習用ボールを持って家を出た。



 高架下の街灯は1本が壊れていて、普段よりも薄暗かった。

 1ON1してみると巴流の手足は長く、全く歯が立たない。得点が決まらないどころか、リングに当たって跳ね返るボールは、にゅっと伸びる彼の手に吸い付くように巻き込まれ、すぐに攻守が入れ替わってしまう。

「取れないよぅ」

拗ねて文句言うと巴流は私の肩をガシッと掴んで、体を横に移動させる。

「ポジション取りが下手なんだよ。体さえ入れたら少々タッパが足りなくてもリバウンドは取れる」

「この位置?」

「そう。肩を入れて敵を背中の後ろに追いやる。それから飛び上がるのをイメージして、膝を曲げる」

「こう?」

「そう!」

足を開いて踏ん張りながら腰を落とし、巴流を真似て膝を柔らかく動かしてみる。すると、自分の膝が縮んだバネになったような、不思議な感じがした。

「で、ボールが跳ね返る瞬間に飛び上がる」

「こう?」

「おお! ジャンプ力あるなあ」

「小さい頃、星を掴みたくて跳んでばかりいたから」

巴流に褒められると、良い気分になった。

「えっ……俺も跳んだ。バカみたいだな、俺達」

「うん、バカコンビだ!」

それからは楽しくて、風が頬を叩いても帰らなかった。私は、よろけて巴流の足を踏んづけるまで練習した。



 「父さんはどうやって未来から戻ったの?」

帰宅後、風呂で父親に聞いた。恥ずかしいから友達には言わないが、我が家では未だに親子で入浴する機会がある。

「ああ、それはね。また緑の星を見たんだ」

「また?」

「そう」

「じゃあ、巴流もまた緑の星を見たら戻れるの?」

「恐らくね。心配しなくても、じきに見られるさ」

父が口髭を撫でながら微笑むと、本当に起こり得る気がした。


 何だかんだで巴流は良い奴だった。バスケットボールの練習後、缶のおしるこを自販機で買って、飲みながら流星群の話をした。私の他にも、流星群を見るために道端に寝っ転がる子がいて驚いた。

 そういう意味で巴流と私とても近かった。










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