8号車『最南と最北の駅』

 京都から鹿児島中央まで新幹線でやって来た翌朝。

 怜は鹿児島中央から始発で西大山にやってきた。九州南部なだけあって早朝でもけっこう蒸し暑い。

「待ってたよ、怜くん」

 怜が駅のホームに降りるとすぐそこに美音理がいた。

「美音理、やっと見つけたぞ」

 怜は身につけていたショルダーバッグの中から封筒を取り出す。

「これ、きっぷ代とホテル代」

 と言って現金の入った封筒を美音理に差し出す。

「あぁ、きっぷ代出したの私じゃないの」

「そうなのかじゃぁ誰が…」

「ねぇ、怜くん」

 怜が言い切る前に美音理は話しかける。

「この西大山駅ってどんなところか知ってる?」

「いや、普通の駅じゃないのか?」

 怜が見たところは線路が一本、ホームが一面の無人駅で発車して行った列車も一両編成、それぐらいの短い列車しか来ないただの田舎駅のように思えた。

「ここはね、JR最南端の駅なの」

 と美音理はホームの端まで行って答える。

 そこには『JR日本最南端の駅』と書かれた標柱が建てられていた。

「へぇー」

 いつものように鉄道研究会のメンバーから鉄道の雑学を教えられるように、怜は首を縦に振ってなるほどと答える。

「で、雪子ちゃんは昨日までここにいたわ」

「えっ、そうなのか」 

 ようやく雪子の手がかりを掴んだ怜はその言葉に敏感に反応した。

「うん、雪子ちゃんの居場所、知りたい?」

「あぁ、それを聞くためにここに来たんだ」

 怜は即答した。

「そう」

 さっきまで笑顔で話していた美音理の表情が少し固くなった。

「その前に私の話を聞いてくれる?」

 そのまま美音理は話を続ける。

「えっ、それより」

 一刻も早く雪子に謝りたい怜だったが、

「わ、わかった」

 さっきまで、笑顔だった美音理は今までに見たことがない真剣な顔つきをしていた。

 そんな 美音理を前にして、怜は断ることができなかった。

「怜くんと初めて会ったのは、岡山駅でなくしたきっぷを拾ってくれたことだったよね」

「あぁ、そうだったなぁ」

 怜が5月に実家に帰省していたときの話だった。

「でも、その後、まさか同じ大学だったなんて、本当にびっくりしたねぇー」

「あぁ、俺も驚いた」

「私は怜くんに助けてもらった」

「別に大したことはしてねぇよ。それに俺もけっこう助けられたんだぜ。お前の作ってくれた飯うまかったし」

「そっか、嬉しいな」

 と言った後、しばらく黙って美音理は再び喋り始める

「でね、私思ったの、私は怜くんのことが好き」

「えっ、」

 美音理に告白された瞬間、怜はふと雪子のことを思い出した。

 あのときのあの雪子の「好き」はもしかすると…

「でね、怜くん、雪子ちゃんのいるところなんだけど」

「雪子ちゃんは今ごろ広島あたりにいると思うよ」

「広島?」

「うん、で明日は東北にいるかな」

「えっ、何でそんなところに?」

「だから選んで下さい」

 と言って美音理は両手にそれぞれ持っていたきっぷを怜に見せる。

「一つは青春18きっぷ、これを使えば、雪子ちゃんを追いかけることが出来る」

「もう一つはJR九州のフリーきっぷ、これを使えば私と九州旅行ができます」

「改めて言います、私は怜くんが好きです。私と付き合って下さい」

 という美音理の告白に対して怜は、

「ごめん、俺は美音理のことは本当に感謝してる、でも」

「そう」

 美音理は全てを理解したように怜に一枚のきっぷを差し出す。

「じゃぁ、これで雪子ちゃんを追いかけて」

 と言って怜にきっぷを差し出す。

「それとこれ、今日のルート」

 と四つ折りになっているメモを渡す。

 すると鹿児島中央行きの列車が入線して来た。

「さぁ、行って、雪子ちゃんを追いかけて」

「あぁ、美音理、お前は」

「私はいいの」

 と言って雪子は怜の背中を押す。

「ありがとう」

 と一言怜に言うと、列車のドアが閉まり発車していく。

 怜は窓に手をついて美音理の姿が見えなくなるまで見続けた。

「行っちゃた」

 と一言言って美音理は駅のベンチで次の列車を待つことにした。

 するとさっきまで曇りだった空が小雨に変わった。


「これで良かったんだろうか」

 とつぶやきながら怜は列車に揺られていた。

 そして、もらったきっぷの説明を見る。

 青春18きっぷとはJRの全ての路線に乗ることが出来るフリーきっぷである。

 ただし新幹線と特急列車に乗ることは出来ない。

 したがって、このきっぷで乗ることが出来るのは普通列車もしくは快速列車のみとなる。

 きっぷの使い方を理解したところで四つ折りになっているメモを開く。

 そこには路線図と今日のルート、乗る列車が鉄道にあまり詳しくない怜にもわかりやすく描かれていた。

 鹿児島から熊本、福岡を経由して今日の終着駅は山口県の防府(ほうふ)というところだった。西大山駅から始発に乗って行ける限界のところのようだ。

「それで始発で来いって言ってたのか」

 そして、ルートが描かれた路線図の下には文字が書かれていた。

『女の子を泣かせるのはこれで最後だよ』

 美音理の好意まで裏切った怜はもう後には引けないと思った。

「これであとは雪子に会いに行くしかない」

 新たな旅路に出るのだった。

『いざ、最北の駅へ』

 

 列車は鹿児島中央に到着する。

 ここから乗る列車は09:00発の普通 宮崎行き、もしくは09:42発の普通 国分行き。

 どちらに乗っても途中の隼人という駅から接続する列車に乗り換えられる。

 メモには後者の方がオススメと書かれていたので、鹿児島中央の駅ナカで朝食を取り、後続の普通列車に乗り換えるのだった。

『青春18きっぷはフリーきっぷだからどの駅でも乗り降りできるんだな』

 ときっぷの使い方を改めて知るのだった。

 次に乗った列車はさっきの古いタイプの列車とは違い、四国でも関西でも見たことのない車両だった。

『九州ってこんな電車走ってたのか』

 と思った怜だった。

 車内に入って見ると座席は通勤電車の長椅子のような座席とは違い、新快速と同じタイプの転換クロスシートと呼ばれている座席だった。

 さらに驚いたのは、木目調の枠組みに革張りのシートが貼られた高級感のある座席になっていたというところだった。

 鹿児島中央を出て、40分ほど、10:22次の列車の乗り換え駅の隼人に到着した。

 次の列車は10:35発 普通列車の吉松行き。

 ここからは肥薩線というローカル線に入る。

 車両は西大山から鹿児島中央まで乗った時と同じ列車だった。

 車内は四人が向かい合って座る形をしており、サークルメンバーで行った鉄道博物館で見た昔の国鉄の急行列車の座席に似ているような気がした。

 列車どんどん山の中に入っていく。

 さっきから同じような景色ばかりであまりにも暇だったので、怜はスマホで動画を見ていた。

 しかし、見ていた動画が途中で止まってしまう。

 スマホの回線を見てみるとアンテナが1本も立ってなかった。

 完全に圏外だ。

『どんだけ田舎なんだよ、ここは』

 再び窓の外を見ていると列車は途中の駅に停車した、周辺はコンビニはおろか家が一軒もなかった。

 隼人駅を出てから1時間弱でこの列車の終点の吉松駅に到着した。

 この駅でも列車を乗り継ぐ。乗り換え時間は6分だった。

 次に乗り換える列車は11:49発、普通「しんぺい2号」。

 普通列車なのに列車愛称が付いている珍しい車両だった。

 しかし、怜はそれよりも驚いたことがあった。

『えっ、なんだこれ』

 怜は乗り換えるホーム上に建てられている肥薩線の吉松から人吉方面の時刻表を見ていた。

 その時刻表には、なんと時刻が三つしか記されていなかった。

 つまりこの駅から先は、一日に三本しか列車が発車しないということだ。

 怜の地元もそこそこ田舎だが、最寄りの駅は普通列車と特急列車が毎時1本確保されている。

 よほどこの区間は鉄道の需要がないのだろう。

 そんなことを考えながら、怜は普通しんぺい2号に乗り込む。

 人吉の到着は13:08分またしても1時間ほど列車に揺られていくことになる。

 すると車内放送が始まる。

 放送によると、この普通しんぺい号は、ローカル線を走る観光列車であり、今走っているこの吉松と人吉の間は特に景色の良い路線らしい。

 列車は吉松駅を発車する。

 もともとこの区間は建設当初から沿線人口が少なく、複雑な地形をしており、トンネルも多く、平地も少ない。

 とても鉄道を通すのには向いていない場所だった。

 ではなぜこの路線は出来たのか、それはかつて日本が太平洋戦争中、兵隊を沖縄方面に鉄道で輸送する際、アメリカ軍からの空爆を避けるため、周囲に人がいない山の中に鉄道を建設し密かに兵隊を戦地に送り込んでいたという。

 そんな案内がされていた。

 それを聴きながら、怜はサークルで聞いた話を思い出した。

 JR九州はローカル線に観光列車を走らせて、乗客の増加を図っているらしい。

 列車に乗りながら、その地域の郷土料理を食べたり、沿線の景色を楽しんだりするなど、ただ移動するだけではなく、移動している列車そのものを楽しむ、まさに鉄道ファンのツボを押さえた観光列車をJR九州は走らせているらしい。

『これも鉄道を楽しむことの一つなのか』と思いながら列車に揺られるのだった。

 そして列車は熊本県の人吉に到着する。

 半日かけてようやく一つ県を越えることができた。

 怜は列車を降り、美音理からもらったメモを見て、次に乗る列車を確認する。

 次の列車は15:36発の普通八代行き、2時間以上この駅の周辺で時間を潰さなければならなかった。

 駅前は栄えており、観光センターの案内によると、ここは温泉で有名な観光地らしい。

 時間もあるので、近くの店で昼食をとって温泉に入りに行くことにした。

 それから時間を潰し、次の列車である普通八代行きに乗車する。

 列車は定刻通り人吉を発車する。

 八代までの所要時間は1時間20分ほどである。

 人吉から1駅先の西人吉を出ると、列車は川に沿って走る。

 怜は暇つぶしがてらこの川の名前を調べて見ることにした。

 その結果、この川は『球磨川(くまがわ)』というらしい。

 それからしばらくすると、列車は鉄橋を渡り、さっきまで進行方向左側に見えていた川が右側の車窓から見えるようになった。

『へぇー、面白い』

 と、列車が川の右側に沿って走っていたのが左側に変わったことに風情を感じていた。

 そんな球磨川と平行して走り、列車は終点の八代に到着した。

 次の乗り換え列車は17:08発の普通銀水(ぎんすい)行き。

 ちょうど人吉から乗ってきたこの列車の向かい側に停まっていた。

 ドアが開くと一斉に乗客が降りて次の列車の座席争奪戦が始まった。

 JRの普通列車はほとんどが全車自由席で席が空いていなければ当然座れない。

 なんとか座れたところで、ドアが閉まり列車が発車する。

 この列車には終点銀水の一つ前の駅、大牟田(おおむた)まで乗る。

 理由は、わからないがメモに書いてある通り、大牟田で降りることにした。

 17:48 列車は熊本に到着する。

 久ぶりに大都会の光景を目の当たりした怜だった。

 18:38 列車は大牟田に到着。

 怜の他にもこの駅で降りる人が多くいた。

 ホームの電光掲示板を見ると、次の乗り換え列車は18:42発の快速門司港行き。

 この列車は大牟田駅から発車する。

 もしも銀水までさっきの列車に乗っていたら、この列車に座れなかった可能性が高いと思った怜だった。

 この列車さっきまでと違い、かなり早く走る。

 快速列車なので当然通過駅もある。

 18きっぷユーザーもとい18キッパーにはありがたい。


 青春18きっぷは一枚12050円で有効期限内の好きな日に5日分使うことが出来る。

 つまり1日あたり2410円、普通・快速列車のみとはいえ、この価格で全国のJRの路線に乗ることが出来る。

 また、1枚で一人〜五人まで使うことが出来る。

 これほど安くて使いやすいきっぷは他にない。

 それ故に鉄道ファンだけに止まらず、多くの人から利用されているようだ。

 怜は移動中にスマホ操作して、青春18きっぷについて色々と調べていた。

 列車は久留米、鳥栖、博多、小倉と九州の中でも特に大きい都市を通る。

 21:07列車は門司に到着、この駅で次の列車に乗り換えるようだった。

 乗り換え列車は21:25発の普通下関行き、次の停車駅は終点下関だった。

『1駅で終点なのか』

 と思いながら乗車する怜だった。

 発車してからわずか6分で終点の下関に到着した。

 次が本日最後の乗車列車、21:33発 普通 徳山行きだった。

『結構来たな』

 怜は列車の中でスマホの地図アプリを開き、九州から本州に入ったことを確認する。

 降りる予定の駅は防府(ほうふ)という駅だった。

 この列車はさらにその先の徳山まで行くことが出来るのに、なぜ途中で降りるのか気になった怜だが、メモに書いてある通りにすることにした。

 23:01 列車は防府に到着した。

 おそらく、この駅からまた明日の始発に乗るのだが、宿泊についてはメモには一切書かれていなかった。

 これからどうすればいいんだと思いながら、怜は駅員に18きっぷを提示して、改札を出る。

「やぁ、しおかぜ」

 と声をかけられた。

 そこにはひかりがいた。

「ひかり先輩、どうしてここに?」

 京都に住んでいるはずのひかりがなぜ、山口県の防府にこんな時間にいるのかと思った怜だった。

「君にこれを渡すよう頼まれたんだ」

 と言って1枚のメモを差し出す。

 朝に美音理からもらったものと形が似ていると思いながら、怜はひかりからメモを受け取った。

「これって、一体誰から?」

「ごめん、それは本人から口止めされて言えないんだ」

 と言って怜とともに駅の外にでる。

 駅から歩いてすぐのところはネットカフェがありひかりがそこを紹介してくれた。

 最初はホテルと比べると見劣りすると思っていた怜だったが、部屋は完全個室でホテルより安い料金で一夜を過ごすことが出来た。

 

 翌日、日本縦断旅の2日目。

「どぉ、少しは寝られた?」

「はい、おかげさまで」

 ひかりも同じネットカフェに泊まって、怜の旅路を見送りに駅までついて来てくれた。

 怜は05:18発の普通 岩国行きに乗り、ひかりと別れるのだった。

 そしてあまりにも早起きをしたせいで、睡眠欲が怜に襲いかかる。

 この列車には終点まで乗るため、眠気に身を任せて怜は眠りに着いた。

 そして目を覚ますと空は明るくなっており、すっかり朝になっていた。

 列車は南岩国を発車して次の停車駅は終点の岩国だった。

 怜は急いで荷物を持ってドアの方へ向かう。

 次に乗る電車で座席の取り合いになることは昨日のことで学んでいた。

 列車は岩国に到着する。

 次の列車は07:12発の普通広島行き、通勤ラッシュの時間で車内は混雑していた。

 かろうじて座ることは出来たが、トイレに行ったり、席を立ったりするのは無理だった。

 08:08 列車は広島に到着する。

 次の列車は08:11発の普通糸崎行き、列車を降りるとホーム上の人混みをかいくぐり、階段を上り下りし、乗り換えのホームに向かう。

 本当にギリギリだった。

 広島を発車した時点では、車内は混雑していていたが、郊外に出ると席が空いて座ることが出来た。

 09:30 列車は終点の糸崎に到着する。

 次の列車は09:31発の普通 相生(あいおい)行き。

 まさかの1分乗り換えだった。

 同じホームで列車を乗り換えることを対面乗り換えということを、この時怜は知ったのだった。

 11:02 列車は途中停車駅の岡山に到着する。

 車窓から外を見ると、向こう側の番線には高知行きの特急南風号が停まっていた。

『もう岡山まで来たか』

 よく見ている光景に馴染み深さを感じている怜だった。

 12:09列車は終点の相生に到着する。

 次の列車は12:21発の普通 姫路行き。

 ようやく余裕のある乗り換え時間だと思った怜だった。

 12:40 列車は姫路に到着する。

 次の列車12:57発 新快速長浜行きに米原まで乗車する。

 怜はこの17分の乗り換え時間で、駅のコンビニで昼食を購入して乗り込むのだった。

『本当に今日の日程は休憩がない』

 この新快速は乗車券のみで乗る頃が出来るにもかかわらず、速さは特急と同等で、さらには停車駅が少ない、まさに18キッパーにとっては救いの神のような列車と言われているらしい。

 今まで普通列車に揺られて旅をして来た怜は、ここにいる誰よりもその恩恵を受けたような気がしていた。

 15:23 列車は米原に到着する。

 この駅はJR西日本とJR東海の境界で、ここより先はJR東海となるようだった。

 JRは九州、四国、西日本、東海、東日本、北海道、貨物の計7社あるらしい。

 怜が移動中に調べてさっき得た情報だった。

 次の列車は15:30発 普通大垣行き。

 途中に関ヶ原という日本史で聞いたことある名前の駅を通った。

 そして16:05に終点の大垣に到着する。

 それほど長い距離を走る列車でもなかった。

 ここから乗り換えるのは特別快速 豊橋行き。

 さっき乗って来た新快速より早い列車に使われる種別らしい。

 JR関西を走っているJR西日本の主な種別は新快速、快速、普通の三種類に対して、名古屋を拠点としているJR東海では普通、区間快速、快速、新快速、特別快速と五種類あるらしい。

『これもJRの違いだろうか』

 と思った怜だった。

 17:39 列車は終点の豊橋に到着した。

 関西や名古屋といった大都市圏は快速も走っていて快適さを感じた怜だった。

 しかし大都市圏は一旦ここで終わる。

『ここからは普通列車かぁ』

 ひかりからもらったメモによると、ここからはまた普通列車での移動になるらしい。

 次に乗り換える列車は17:44発普通浜松行き。

 18:18列車は浜松に到着した。

 次の列車は18:26発の普通興津(おきつ)行き。

 ここからは列車の座席も変わる。

『ロングシート』

 さっきまでの車両は特急列車のようなクロスシートと呼ばれる座席だが、今度の車両は窓を背にして1列横向きの座席が左右に並んでいるロングシートと呼ばれる車両だった。

 18キッパーはこの区間を地獄と呼んでいるらしい。

 さらに追い討ちをかけるかのごとく、車内は大変な混雑だった。

 帰宅ラッシュの時間帯で、怜は座席を確保できず立ち席での移動となった。

 19:38列車は途中停車駅の静岡に到着する。

 メモによると興津まで行かず静岡で乗り換えるように書いてあったので、怜はそれに従うことにした。

 次の列車は20:04発の普通熱海行き。

 車両は浜松から乗って来たものと同じロングシートの車両だった。

 移動中、怜はスマホを操作して暇を潰す。

 21:23列車は熱海到着する。

 次の列車は21:28発快速アクティー東京行き。

 この列車にはグリーン車自由席があり、追加料金を払うことで、少し快適な座席に座ることができるように設定されている。

 さすがの旅疲れか、怜は1000円少々高めの追加料金を払い乗車する。

 23:08列車は東京に到着する。

 対面乗り換えで次の列車は23:08発 普通宇都宮行き。

 怜はドアが開くと同時に隣の列車に乗り込む。

『まさかの0分乗り換え』

 あまりにも接続時間がないことに怜は驚いていた。

 怜はグリーン車自由席を熱海から宇都宮まで買っており、東京からも引き続きグリーン車に乗車する。

 そしてこの列車が本日最後の列車だった。

 01:04 列車は終点の宇都宮に到着する。

 列車列車を降りて改札を出るとそこにはシロクニがいた。

「ヨォ、しおかぜ」

「シロクニ先輩」

 一昨日はひかりがいたことから怜はあまり驚かなかった。

「よくここまで来たな」

 そして手に持ったメモを怜に差し出す。

「これは今日のルートだ」

 と言われてメモ受け取る。

 それから最寄りのネットカフェで四時間後の始発電車を待って、シロクニに見送られて鉄道旅を再開した。

 宇都宮を出ると黒磯、新白河で普通列車を乗り継ぐ。

 新白河発の普通列車は終点の福島に到着するとその列車がそのまま快速列車となり、終点の仙台に着くとその列車がそのまま小牛田(こごた)行きの普通列車に変わった。

 それなら、新白河発 小牛田行きという列車にした方が良いのではないかと思った怜だった。

『そういえば、ここって東北なんだよな』

 今更ながら怜は人生で初めて東北の地に訪れたことを感じていた。

 小牛田からは11:35発 普通一ノ関行きに乗車する。

 車両は静岡で乗った時と同じ、全車ロングシートの座席だった。

 12:21列車は一ノ関に到着する。

 次の列車は12:28発 普通 盛岡行きに途中の北上まで乗車する。

 今日の最終目的地は青森らしいが、路線図を見るとこのまま東北本線で盛岡まで行き、そこからさらに八戸を経由して北上した方が明らかに早そうに見えたが、何か理由があるのだろうと思い、怜はメモの指示通り、北上から秋田県の横手を結ぶ、北上線というローカル線に乗り、終点の横手まで向かう。

 横手からは普通列車の秋田行きに乗車し、終点の秋田に向かう。

 16:08列車は秋田に到着する。

 次の列車は16:27発 普通秋田行き、この列車が本日乗る最後の列車になる。

『今日は早く着けそうだな』

 メモを見ると青森到着は19:57になっていた。

『今日はゆっくり寝られそうだ』

 と思った怜だった。

 乗車してから3時間30分で列車は青森に到着した。

 これまでの経緯からおそらく鉄道研究会の誰かがまたいるのだろうと思いながら改札を出る怜だった。

「待っていたぞ、しおかぜ」

 その声と強気な口調に、怜は即座に人物を特定できた。

「快速急行先輩」

「さぁ、これを受け取れ」

 と言って快速急行は怜にメモと一枚のきっぷを渡した。

「これって?」

 怜はそのきっぷが気になった。

 切符には青春18きっぷ北海道新幹線オプション券と書かれていた。

 同時に説明書もあった。

「では、私はこれでな」

 と言って快速急行は怜と別れた。

(そして)青森駅の前で振り返った快速急行は、

「頑張れよしおかぜ、そして雪子」

 と一言つぶやいてホテルに向かうのだった。

 快速急行からもらったメモによると、怜もホテルを予約されているらしい。

 そのホテルに行って、名前を言うとすぐにチェックインすることができた。

 翌朝になり今日も鉄道旅のスタートとなる。

 今日最初の列車は06:15発の普通 蟹田行き。

『今日は来ないのか』

 昨日はシロクニが、その前の日はひかりが見送ってくれたが快速急行は来なかった。

 その後、怜のスマホに

『すまない、寝坊した、気をつけて行ってこい』

 と言うLINEが来ることは当時の怜は知らなかった。

 列車は終点の蟹田に到着する。

 ここから接続する普通 三厩(みんまや)行きに乗り換え、途中の津軽二股(つがるふたまた)まで向かう。

 津軽二股駅の隣には、北海道新幹線の奥津軽いまべつという駅があった。

 ここからは北海道新幹線に乗り換える。

 青春18きっぷでは新幹線に乗ることはできないが、昨日快速急行にもらった青春18きっぷ北海道新幹線オプション券というきっぷと併用することで、北海道新幹線の奥津軽いまべつから木古内(きこない)という1区間のみ乗ることができる。

 これは、現在北海道と本州を行き来している列車が新幹線しかないため、特例として青春18きっぷで条件付きではあるが乗ることが出来るようになっている。

 きっぷの説明書によるとそのように書かれていた。

『これが北海道新幹線か』

 やってきたのは緑色の新幹線でこれはE5系という車両らしい。

 この列車ははやぶさ号新函館北斗行きだが、怜が持っているきっぷで乗ることが出来るのは途中の木古内までで、そこからはまた普通列車で行かなければならない。

 列車は北海道と本州をつなぐ青函トンネルを抜け、北海道に入って最初の停車駅、木古内に到着する。

 ここからは函館行きの普通列車に乗る。

 函館から先はひたすら函館線を乗り継ぎ、今日の最終目的地は札幌となる。

 函館から札幌までの乗り換え駅は長万部(おしゃまんべ)と小樽(おたる)の2駅のみだが、長万部では列車の接続まで2時間も時間があり、札幌に到着したのは23:54のことだった。

 明日が最終日で始発は朝の06:00となっていた。

 札幌に到着するといつものように鉄道研究会の誰かが待っているのかと思いきや、今日は誰もいなかった。

『今日は誰もいないのか』

 と思い怜はネットカフェで始発を待つのだった。

 その後、怜に一通のLINEが届く。

 雪子(マリンライナー)というアカウントからだった。

『最後は自分の力で来い!』

 次の日、怜は乗り換えアプリを使い稚内までのルートを検索した。

 そこまで難しいものではなく、途中の旭川(あさひかわ)と名寄(なよろ)という駅で乗り換えることで行くことができるようだった。

 そして西大山から普通列車を乗り継ぎ、ようやく日本最北端の駅、稚内に到着した。

 移動距離3247km

 所要時間108時間48分

 乗り換えた列車の数43回


 稚内に到着したころで、怜の携帯に一通のLINEが届く。

 雪子(マリンライナー)というアカウントから来たメッセージだった。

『宗谷岬で待ってる』

 という内容だった。


 次の日、稚内駅前を09:39に出るバスに乗り50分ほどで宗谷岬に到着した。

 ここで降りたのは怜一人だった。

 北海道の中でも最北の地のはずなのに観光客が一人もいないのかと思った怜だった。

 そこには空に向かって尖った不思議なオブジェがあった。

 宗谷岬だ。

 その前に一人の少女が立っていた。

「やっと見つけた」

 宗谷岬の前に立っていた雪子が怜を見ていう。

「それはこっちのセリフだって」

「ちゃんと18きっぷでこれたんやね」

「おぉ、先輩たちのおかげでな」

「…」「…」

 お互い話題がなくなりしばらく黙り込む。

「なぁ」「ねぇ」

 言いたいことがあったが、同時に声が出てしまった。

「先に言えよ」

「えぇ、女の子に言わせる気?」

「たく、わかったよ」

 怜は言うべきことを頭の中で整理する。

「そのなんだ、こないだは悪かったな。お前の気持ちに気づいてやれなくて」

 ようやくあの時のことを謝ることができた怜だった。

「何よ?、私の気持ちって」

 雪子は怜の立場につけ込んで追い討ちをかける。

「何って、てかあの時はお前が紛らわしい事言うから、なんだよ好きになったって、何をどう好きになったのかはっきり言えよ」

 さっきまでの罪悪感を忘れた怜は雪子に逆ギレしてしまった。

「はぁ、そんなん察してや」

 負けじと雪子も言い返す。

「察したよ、あの時は鉄道が本当に好きになったと思ったんだよ」

 怜も口答えして収拾がつかなくなってしまった。

「全然察しってないやんっ」

 さっきまで言い争いをしていた雪子の表情が変わる。

「もう、なんで私たち、こがいなとこまで来て喧嘩しとるん」

 雪子は急に笑い出して言った。

「知るかよ、お前から仕掛けて来たんだろ」

 と怜も喧嘩しているのがバカらしくなり、つられて笑い出す。

 そして怜は再び真剣な顔になる。

「なぁ雪子、お前に言いたいことがあるんだけど」

「うんええよ、聞いてあげる」

「俺は、」

「俺は、お前と併結運転したい」

 と言って怜は雪子に向かって手を差し伸べる。

「えっ、それってどういうこと?」

 本当は意味がわかっているくせに、雪子はまた怜をからかう。

「だから俺はお前のことが好きでここまで追いかけて来て、お前と付き合いたくて」

 怜の差し伸べていた手を雪子はそっと両手で握る。

「いいよ、合格にしてあげる」

「最初からわかってたよ。怜の気持ち」

「なんだよ、わかってたんならはっきり言えよ、素直じゃねぇな」


「ねぇ、怜」

 稚内駅前行きのバスを待っているとき雪子が話しかけて来た。

「なんだよ」

「名古屋から東京まで鉄道で行くとしたら何に乗る?」

「えっ、そりゃ東海道新幹線だろ、いや在来線か?」

 鉄道の知識があまりない怜でもそれはさすがにわかった。

「まぁ、それもあるけどね。中央線も名古屋と東京を結んでるんだよ」

「へーぇ、でなんで急にそんな話?」

 東京の通勤路線として聞き覚えがある中央線だが、名古屋まで続いていると言うことは初めて知った。

「女の子はね、ときおり普通のルートを使わずに回り道をしたくなるものなんよ」

「なんだよそれ?」

 怜には雪子の言っている言葉の意味がよくわからなかった。

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