7号車『それぞれの行き先』

 京都S大学の無人の教室の真ん中で一人の女子生徒が待っていた。

 すると後ろの方からギィーとドアが開いた音がした。

「ありがとう、わざわざここまで来てくれて」

 先に教室にいた快速急行は入って来た人に一言お礼を言う。

「いえ、どうしたんですか、急に」

 後からから入って来たひかりはドアを閉めて快速急行に近づく。

「いや、そのな、ちょっとお前に話があって」

 いつものクールな様子と違いそわそわとしていた。

「その…、ありがとう」

「えぇ?」

 ひかりは何のことに対してお礼を言われてるのか全くわかっていなかった。

「お前がいや、君がいなければミーティングも順調に進まなかっただろうし、いつも私のことで色々助けてくれた」

「あぁ、いや大したことはしてないですよ、自分も好きでやってたことなんで、」

「それでだ、お前に言いたいことがある」

 いつものクールで強気な口調に戻る。

「私は快速急行、普通や準急よりは早いが特急よりは遅い、ましてやひかりと言う新幹線のお前…」

 快速急行はひかりに対する二人称を訂正して言う。

「君には到底追いつくことは出来ないかもしれない」

「えっと、つまりは」

 快速急行は覚悟決めてひかりを見つめて言う。

「だから、お前が副部長に立候補して私を助けてくれた日から、お前のことが好きになったんだ」

「えっ、」

 思いもしなかった快速急行の言葉にひかりは困惑して、数秒間無言になった。

「すいません、先輩、自分は…」

「いいんだ」

 ひかりが言いかけた瞬間、快速急行は口を挟む。

「知ってたんだ、お前にはすでに交際相手がいることは」

「えっ、そんな」

 誰にも言っていないのに、なぜバレたのか、いつもは何事にも冷静に対処していたひかりも今回ばかりはかなり焦っている様子だった。

「お前の普段の行動を見ていればわかるさ」

「そ、そうですか、さすがですね、先輩」

 エスパーのような快速急行に驚いたひかりだった。

「アァー急に撮り鉄をしたくなった、ではまたサークルでな」

 と快速急行は早歩きで教室の出口の扉に向かい、教室を出てからは駆け足で逃げるように去っていった。

 そしてその会話の内容をしおかぜもとい怜が盗み聞きしていることに二人は気づいていなかった。

 昼休みで暇なので、早めに教室に行って予習でもしようと思ってこの教室に来た怜は、偶然次の授業が行われる予定の教室で、二人の関係を知ってしまったのだった。

 

それから数時間後、快速急行は地下鉄と阪急電車を乗り継いで、阪急京都線の上牧(かんまき)駅にやって来た。

 撮影をすると言って来たが、持っている撮影機材はスマートフォンのみでカメラもマイクも持って来ていなかった、自分でも何をしにここへやって来たのかわからなかった。

 ここは阪急電車と東海道新幹線が並走する区間で有名な場所だった。ちょうどこの駅を京都河原町方面へ向かう快速急行が通過する瞬間、新幹線側の線路からのひかり号が追い抜いて来た。

 阪急電車の最高速度は115km/hで東海道新幹線は285km/hなのだから当然追い抜かれてしまった。

「あいつは私より年下にもかからわず、いつも私より先に行ってしまう」

 その様子を見ながら快速急行は一人で呟いていた。

「また、あいつと同じ線路を走りたい」

 1963年の東海道新幹線開業前、阪急電車は線路の高架化に伴い、半年ほど新幹線の線路を仮線として運行していたことがあった。つまり新幹線の線路を初めて通った営業列車は新幹線電車ではなく阪急の電車であった。

 今、ひかりを振り向かせるのは、かつてのように新幹線の線路を阪急の電車が走るぐらい無理なことだと感じた快速急行だった。


 その頃、怜はいつものように授業を受けていたが、

「ねぇ、どうしたの怜くん」

「えっ、あっ、その」

 隣に一緒に授業を受けていた美音理がいること忘れていた怜は急に顔を近づけて話しかけて来た彼女に驚いて思わず声を上げてしまった。

「そこ、うるさいよ」

 怜は注意された教員に謝罪の一礼をして再び静かになる。

「大丈夫、怜くん」

 怜はまた注意されるのを怖がったのか、無言でこくりと頷いて、その後は授業が終わるまで一言もしゃべらなかった。

 それから40分ほどで授業は終わる。

「はい、じゃぁ、今日はここまで、来週の最終日に期末レポートを提出するように」

 怜と美音理は資料などをまとめて片付ける。

「今度は大丈夫なのか?」

 以前は授業を休みすぎていたせいで中間レポートの提出に困っていたのを心配して怜は話しかける。

「うん、今度はちゃんと授業出てメモも取ってあるから」

「それより、今日の怜くんなんかボーとしてたけど、どうしたの?」

 授業中、怜の様子がいつもと違うことが気になった美音理は、逆に怜のことを心配して質問する。

「いや、なんでもない、ちょっと考え事をしててさ」

「そうなんだ」

 美音理はそれ以上の詮索はやめて、怜と一緒にいつも通りミーティングに向かった。

「あっ、お疲れしおかぜ」

 すでにミーティングには雪子ことマリンライナーが来ていた。

「おぉ、お疲れ」

「お疲れ、マリンライナーちゃん」

 怜ことしおかぜと美音理こといしづちも返事をする。

 さっきまで明るい表情だったマリンライナーはいしづちを見た途端に目つきが悪くなり無言でいしづちに圧力をかける。

 いしづちはそれをニッコリと笑顔で返す。

 相変わらずこの二人は仲が悪いと思った怜は、マリンライナーといしづちに挟まれる形で座ることになった。

「はい、じゃぁ、そろそろミーティングをはじめます」

 とひかりはこの場を仕切る。

 だが、この日のミーティングは一人主要な人物が欠けていた。

「あのひかり先輩、快速急行先輩は」

 と一人の部員の質問に対して

「快速急行先輩は急に体調不良を起こして欠席って、僕にラインが入ってたよ」

 今まで快速急行はミーティングを欠席したことはないだけに、部員一同は驚きの表情を見せた。二人を除いて。

 ミーティングは近況報告と夏休み中の活動について軽く話しただけで10分程度で終わった。

「しおかぜはこのあとは何か用事あるの?」

 とマリンライナーは話しかけてくる。

「いや、特にないけど」

「そうなら…」

「だったら私と一緒に帰らない」

 怜と雪子が話してる間に美音理が割って入って来た。

「ちょっと、何よ急に」

「あら、いいじゃない、怜くんと方向が同じだし」

 ついでのように言う。

「それに、怜くんはしおかぜで私はいしづち、しおかぜといしづちは2つの列車同士が連結して走るんだよ」

 JR四国の松山ー岡山を結ぶ特急しおかぜと松山市ー高松を結ぶ特急いしづちは、松山から途中の宇多津駅または多度津駅まで連結して走っている。これを多層建列車という。

 列車を併結して走らせることで、燃料代や電気代を節約出来る他、運転手や車掌などの人件費を抑えられる。しおかぜといしづちが走る予讃線が単線で線路が一本しかないため、あまり本数を増やせないのも理由の一つだろう。

 一方の快速マリンライナーは高松ー岡山を結ぶ列車で一部はいしづちとまた一部はしおかぜと同じ予讃線、本四備讃線、宇野線を通るというだけで、しおかぜ・いしづちとは直接は関係ない列車だ。

「だから何よ、私は同じ線路を走るマリンライナーよ」

『お前らどんな喧嘩してるんだよ』と思った怜だった。

「じゃぁ、怜くん、いやしおかぜ君に決めてもらいましょ」

 美音理の提案には雪子も賛成して二人は怜に迫り寄る。

「しおかぜくんなら当然私、いしづちと併結運転するよね」

「絶対に私と連結するよね」

「えっと」

 二人に迫られた怜ことしおかぜは苦渋の決断のもと…

『どうしてこうなった』と思いながらしおかぜは下校していた。

 しおかぜは左にいしづち、右にマリンライナーと横並びに通学路を歩いていた。

「ねぇ、しおかぜくん、今度の授業でレポート提出しなきゃだよね」

 といしづちはさっき受けていた授業の話をして来た。

「おぅ、そうだな」

「あっ、もう部活終わったし、怜くんって呼んでいいよね」

「えっ、まぁいいんじゃないか?」

 しおかぜ、もとい怜も本名とあだ名の区別が未だにわからなかった。

「それよりさぁ、怜は夏休みは実家に帰るの?」

 いしづちもとい美音理と怜が話している中、急に話の腰を折ってマリンライナーもとい雪子が怜に話しかけてきた。

「えぇ、うーん、まだ決めてないかな」

「じゃぁ、また特急しおかぜ号で途中まで帰れるね」

 そこに美音理が乱入して急に地元に帰る話になった。

 さっきの授業の話はどこに行ったのかと思っている怜だった。

「ちょっとなんであんたまでついて来るのよ」

「えぇ、いいじゃない、途中まで同じルートなんだし」

「私だって、岡山までは同じルートで帰るわよ」

「あら、それなら私は新居浜まで同じよ」

 と怜を挟んでまた喧嘩が始まり、耳元で騒がれるうるささに悩まされながら歩いていたのだった。

 そんなこんなで雪子が瀬戸大橋のようだと言っていた石橋を渡り、美音理と別れ、雪子と別れて三人はそれぞれ帰宅した。

 

 その後、雪子のスマホに一通のLINEが来ていた。

 差出人の名前を見ると、

「快速急行先輩?」

 今日のミーティングに来ていなかったことも気になっていた雪子は、ラインを開きメッセージを読む。

 その内容は、『今から会えないか?、できればお前の家に行きたいのだが』という内容だった。

 雪子はしばらく考えてLINEを返信した。

 それから、しばらく経ち、ピンポーンとインターホンが鳴り、雪子はドアを開ける。

「いらっしゃいませ」

 と雪子は少し文脈がおかしいような挨拶をした。

「すまない、ありがとう、こんな時間に」

「いえいえ、とりあえず上がって下さい」

 と言って、雪子は快速急行を家に入れた。

 そして雪子はお茶を入れて快速急行に差し出し、一人用の小さなテーブルに向かい合って座った。

「すいません、こんなものしか用意できませんが」

「いや、気にしないでくれ、こっちが勝手に上がり込んだのだから」

 そして、話題がなくなり二人は数秒黙ったままになった。

 いや、雪子は快速急行に聞きたいことがあったのだが、それはなかなか言い出せなかった。

「最近はどうなんだ。しおかぜのことは?」

 と快速急行は口を開いて話題を切り出す。

「まぁ、そうですね…」

 と雪子は目をそらして曖昧な返事をした。

「そうか」

 と快速急行はみなまでは聞かず、納得した。

「私がなぜ今日ミーティングに来なかったかわかるか?」

 雪子が切り出しづらいと思っていた話題を快速急行は自ら話始めるのだった。

「やっぱり、思いを伝えたのですか?」

 ミーティングに来ていなかったし、以前餃子の王将で恋バナをしていたことから、雪子は、快速急行が言いたいことはほぼ察していた。

「あぁ、そうだ、私は今日、ひかりに告白した。そしてフラれた」

「やっぱりひかり先輩だったんですね」

 王将で話した時は好きな人がいるとしか聞いていなかったが、ミーティングでの快速急行を見ると、毎回進行をひかり先輩にサポートされていたためおおよその察しはついていた。

「ふっ、こうして降り返ってみると、なんとも無様だな」

 快速急行は自分のことを鼻で笑って、言い訳を重ねる。

「すでに交際相手がいるにも関わらず、第三者がしゃしゃり出たところで勝ち目がないというのに」

「そんなことないですよ」

 雪子にはわかっていた。快速急行が鼻で笑っているのも、言い訳を重ねるのも、彼女の本心ではないということが。

「それでも快速急行先輩はひかり先輩に立ち向かうなんてすごいじゃないですか。無様なのは私の方ですよ、振り向いてもらえないことを考えると怖くて未だに告白できないなんて」

 雪子は快速急行の隣に寄り添って言う。

「頼りない後輩かもしれませんが、私には気を使わず正直になってくれませんか」

「マリンライナー、いや雪子、いいのか」

「もちろんですよ、さくら先輩」

 その瞬間、快速急行は雪子に抱きついて、今までの鬱憤を解き放つように声をあげた。

「私の負けですね、この勝負」

 雪子は快速急行もといさくらの頭をなでて励ました。

 先に思いを伝えたのは快速急行の方だった。

 そして、雪子はさくらを抱いたまま、二人とも倒れ込んで寝落ちしていた。

 雪子は目が覚めて、窓の方を見てみると外はすっかり明るくなっていた。

 すると、さくらも気がついて雪子の胸元で寝ていることに気がついた。

「おはようございます。さくら先輩」

 雪子は暖かい微笑みでさくらに声をかける。

「あぁ、おはよう、すまない、ついうっかり寝てしまったようだ」

「いいんですよ、ゆっくりしていってください」

 それからしばらく話して、雪子は快速急行を見送った後、LINEを開いて怜(しおかぜ)と書かれたアカウントにメッセージを書き込んでいた。

『今度の日曜日、京都駅の…』


 そして日曜、怜は言われた通りに京都駅の駅ビルのあまり人気のない場所にやってきた。

 そこには雪子がいた。

「でぇ、話ってなんだよ、わざわざこんなとこまで呼び出して」

「その私、好きだったんだよね、ずっと前から」

 しばらく無言になってそわそわしている雪子を見た怜はよっぽどの勇気を振り絞った言葉だったのだろうと感じていた。

 その言葉に真剣に答えないといけないと思った怜は口を開く。

「俺も、好きになった」

 怜の発した言葉に雪子は真っ先に反応した。

「えっ、ほんと?」

 期待はしていたはずなのに予想外だったような顔つきで雪子は答えた。

「あぁ、本当だよ」

 怜は雪子の好きになったという発言に対して、怜も自分に正直になって答えるのだった。

「俺もまた鉄道を好きになった」

 雪子は自分が鉄道好きでそれが今まで言い出せなかったのだろうと、怜は思っていた。

「はぁ?」

 怜のその言葉に一瞬雪子の頭は真っ白になった。

「いやぁ、やっぱりお前も鉄道が好きだったのか。昔から俺とプラレールで遊んでたし、こないだ四国帰ってた時も新幹線にやたら詳しかったもん…」

 パチン。と何かを叩いた音がこの空間中に広がる。

 怜が喋りきる前に、雪子は彼の頰に平手打ちを食らわせた。

「ってぇな、何すんだよ」

 雪子は歯を食いしばって、半泣きになりながら

「もういい」

 と言い残して、怜の元を後にした。

「ちょっ、なんだよ」

 雪子は駅ビル階段を駆け下りて、それを怜も追いかける。

「おい、待てよ」

 と言われた雪子は階段を下りきったところで足を止めて、

「ついて来ないで」

 と、強い口調で怜を罵倒した。

 いつの間にか、人通りも増えているところに来ており、通行人たちはその様子に反応して視線を向けていて、中には

「あぁ、あいつ終わった」

「ザマァ」

 などと小声で囁きあって通りすぎる者もいた。

 雪子は再び速歩きでJRの改札内にICカードをかざして入って行った。

「なんだよ」

 今の怜はこの場の状況を何一つ理解できていなかった。


 翌日の昼前、怜は部屋のベッドに横たわって、雪子に送ったLINEを見ていた。

  18:05『今日はなんか知らないけど悪かったな』

  23:24『まだ怒ってるのかよ、とりあえず機嫌なおしてくれよ』

「既読までついてねぇのかよ」

 怜はLINEのアプリをログアウトし、起きが上がって、服を着替え、午後から始まる授業の資料とノートをカバンに入れて学校に行く準備を始めた。

 登校して、学食で昼食をとった後、いつものように授業を受けていた。

 もちろん美音理もいた。

 今日の授業は最終回で今までにやった内容のまとめを軽くして10分程度早く終わった。

「はい、じゃぁ、以上で前期の内容は終了です。八月の終わりに成績を出すので確認しておいてください。お疲れ様でした」

 無事に前期のこの授業も終了した。終わってみるとあっという間だったなと思った怜だった。

「ねぇ、怜くん」

 授業の資料を片付けていると横から美音理が話しかけてきた。

「うん、なんだ?」

「今日のミーティングなんだけど、私、ちょっと用事があっていけないんだ。悪いんだけどひかり先輩に伝えといてくれないかな」

「えぇ、いいけど、グループLINEじゃダメなのか?」

「うーん、個人ならいいんだけど、グループLINEに話しかけるのは苦手で…」

 美音理は目をそらしてそわそわしながら答える。

「あぁ、そうだったのか、まぁいいよ」

 グループLINEが苦手とは意外だと思ったが、なぜひかり先輩に個人で伝えないのかと思っていた怜だった。

 まぁ大したことでもないと思い、美音理の依頼を引き受けることにした。

「うん、ありがとう。あっ、そういえば、怜くんは夏休みのいつ実家に帰るの?」

「えっ、まだ決めてないけど」

「そっか、よかったら連絡してね。方向同じだし、よかったら一緒に帰ろう。」

「あぁ、考えとくよ」

「じゃぁ、またね」

 と美音理は教室を後にした。

「さて、俺も行くか」

 といつものミーティングが行われるフリーのラウンジに向かった怜だったが…

 いつもみんなが集まっている、十数人が掛けられる机には誰も座っていなかった。

「あれ、」

 もう、開始5分前だというのに誰もきていなかった。

 怜はスマホを開いて今日の日付を確認するが、間違いなく今日はミーティングが行われる月曜日だった。

 そして、鉄道研究会のグループLINEで確認しようとLINEを開くと、一件だけ未既読の通知があった。

 グループLINEでひかりが、

『明日のミーティングは欠席が多いので中止にします。夏休み中は特に活動の予定はないので各々で過ごしてください。それでは良い夏休みを、また後期に会いましょう』

 と書いてあった。

 怜は雪子からのLINEの返事を気にしていたせいで、他の着信を全く見ていなかった。

 ではなぜ美音理は俺にミーティングがある前提での話をしていたのだろうと思っていた怜だったが、おそらく美音理もそのLINEを読んでいなかったのだろうと勝手に納得した。

 怜は、特にすることもないので、下宿に帰ることにした。

 そして、下宿について家に入る前に玄関の前の郵便受けを確認していると、

「えっ、」

 そこには、近所のスーパーやピザ屋の広告に紛れて、今までに見たことのないものが入っていた。

「手紙?…」

 怜は郵便受けに入っていた封筒を手にとって、家の中に入った後、ハサミで封筒の端を切って開封した。

 中に入っていたのは1枚の手紙と2枚のきっぷだった。

 きっぷを見るとJRのきっぷで、1枚目には『京都市内↓西大山』と記された乗車券、2枚目には『京都↓鹿児島中央と書かれた』と記された特急券きっぷだった。

 そしてもう一つの二つ折りになった手紙を開くと

『この場所で、あなたに伝えたいことがあります』

 という短文が書かれていた文字と地図が描かれていた。

 場所は鹿児島県の『西大山』という駅だった。

「なんだ、これ?」

 これを見る限り胡散臭く何かのいたずらかもしれないと考えたが、きっぷを見る限りそうでもなさそうだ。

 いたずらで総額24,430円のきっぷを送りつけてくることは考え難い。

 封筒には切手も貼られていなかったことから直接ポストに入れられたのだろう。

 ということは怜のことを知っていて、なおかつ住所まで知っている。

 そんな人物は雪子と美音理に絞られる。

 となると、怜はスマホを起動して、LINE電話をかける。

『あっ、もしもし怜くん、どうしたの?』

 電話をかけた美音理はすぐに出た。

「なぁ、美音理、今日俺の家のポストに手紙を入れたのは」

「うんそう、私だよ」

 美音理はミーティングを休むというフリをして怜が間違えてミーティングに行っている間にポストにきっぷの入った封筒を入れて行ったのだということがわかった。

『今日も新幹線をご利用いただきましてありがとうございます』

 電話越しに何かの放送も怜の耳に入って来た。

「お前、今いったいどこにいるんだ?」

『えっ、今、新幹線の中だよ、鹿児島に向かってるところ』

「鹿児島⁈、なんでそんなところに」

『ねぇ、雪子ちゃんが今どこにいると思う?』

「はぁ、なんだよ、なんで雪子が出てくるんだよ」

『もし、知りたいと思ったら、そのきっぷで鹿児島の西大山まで来てね、じゃぁ、待ってるね』

 と言って美音理に電話を切られた。

「なんなんだよ」

 怜はこの状況を何一つ理解できず、ベッドに仰向けに倒れこんだ。

 そしてきっぷを再確認してみると、出発日の日付は明日になっていた。

 明日いきなり鹿児島の西大山駅というところまで行くことなど、正直怜には実感が湧かなかった。

『美音理は雪子がどこにいるのか知っている。そしてここに行けば美音理から聞き出せる』

 そんなことを考えながら手に持っていたきっぷをしばらく眺めていると、横になっていた体を起こし、クローゼットを開けて、帰省で使っているリュックや服を取り出す。

『あの時、なんで雪子は怒ったのかわからない。でも俺は、自分の口であいつにちゃんと謝りたい』


 翌日、怜は旅行に必要なものを一式まとめて地下鉄で京都駅にやってきた。

 地下鉄を降りて、改札を出ると新幹線乗り場の改札にきっぷを通して階段を上がり、お土産やコンビニのあるコンコースの階をさらに登ってホームの上にやってきた。

「っと、12号車の乗車位置は…」

 怜はきっぷを見ながら新幹線のホームを歩いていた。

 新幹線を利用するのは、5月に帰省して以来で、そのときは岡山ー京都間をのぞみで1時間。

 この程度の乗車時間だったので自由席を利用していた。

 今回もらったきっぷは、すべて指定席だった。

 指定席のきっぷには乗車駅と降車駅、乗車予定の列車の発車時刻と到着時刻、乗車する号車と座席番号が書いてあった。

 きっぷには京都09:46発、鹿児島中央14:09着と書かれていた。

 実に4時間半の乗車時間になる、確かにこんな長い時間乗るのなら指定席で行きたいと思った怜だった。

 怜がサークルの人から聞いた話では、新幹線や特急の指定席は原則指定した列車に乗らなければならず、仮に駅に早くついても来た列車にすぐ乗ることは出来ない。

 現在時刻は09:30乗る予定の新幹線まではまだ少し時間があった。

 いつもなら新幹線のホームに上がると、新大阪よりの自由席の乗車位置に向かって歩くのだが、今回は逆の方へ歩く。

 そして怜の乗る予定の12号車の乗車位置に到着してしばらくすると、列車到着の案内が始まる

『新幹線をご利用くださいましてありがとうございます。間も無く13番線に09:46発、ひかり461号岡山行きが到着します。安全柵の内側までお下がりください。この電車は16両編成です。この電車は途中、各駅に停まります』

「13番線、ご注意ください。ひかり461号岡山行き到着です。黄色い点字ブロックより内側にお下がりください」

 新幹線はものすごいスピードで目の前を通り過ぎ、こんなに速い速度でホームに進入してくるのかと思った怜だった。

 帰省でよく利用している新幹線だが、今日ばかりは、いつもとは違う緊張感のようなものを感じていた。

 ホームドアに合わせてスムーズに列車は停車し、ホームと列車のドアが開く。

 数人ほど乗客が降りるのを待って、乗客が全員降りたのを確認すると、車内に入る。

 デッキから客室に入り、新幹線の独特な匂いを感じながら、きっぷを確認して自分の席に座る。

「ひかり461号岡山行きです。間も無く発車します。次は、新大阪に停まります」

 ドアチャイムが鳴りドアが閉まる音を聞くと、列車は動き出す。

 いつものことながら、窓の外を眺めないと動いているのか停まっているのかわからないほど静かだった。

 車内を見てみると乗車率はそれほど高くない。

 帰省で乗った時の自由席は、窓側席のA席とE席はほぼ埋まっているのに対して、今日のこの車内は怜を含めても10人程度の乗車率だった。

 指定席と自由席でこんなに混雑度が違うのかと思った怜だった。

 列車が発車して10数分ほどで車内メロディーが鳴る。

『間も無く、新大阪です。東海道線とおおさか東線はお乗り換えです。今日も新幹線をご利用くださいましてありがとうございました。新大阪を出ますと次は新神戸に停まります』

「ご乗車ありがとうございました。間も無く新大阪に到着です。降り口は左側、22番乗り場です。お乗り換えのご案内をいたします。新幹線はこの先、新神戸、岡山、広島、新山口、小倉に停まります、のぞみ11号博多行きは着きましたホームの向かい側21番線から発車します。熊本、鹿児島中央方面、さくら551号鹿児島中央行きはホーム変わりまして20番乗り場から発車します。」

 それを聞いた怜は座っていたE席の向かい側、の車窓を見ていると、2つ隣の線路には次の新神戸で乗り換える予定のさくら号が停まっていた。

 怜はきっぷを見てみると、きっぷには次の駅、新神戸で乗り変えることになっていた。

『なんで、新大阪じゃなくて、新神戸で乗り換えるんだ?』

 と思った怜だった。

 ここでは7人ほど乗客が降りて行き、乗ってくる乗客はいなかった。

 新大阪では2分ほど停まる。新幹線にしては長い停車時間だ。

『東京から広島や博多に行く新幹線は、新大阪で乗務員がJR東海からJR西日本に変わるから、停車時間が長いの』

 ということを雪子が言っていたのを怜は思い出した。

 そして列車は新神戸を発車する。

 発車してから10分足らずで、

『まもなく新神戸です』

 という放送が流れる。

 怜は隣の席に置いていた荷物を持ってデッキに移動する。

 デッキで2分ほど待つと列車が停まり、ドアが開く。

『ご乗車ありがとうございました。新神戸、新神戸です。一番線からひかり461号岡山行きが発車します。次は岡山に停まります』

 と駅員が案内した後、発車メロディーは流れる。それは怜も知っている曲だった。

「スリーナイン⁈」

 そんな時、快速急行先輩が話していたのを思い出す。

『私は山陽新幹線の発車メロディーも好きだな。新神戸、岡山、広島、小倉、博多では、銀河鉄道999が流れる』

 発車メロディーが鳴り終わり、ホームと列車のドアが閉まり、列車が発車して行く。

 新神戸駅で列車を降りるのは初めてだった。

 そしてあたりを見回して見ると、新神戸駅は線路が2本しかないことに気づく。

「そういえば、前に岡山に行ってた時に、雪子が言ってたような」

『新神戸は線路が2つしかないから、上りと下りそれぞれの全ての列車が同じホームに止まるから、のぞみからさくらに乗り換えるなら、新大阪より新神戸の方がいいの』

 と言っていたことを思い出し

「それで乗換駅は新大阪駅じゃなくて、新神戸駅だったのか」

 と納得した怜だった。

 怜は服の胸ポケットからきっぷを取り出して次に乗るさくら号の号車を確認する。

「っと、8号車2番A席か」

 怜は床に貼られている乗車案内を見て確認する。

 8号車の乗車位置はすぐ近くにあった。

 するとホーム上でチャイムが鳴り、新幹線の接近放送が始まる。

『新幹線をご利用くださいまして、ありがとうございます。間も無く、1番線に10:22発さくら551号鹿児島中央行きが到着します。安全柵の内側までお下がりください。この電車は途中、岡山、福山、広島、新山口、小倉、博多、新鳥栖、久留米、熊本、川内に停まります』

 案内が終わると駅の隣にあるトンネルから出てきた列車が入線してくる。

 そして、車両はホームドアに合わせて停車した。

 本当にピッタリ停まるなと思いながら、怜は乗車する。

 車内に入ると怜は違和感を感じた。

「あれ⁉」

 新幹線の普通車は、通常海側3列、山側2列の5列座席になっている。

 しかし、怜の乗っている新幹線は両側に2列ずつの4列のシートになっていた。

 怜は間違えてグリーン車に乗ってしまったのかと思って、きっぷをもう一度確認するが間違えなく怜の今乗っているのは7号車の普通車指定席だった。

「ここ、普通車なのか?」

 と思っていたことを口に出しながら、自分の席に座る。

 座り心地はさっき乗っていたのぞみ号よりも広く感じた。

『そういえば、帰省の時はだいたいのぞみかひかりに乗ってたけど、さくらに乗ったことはなかったな』

 と思っていた怜だった。

『さくらってどんな新幹線なんだろう』

 と考えているとひかりが言っていたことを思い出す。

『東海道新幹線はのぞみ、ひかり、こだまの三種類、山陽新幹線はのぞみ、ひかり、こだまそしてみずほ、さくらと一部しか乗り入れていないけどつばめ号もある』

 新幹線はトンネルを抜け、車窓を見ていた怜はひかりが言っていたことを思い出していた。

『山陽新幹線に乗るならのぞみよりみずほかさくらがオススメかな、のぞみ号は指定席も自由席も横5列の席だけど、みずほ、さくらで運転されている8両編成のN700系の普通車指定席は横4列の座席で、広くてゆったりした席に座れる』

 新神戸を出てから30分ほどで列車は岡山に到着する。

 たった30分で県を1つ移動することに今だに驚いていた怜だった。

 そして、ここから先は怜も乗ったことのない区間になる。

 鹿児島中央には14:09に到着するときっぷに書いてあったことから、まだ3時間ほど時間があった。

 次の停車駅は福山。

『さくらって結構駅を飛ばすんだな』

 怜は暇だったので、乗り換え案内のアプリで山陽新幹線の時刻表を見てのぞみとさくらの停車駅の差を比較していた。

 それは、乗る駅と降りる駅を検索するだけで最短ルートや最安値のルート、所要時間や料金、途中停車駅まで表示される便利なアプリだった。

『このアプリ、梓がリハビリで使ってたみたいだけど、結構便利だな』

 新大阪ー博多間の山陽新幹線だけで見るとさくら号の停車駅はのぞみ号より一駅か二駅多い程度で時間ものぞみと10分程度しか変わらない。

 しかも料金ものぞみより320円安い。

『コーヒーが一杯飲める額だ』と考えながら、怜は乗り換えアプリで鉄道についていろいろと調べていた。

 そうしている間に列車は福山に到着する。

『おっ、あれって福山城か』

 福山は駅の中からでも見えるほどすぐ隣に福山城があった。

 そして福山を発車する、次の停車駅は中国地方最大の都市、広島である。

 その間、車内販売のパーサーが怜の乗っている号車に来た。

 少し小腹が空いてきたと思った怜は、

「すいません」

 と一声かけて、注文した。

 購入したのはホットコーヒーとアイスクリームだった。

『新幹線の車内販売で売っているアイスオススメ』

 とシロクニに言われたことを思い出した怜はふと買ってしまった。

 早速コーヒーにミルクと砂糖を入れて飲んで見る。

『やっぱり苦いな』

 と感じた怜は、アイスのカップの蓋を開けて、表面のカバー剥がす。

 そして透明のスプーンですくおうとするが、

『えっ』

 そのアイスは氷のように硬く、スプーンが刺さらなかった。

『何だ、これ』

 と思いながら、車内で昼食を食べ終えた後には、列車は広島に到着した。

『新幹線って本当に早いな』

 と感じた怜だった。

 乗り換えアプリに飽きた怜は、スピードメーターという別のアプリを起動した。

 このアプリはひかりから教えてもらった。

 新幹線や早い特急に乗ったときによく使っているらしい。

 これを使えば、GPSの機能で現在移動している速度がわかるらしい。

 アプリを起動してしばらくすると296…295…と山陽新幹線最速の300km/hに近い数字が表示された。

 しかし、さっきまで300km/h近い速度で走っていた列車が急に減速を始めた。

 車窓を見ても減速しているのがわかる。

『もう次の停車駅だろうか、いやそれならアナウンスが流れるはず』

 と思った怜は現在の速度を確認すると180km/h近くまで減速していた。

 そして列車は駅を通過した。

 車内の電光掲示板にただいま徳山駅を通過と表示された。

 その後、列車は再び300km/h近くまで加速した。

 すると、速度を表示している怜のスマホの上側に通知の着信が表示される。

 美音理から一通のLINEが届いた。

『やっほー、今どの辺り?』

『徳山、なんかかなり遅く通過した』

『あぁ、徳山駅はカーブがきついからね』

『そうなのか?』

『うん、ほんとは徳山の街の外れに新徳山駅を造る計画だったみたいなんだけど、地元の要望で当時の徳山駅に乗り入れさせるために線路を直線にできなかったんだって』

『へぇ、お前よく知ってるな』

『この前、ひかり先輩に教えてもらったの』

『なるほど』

 とLINEで会話をしていると列車は新山口に到着した。

『じゃぁ、今日は鹿児島中央の駅の近くのホテルを予約してあるから、明日の朝の始発列車で西大山に来てね』

『はっ?、何で明日なんだよ、今日じゃダメなのかよ』

『うーん今日でもいいけど、野宿でもいいんだったら』

『えっ、どういうことだよ』

『西大山の周辺はホテルも何もないから』

『マジで⁉』

 俺はどんな田舎に呼び出されるんだ、と思った怜だった。

『だから明日の始発列車で来て』

『えっ、なんで始発?』

『それは明日教えてあげる。絶対明日の始発で来てね』

『あぁ、わかった』

 とLINEを送ると怜は乗り換えアプリで鹿児島中央から西大山まで始発列車を検索した。

『えっ、早くね?』

 鹿児島中央から西大山への始発は04:51発の普通列車、途中の山川という駅で乗り換えて06:23には着くようだった。

 列車は本州と九州をつなぐ新関門トンネルを渡り、九州に入って最初の新幹線の停車駅、小倉に到着する。

 だいぶ来たな思った怜だったがまだまだ先は長い。

 とうとうやることがなくなり、昨日は旅行の荷物をまとめ今日の朝は乗る予定の新幹線に合わせて起きたため、その疲れがここで一気に眠気になって怜に襲いかかる。

 終点まで乗るため乗り過ごす心配もないと思い、怜は睡眠欲に身を任せ、あっさりと眠ってしまった。

 その後、怜は車内チャイムで目を覚ます。

『間も無く終点、鹿児島中央です。今日も新幹線をご利用くださいましてありがとうございました。』

 という放送を聞き怜は座席のリクライニングを戻し、軽く背伸びをした。

 14:09列車は定刻通りに鹿児島中央に到着した。

 4時間ぶりに新幹線の外に出た。時間的には帰省するのと変わらないためそこまで疲れはなかった。

 きっぷを改札に通し駅の外に出た。

 さすがは日本の南部でなおかつ7月なだけにかなり暑い。

 駅の出口からは桜島を眺めることができた。

 怜はひとまず荷物を預けにLINEで送られてきた地図を頼りにホテルまで向かう。

 フロントで名前を言うとすぐにチェックイン出来た。

 早岐 美音理という人が予約と決済を済ませていたらしい。

 その後、鹿児島に来たのは初めてでましてや一人旅も初めての怜は、街の中を適当に回った後、明日の始発列車に備えて早めに就寝するのだった。

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