6号車『列車に乗れない妹』

「はい、じゃぁ、始めますね」

 怜が大学生になって2ヶ月たった六月の中旬、その日は9時から1限の授業だった。怜は一回生ということもあり、授業も多めに取っているがその中でも1限の授業は特に遅刻や欠席して来る人が多かった。

 ギィィと後ろの扉が開き、一人の学生が教室に入って来た。

「君、遅刻が多いよ」

「すいません」と言ってその学生は資料と出席表を取って怜の隣の席に座った。

「よっ、しおかぜ」

「あっ、おはようございます」

 隣に座って来た学生は、鉄道研究会の模型鉄の先輩のシロクニだった。

 前々からこの授業で面識があり、毎回決まって、シロクニは三十分程度遅れて来ていた。

「はい、じゃぁ、今日はここまで」

 シロクニが入って来てから1時間ほどで授業が終わり怜もといしおかぜとシロクニは資料を片付ける。

「ちょっと、彼杵君」

 シロクニもとい海士は教師に呼び出しを受ける。

「は、はい」

 なぜ自分が呼び座されたかはだいたい察していた。

「君、次遅刻したら単位危ないよ」

「はい、すいません」

 シロクニは頭を下げて教員に謝罪した。

「どうしたんだね、君はこないだのレポートもちゃんと出したし、テストの点も良かった、なのになぜ授業だけはいつも遅れて来るのだ?」

 確かに、シロクニもとい海士は、遅刻という点を除いて授業を真面目に受けていた。

「いやすいません、道路が混んでて」

「道路、バスで通学してるのか?」

「いえ、車で」

「なぜ、電車で来ないんだ?、地下鉄も叡山電車もあるだろ」

「その、それには事情がありまして」

 その話を横で聞いていたしおかぜは疑問に思っていた。

 しおかぜも京都市内を自転車で通ったことがあるからわかるが京都は道が狭い。さらには渋滞でバスに乗ったときも遅延を起こしていた。

 この京都S大学は立地も地下鉄の駅から歩いてほど近い。叡山電車からも徒歩で行ける距離だ。しかもこの大学に駐車場はないことから、車での通学は実質できない。

 極め付けはシロクニ先輩が鉄道好きであること、しおかぜ自身もかつては鉄道の他に車や船、飛行機など基本的には乗り物全般が好きだったことから、鉄道好きがそれに関連して他の乗り物に興味をもつことは珍しいことではないが、この街中で鉄道を差し置いて車を使うメリットははたしてあるのだろうかと怜は考えていた。


 ようやく教師の説教から解放されたシロクニを怜は待っていた。というよりこのまま帰るのか何かまずいような気がした。

「悪いな、しおかぜ、俺のせいで待たせちまって」

「いえ、今日は2限目をとってなかったので」

「そうだ、ちょっとお前に頼みたいことがあるんだが」

「はい?」


 それから、昼休み怜は学食の隣にあるカフェに雪子を誘った。

「で、話ってなに?」

 今日は不機嫌ということはなく、普通に話しをしてくれることに安心した怜は話し始める。

「あぁ、今日の放課後なんだけど…」


 そして怜と雪子はその日の授業を終えて、大学の北門から一緒に出て来た。

「おーい」

 という声が聞こえた方を見ると、そこにシロクニが駆け寄って来た。

「ありがとう、しおかぜ、マリンライナー」

「いえいえ、先輩の頼みですから」

「あぁ、本当にありがとうな、それじゃぁ、家に来てくれ」

 とシロクニは近くのコインパーキングで清算をして車を出す。

「コインパーキングに停めてたんですか」

「あぁ、大学には駐車場がないからな」

 朝の授業の話を聞いて、持って来た車はどうしているのだろうと思っていたがここで謎が解けた。

「大変そうですね、京都市内を運転するのは」

 マリンライナーは運転経験者であるかのように言う。

「そうだな道が狭いし、路上駐車が多いからな。そういえば、お前らは免許持ってるのか?」

「私は、高校卒業と同時に取りましたね」

「へぇー、やっぱり地方は免許取るのが早いんだな、しおかぜはいつ取ったんだ?」

 マリンライナーは即答したのに対して、しおかぜは黙ったままだったので気になったシロクニは話しかける。

「俺もそうッスね」

 としおかぜは曖昧な返事をした。

「先輩はいつ取ったんですか?」

 京都住みのシロクニはいつ取ったのか気になった雪子は聞いた。

「俺は去年の夏休みに」

「そうなんですか」

「あぁ、そうだ、ちょっと家に行く前に寄り道するから」

「はい」

 シロクニが向かった京都D高校から少し離れたコンビニに車を停めていると、一人の制服を着た少女が車に近づいて来た。

「お疲れ、梓、」

「うん、ありがとう兄さん、迎えに来てくれて」

 後部席にはしおかぜとマリンライナーが乗っていたので梓は助手席に乗る。

「あぁ、紹介するよ、こいつが妹の」

「初めまして、彼杵 梓です」

 

「そういえば、これはサークルというより、俺の個人的な依頼だから本名で呼び合った方がいいよな」

「あぁ、そうですね」

 そういえば部活の名前では呼び合っているが、シロクニの本名を怜と雪子はまだ知らなかった。

「じゃぁ、改めて、俺は彼杵 海士だ」

「梓さんに海士さんって、中央線の」

 雪子はかいじ、あずさという名前を聞いてふと電車の名前が頭上に浮かんだ。

「そう、中央線特急の名前だ」

 子どもに列車の名前をつけるということは海士の両親も鉄道好きなのかと思った雪子は

「ということは海士さんのご両親も鉄道が好きなんですか?」

「あぁ、でこの名前になった」

「涼川絢香(すずかわあやか)さんは自分の子どもにひたち、ときわと常磐線特急の名前をつけましたからね」

 という鉄道芸人でもあり、人気ユーチューバーでもある人の話題を切り出す。

「あぁ、そういえば、梓さんも鉄道がお好きで?」

 海士とその両親が鉄道好きなら、この家族は鉄道一家なのかと思った雪子は聞いてみる。

「あぁ、はい、最近は少しずつ…」

「少しずつ?」

 さっきからほとんど喋っていない怜は会話に参加するきっかけが掴めず、もともとグループの中に入って会話をするのが苦手だったため、一人黙って外の景色を見ていたのだった。

 涼川絢香と言われても誰のことかさっぱりわからなかった。

 普段はこの区域を地下鉄で通っていたため、車から見る景色は新鮮に感じた怜であった。

「車を車庫に入れるから、先に降りててくれ、梓、二人を家に入れてやってくれ」

「うん、わかった」

 梓、怜、雪子は一足先に車を降りて、梓が家の鍵を開けて怜と雪子を案内した。

「おじゃまします」

「お、おじゃまします」

 雪子に習って怜も一言挨拶をした。

「どうぞどうぞ」

 玄関から廊下を通りリビングの方へ三人は向かう。

「一家が鉄道好きの家だから何か鉄道の要素があるのか思ってましたけど、なんか普通の感じっすね」

「ちょっと、それは失礼だよ、ごめんなさいね、梓さん」

「いえいえ、気にしないでください、あぁ、私は年下なので普通に話してください、私のことも梓と呼んでください」

「そっか、うん、よろしくね、梓ちゃん」

 雪子は敬語を崩し、梓を後輩のような目で見ていた。

 一方で怜は、さっきまで話題が見つからずようやく口を開いたが、そのセリフが失礼なものだったのかと思いネガティブな気分になってしまった。

「今日はありがとうございます。私のために協力していただいて」

「あぁ、そういえば怜、シロクニ先輩、じゃなくて海士さんに私が呼ばれた理由ってなんなの」

「いや、俺も雪子が必要としか聞いてなくて」

 すると玄関のドアを開けて閉める音が廊下の奥の方から聞こえた。そして、

「それについてはこれから話すところだ」

 シロクニもとい海士がやってきた。

「まぁ、座ってくれ」

 四人はリビングに置いてある、三人がけのソファー2つが直角に向かい合ってるところに海士と梓、怜と雪子が座り話を始める。

「で、今回お前らに来てもらったのは梓のことでな」

 海士がそう言うと、さっきまで元気だった梓は急に深刻な表情で怯えていた。

「梓、辛かったら部屋に行っててもいいんだぞ」

「ううん、ここにいる」

「そうか、わかった」

 海士は梓の頭を撫でて慰めていた。

「実は、梓は以前、鉄道を嫌いになったことがあってな」

「そうなんですか」

「そう、あれは一年ぐらい前のことだ。梓はいつものように地下鉄で高校に通っていた。その朝、梓は痴漢に合って、その日を最後に電車に乗れなくなってしまった」

 

一年前

 その日、梓はいつものように家を出て行った。

 海士は昼からの授業まで暇なので、テレビを見ながらのんびり朝食を摂っていた。

 それから1時間ほど経ち、学校側から梓が来ていないという連絡が入って来た。

 海士は梓の携帯に電話をかけるが、応答がなかった。

 誘拐でもされたのか、はたまた事故にでも遭ったのかと思い、海士はあわてて家を飛び出して、梓の通学路を何回も往復して探したが見つからず、警察に問い合わせた。

 そして、梓が地下鉄の今出川の駅員室で保護されていることがわかったのは昼過ぎのことだった。

 海士が急いで駅員室向うと、梓は怯えてうずくまって休憩室のソファーで横になっていた。

 海士が来てくれたことに気づいた梓は正気に戻り、泣きながら兄に抱きついてきた。

 決して梓はブラコンという訳ではないが、この歳にもなって兄に抱きついてくるということは、よほど怖い思いをしたのだろうと思った海士だった。

 それから、駅員に事情を聞いて痴漢した男は警察に逮捕されたという情報を知り、海士は梓を家に連れ帰えろうとしたが、本当に海士がこれまでにない危機感を持ったのはその時だった。

 駅員室を出て地下鉄に乗って帰ろうとしたとき、梓は改札の前で拒絶的な行動を示し、そこから梓は必死に海士の手を引いて逃げようとしたのだった。

 仕方ないのでその日はタクシーで家まで帰った。

 あの事件の日から、梓は数日の間不登校になったが、やがて学校にはいけるようになった。

 だがその事件は、梓に深い傷跡を残した。

 その痴漢被害がトラウマになり、梓は鉄道に乗れなくなってしまった。

 それどころか鉄道の写真や模型を見ても、その出来事を思い出し、梓は怯えるようになってしまった。

 そこで、海士やその両親は家に飾ってあった鉄道の写真や模型、リビングに作っていたジオラマも解体して、一部は売却したり部屋の隅に片付けるなどして、とにかく梓を鉄道から遠ざけることにした。

 そんな一時期は鉄道を嫌いになった梓だったが、海士や両親たちに協力してもらい、今では電車の写真を見たり、鉄道模型を見たりすることは大丈夫になった。

 半年前から、徐々にリハビリを開始して、最初は撮り鉄をしに行ったり、駅に行ったり、鉄道博物館に行ったりして、鉄道に触れあって来た。

 そして、1ヶ月ほど前、ついに実際に列車に乗せようと決意した海士は、梓を特急サンダーバードの女性専用席に乗せて、京都から新大阪に行った。

 「サンダーバード号」と「くろしお号」、JR西日本の特急は車内の一部の座席に女性専用席というのが設けられている。文字通り女性専用の席だ。

 梓をそこに乗せて、海士は別の席で見守りながら同行した。

 これまで海士は、特急に女性専用席というものを設定する必要はあるのかと疑問視していたが、この時ばかりはそれに助けられることになった。

 二人は新幹線で折り返して帰ってきた。長期休みの帰省ラッシュでもない限り新幹線は基本的に空いていて、人同士が詰め寄って乗っていることはまずない。

 そんな中でも、特に空いている、こだま号の自由席に乗車した。

 一見需要のなさそうな東海道新幹線のこだま号であるが、自由席、指定席、グリーン車どれも混雑していることがある。

 指定席、グリーン車はぷらっとこだまやこだま早特などの割引きっぷを使って、こだま号の指定席やグリーン車を利用して東京ー新大阪などを移動する人が多い。のぞみ号の指定席は、4号車〜7合車、11号車〜16号車の10両分あるのに対してこだまでは指定席が11、12、16号車の3両分しかないのも原因の一つだろう。

 そして、自由席はのぞみ号では3両分しかないのに対して、こだま号では10両分もある。

 しかしそのこだま号も浜松ー東京間は特に混雑する区間になっている。それは浜松や静岡は乗降客が多いにも関わらず、本数が確保されていないため、乗客が集中してしまうのが原因と言える。逆に言えば、新大阪ー浜松までならそこまで混んでいない。

 そんな海士の予想は的中して、新大阪駅で500系や700系レールスター編成、九州新幹線に直通する8両のN700系など新幹線を見た後、新幹線で京都に帰るのだった。

 東海道新幹線の中でも比較的空いている「こだま号」の中でも一番空いているであろう15号車に乗車する。

 予想通り、海士と梓以外の乗客は二人しかいなかった。

 こだま号の自由席は1号車〜7号車と13号車〜15号車になっているが、1号車〜3号車が自由席の「のぞみ号」や1号車〜5号車が自由席の「ひかり号」に習って13号車〜15号車側に乗る人は少なく、ホームの階段やエレベーターから比較的遠い15号車は「こだま号」の中でも特に空いているところだ。

 梓は特に怖がっている様子もなく楽しそうに列車に乗っていた。しかし、京都駅の在来線ホームで通勤型電車を見ると海士に寄り添ってきたのが、1つ気になったところだった。

 やはり特急や新幹線はいいが、通勤電車となると、まだ慣れないようだと思った海士だった。


「というのを俺たちはやって来たんだが、そろそろ梓を通勤電車に乗せようと思ってな」

「そこでだ、マリンライナーいや、鈴木さんに頼みがある」

 海士は頭を下げて依頼した。

「梓と一緒に女性専用車両に乗って欲しい。頼む」

 その依頼を聞いた雪子は

「顔を上げてください、海士先輩」

 海士は顔を上げて雪子の話を聞く。

「私と怜も協力させてください、梓ちゃんがまた鉄道を好きになれるように」

「おぉ、ありがとう、恩にきる」

 勢いで雪子の両手を掴んで、涙目で喜ぶ海士に雪子は苦笑いで返した。

「でぇ、しれっと俺も巻き込まれてるんですけど」

 梓と一緒に女性専用車両に乗るために雪子が必要なのはわかったが、自分は何のため呼ばれてるのかわからなかった。

 おそらく雪子にこのことを依頼するために俺を中継に使ったのだろうと怜は考えていた。

「それで、今週末の日曜に実行したいんだが」

「はい、でも女性専用車両って日曜日でも設定されているんですか?」

 女性専用車両は本来、平日の朝夕のラッシュ時に設定されていることが多いが日曜の混んでない時間は設定されているのだろうかと思った雪子は海士に確認する。

「JR西日本の大阪や京都の一部の電車は、終日女性専用車両になっているから大丈夫だ」

「わかりました、私はその日空いてるので大丈夫です」

「怜は?」

 雪子は怜に都合を聞くが、この場合拒否権はないに等しいと思った怜だった。

「俺も、特に用事ないけど」

 というより俺はもう必要ないのでは、と思った怜だったが、今更断れる状況でもなく、雪子に巻き込まれるかたちでついていくことになった。

 

 そして、日曜日、午前10の京都駅。京都タワーの前の烏丸口は観光客が多く、バスターミナルの混雑は特に激しかった。

「あっ、雪子さんー、怜さんー」

 事前にここに集合するという連絡をもらっていた雪子と怜がその近くに着いた時、梓が大きく手を降って二人を呼んだ。

「あっ、」

 雪子は手を振ってきた梓と一緒にいる海士に駆け寄って怜もそれを追うように雪子についていき、四人は合流した。

「おはようございます、今日はよろしくお願いします」

 梓は一礼をして雪子と怜にあいさつをした。

「おはよう梓ちゃん、うん、頑張ろうね」

「おはよう、今日はよろしく」

 と怜も雪子に続いてあいさつをした。

「今日はありがとうな、わざわざ休日に集まってくれて」

 海士は改めてお礼を言って話を進める。

「それじゃぁ、今日の作戦はこうだ。まず鈴木さんと梓は二人でJR京都線の普通列車の女性専用車両に乗って一駅先の西大路駅まで向かう。女性専用車両は京都側の先頭から3両目にある。

梓と鈴木さんは、女性専用車両に、俺はそこから1両前、佐藤くんは一両後ろの車両で待機する。佐藤くんはたまにでいいから梓と鈴木さんの様子を見ておいて欲しい、少々やりづらいかもしれんがよろしく頼む」

「わかりました」

 女性専用車両を覗くのは気がひけるがまぁ、やるかといった感じで怜は返事をする。

「まずはきっぷを買いに行こう」

 海士たち四人は駅の自動券売機で人数分のきっぷを買って、改札の前にやって来た。

 実は梓は一人で自動改札を通る克服はまだ未達成で、以前は海士と一緒に有人改札を通っていた。

「大丈夫?、梓ちゃん」

「は、はい」

 と苦し紛れに返事をするが、全身が震えていて足が前に出ない。

『頑張れ、梓』と海士は手元を震わせながら、妹の様子を見守っていた。

 そんな梓の様子を見ていた怜は自分も彼女のために何かしようと行動に出る。

「こうすればいいんだよ」

 ときっぷを改札に通して、やり方を実演した。

 それを見た梓は怜に煽られているように感じた。

 そして、一度深く深呼吸をして

「私、やります」

 と決意を表明した梓は、勇気を振り絞って足を前に出し、きっぷを自動改札の中に入れる。

 ピッピッという音とともに出て来たきっぷを受け取り、無事改札を通ることに成功した。

「やった、私、やりました」

 一気に緊張から解放された梓は、喜びの笑顔を見せた。

「おめでとう、梓ちゃん」

 雪子も自動改札を抜けて梓のあとを追いかけてきた。

 海士は震えていた手元を強く握りしめ小さくガッツポーズをした後、同じように改札を通ってきた。

「よくやったな梓」

「うん、兄さん、みんな、ありがとう」

 海士たちは周囲の通行人の目も気にすることなく、梓がまた一つ、鉄道嫌いを克服したことを盛大に喜んでいた。

「でも、これからだぞ、今日のメインは」

「うん、わかってる」

 無事に改札を突破した梓と海士、怜、雪子の四人は改札とホームが直結する0番線から跨線橋を上がり、大阪方面の普通列車が発車する予定の10:32京都発の普通列車 須磨行きが発車する予定の4番線のホームに階段を降りて向かう。

 現在時刻は10:254番線の隣、5番線は10:30京都発の新快速に乗車する予定の乗客で溢れかえっていた。やはりどの時間でも新快速は混んでいる。

 その人混みを見た梓は階段を降りる途中、再び怯えてしまい海士の後ろに隠れる。

 このホーム上の混雑は梓にとってはあの事件以来初めての経験だった。

 以前に特急に乗った時は7番線から乗車し、そこは朝の10時以降は特急専用のホームとなり基本的に行列が出来ることはない。

 混雑したホームの様子を事前に動画で見たとはいえ、やはりいざその場に立ってみると感じ方は違う。

「大丈夫だ、ホーム上には駅員も警備員もいる、痴漢をしようなんて奴はいない」

 梓は無言で頷いて、恐る恐る階段を降りる。

 その時、ちょうど5番線に京都停まりの普通列車が入線して来た。

 この電車が折り返しの普通列車 須磨行きとなる。

「5番線ご注意ください電車が到着して降ります、危ないですので黄色い線より内側をご通行ください」

 駅員が放送で注意を呼びかける。

 5番線に入線してきた京都止まりの普通列車は停車するとすぐにドアが開き、乗って来た乗客が降りていく。それほど多い人数ではなかった。

「ご乗車ありがとうございました。京都、京都です」

 全員が降車するとドアは開いたままで、停車していた。発車まではあと5分ほどある。

「よし、行こう。鈴木さん、梓を頼む」

「はい」

「佐藤くんは予定通り配置についてくれ」

「わかりました」

 ここから先は女性専用車両なので海士と怜は乗らない方がいいと思いここで別れることにした。

 そして梓はドアの前で立ち止まる。

 やはり、まだ通勤電車に乗るのは抵抗があるようだった。

 4扉で車内はロングシート、梓が被害に遭った車両と同じ見ためをしている。

 それを見た梓はさっきの改札を通る前よりも怯えて手足は震えて一歩も動けなかった。

「大丈夫だよ梓ちゃん、ここ女の人しかいないから」

 雪子は梓と手を繋いで緊張を和らげようとするが、梓は女性専用車両ということも忘れて、ただあの時の光景が蘇るのだった。

『やっぱりまだ早かったか』

 とそれを横目で見ていた海士は梓を助けに行こうとするが

『いや待て海士よ、梓があんなに頑張ってるのに俺が先に諦めてどうする』

 海士は一瞬の愚かな自分を責めて再び見守るのだった。

 梓は頑張っていた。

「雪子さん、目を瞑ってていいですか」

「うん、でも電車とホームの隙間に気をつけてね」

 梓は目を瞑って恐る恐る右足を前に出す。

 雪子は先に梓の右手を繋いで車内に入っていた。

 あとは左足を前に出すだけだがその足はより重く感じられ、なかなか踏み出すことも出来ない。

 加えて目を閉じて自分が今どこにいるかもわからずより不安になるばかりだ。

 かといって目を開けるとまたあの時のことを思い出してしまう。

 梓は左手を前に出して暗闇をさ迷うかのように手探りを始める。

 その瞬間、左の手を誰かに握られ、力一杯引っ張られた。一瞬のことで悲鳴もあげられなかった。

「ちょっとなに女性専用車両に入ってきてるの」

 急に雪子が誰かに怒ったような声が聞こえ、ぎこちない自分が怒られたのかと思い梓は焦ってしまう。

 なにが起こったのかと思い目を開けてみると、自分は電車の車内に入っていた。

 それと同時に、梓は誰かが車内から他の号車に移っていくのをちらっと見かけた。

「なんなのあの人」

「急に隣の号車から出てきて、急に戻っていったよ」

「女性専用車両だと思って慌てて逃げて行ったんじゃない?」

「でも、女の子の手を引張ってたよ」

 という同じ号車に乗っていた若い女子二人組みの会話を聞いてますます疑問に思った。

『あれは誰だったんだろう』

 梓にとってはわからないことが多くて現状の処理が追いついていなかった。

 ただ一つわかっていることは、

「わ、私、電車に、乗れてる?」

「うん、乗れてるよ」

 その瞬間に駅員が

「お待たせしました。5番線から普通列車の須磨行きが発車します。ドアが閉まりますご注意ください」

 と案内した後、ドアが閉まり電車が発車する。

「私、やりました」

 と嬉しいが車内なので遠慮して少々小声で喜びの声をあげた。

「次は西大路、西大路です」

 という放送を聞いて発車した電車は2分ほどで次の駅、西大路に到着した。

 京都より2両の車両から怜が、3両目から雪子と梓が、4両目から海士が下車した。

「兄さん私、やったよ」

「あぁ、見てたぞ、よくやったな梓」

「うん」

 梓は目から涙をこぼして笑顔で海士に返事をした。

「ねぇ、兄さん」

 梓は目をこすって海士に話しかける。

「なんだ?梓」

「私、これから大阪に行きたい」

 という梓の言葉に海士は驚きを隠せなかった。

 梓が自分から電車に乗りたいと言い出したのだから、海士から見たら今までにない成長だった。

「よし、行こう」

 もう梓のトラウマは治ったも同然と考えており、こうなったら行けるところまで行こうと調子に乗ってしまう海士だった。

 ということで後続の快速加古川行きに乗車した。

 この列車には女性専用車両は連結されていないが、比較的空いていたため、梓は普通に乗車して、二人掛けの転換クロスシートに怜と相席した。

 これで、男性が隣に来ても大丈夫ということがわかった。

『間も無く高槻、高槻です。高槻からは快速となり、茨木、新大阪の順に停まります。新快速電車と普通電車はお乗り換えです。』

 この快速電車は高槻から混雑してくる。

 混雑してくるとそれだけ痴漢も起こりやすくなるが、梓は転換クロスシートで窓側に座っていて、なおかつその隣には怜がいるのだからまぁ大丈夫だろうと思い、このまま乗って行くことにした。

 そして、列車は大阪に到着する。乗り降りの時は人混みの車内を通り抜けないといけないと心配されていたが、大阪では乗客の大半が降りていき、その人の流れに沿ってスムーズに降車することができた。

 通勤電車を克服したとはいえ、久しぶりに乗って移動をした梓は少々疲れた様子だった。

 

 そして、ここから京都に戻ることになる。もちろん帰りも鉄道だ。

「兄さん、今度は新快速に乗りたい」

「なに⁉、梓が自分から列車に乗りたいという日が来るとは」

 海士はあまりの嬉しさに泣きそうになったがそれをこらえて、腕で目を拭う。

「よし、新快速に乗ろう。でも気をつけろよ、これまでとはレベルが違うぞ」

「うん、わかってる」

 新快速も快速同様女性専用車両はない。

 さらには、通過駅が多く、走っている時間も長いため、梓が拒絶してもすぐには降りれない可能性がある。

 おまけにどの時間帯も混雑しており、大阪から乗るとなると座れる可能性は薄い。

 しかし、今日の梓を見ると大丈夫そうと判断したシロクニは

「よし新快速で帰ろう」

 確かにここから新快速で京都まで帰ることができれば、もしかしたら朝ラッシュの地下鉄にもう一度乗れるかもしれないと思った海士は、梓のチャレンジする姿勢に応えることにした。

 ということで怜たちは、大阪駅の8番乗り場に移動した。

 日中、新快速は15分間隔で1時間に4本運行されており、阪急や京阪の特急や快速急行が10分間隔で1時間6本あるのに対して少なめである。

 それ故に、既に新快速の乗車列は一番端でも長蛇の列が出来ていた。

 これは座れないと思い、次の次に来る新快速に乗ることにした。

 20分ほどホームで待っていると次の列車がやってきた。

 ホームに入線し、ドアが開く。

「ご乗車ありがとうございました。大阪です。8番乗り場の電車は新快速米原行きです。」

 乗客が降りると列の先頭に並んでいた怜たち四人は車内に入る。

 JR西日本のターミナル駅の大阪では降りる乗客が多く、一見座れると思われるがそうでもない。今までに立っていた人が座るため、結果座れないということになる。

 それでもなんとか梓だけは座らせたいと海士、雪子、怜の三人は空席を探す。

 すると優先席の通路側が一席空いていた。

 通勤電車や近郊型車両には必ず備わっている優先席は、老人や妊婦、身体に障害のある人が優先して座る席だ。

「止むを得ん、梓はここに座りなさい」

「えっ、でもここ優先席だよ。私は大丈夫」

 というが彼女の足元は震えていた。

「ダメだ、座ってろ」

 と海士は強引に梓を優先席に座らせた。

 しばらくするとドアが閉まり、列車が動きだすと車掌が放送で案内を始めた。

『今日もJR西日本をご利用くださいましてありがとうございます。新快速の米原行きです。次は新大阪に停まります』

 列車が発車して4分ほどで、新大阪に到着。この駅は新幹線との乗換駅で、この駅でも乗り降りが多い。

『まもなく、新大阪です』という自動放送が流れると何人かの乗客は席を立ってドア付近に移動する。

 列車は新大阪に到着してドアが開く。この駅でも乗客の入れ替わりが激しく、座席はほとんど埋まってしまい、ドア付近は立ち客も目立った。

 その時、後から一人の老婆が杖をつきながらゆっくりと歩いて乗ってきた。

 そして周囲を見回して席を探していた。

「あのお婆ちゃん、」

 それに気づいた梓は老婆に声をかける。

「よかったら、ここどうぞ」

 と老婆に席を譲る。

「おやおや、すまないねぇ」

 と老婆は遠慮することなく梓の好意に甘えて座った。

 それを見ていた海士は梓に何も言わず、怜と雪子と一緒に梓を囲って守ることにした。

 ドアが閉まり列車が動きだす。

 ここから先の京都までの停車駅は高槻のみ、この駅は乗り換える路線もなく、それほど大きいターミナルでもないため、降りる人はいても乗って来る人はそれほどいないと海士は判断した。

 新大阪を出ると、列車は加速して一気にスピードを上げる。

 JR西日本の新快速の最高時速は130km/hで特急並みの速さだ。

 さらには京都ー大阪間の停車駅は高槻と新大阪のみで、京都ー大阪間で競合している私鉄である、阪急より10分、京阪より20分早く結んでいる。

 列車は最高速度の130km/hを出し、高槻までひた走る。

 と思われていたが、高槻駅の1つ手前の駅、摂津富田を通過したところで列車が急停止してしまった。

「お客様にお知らせ致します。ただいま前を走ります列車にて、人身事故が発生いたしました。ただいま現場の安全確認を行っております。運転再開まで今しばらくお待ちください」

 という状況を伝える放送が流れる。

「えぇー」

「勘弁してよ」

 という声が車内で響き渡り、乗客一同は絶望的な顔つきになった。

「まずいな、怜、雪子、ここから先、確実にこの電車は混む、梓のことをしっかり守ってくれ」

「はい」

「わかりました」

 と怜と雪子は返事をして、さっきより梓に近寄る。

 列車が停まってから、10分、20分と過ぎていくが体感時間はそれよりもさらに長く感じた。

 そして列車が停車してから30分ほどが経過すると

「お待たせしました、安全確認が完了しましたので、ただいまから運転を再開します。列車が動きます。お立ちのお客様ご注意ください」

 列車は30分遅れで、高槻に到着する。だがここからが本当の地獄だった。

 到着した高槻駅には遅れている新快速を待っていた乗客で長蛇の列ができていた。

 ドアが開き、降りる人はそれほどおらず、乗って来る人の方が圧倒的に多かった。

 車内は満員電車状態になり身動きが取れなかった。

 次の京都まではおよそ十数分ほど、京都で降りる人は多いだろうから、これを耐えれば満員電車から解放される。

 列車は大量の乗客を詰め込み、高槻を発車する。

 電車運転を再開して10分ほど経ったところで、事件は起きる。

「きゃっ、」と梓が悲鳴を上げる。

 怜と雪子の間に何者かが手を入れていた。

 それに即座に反応した海士は梓が痴漢を受けているのを確認した。

「何をしている」

 と海士は梓に痴漢を仕掛けた男の手首を掴んだ。

「痛ってぇ、はなせよ」

『間も無く京都、京都です』

 と電車の放送が流れる。

「京都で降りろ」

 と海士は列車が停まるまで男の手首を掴んでいた。

 そして強制的に京都で降ろす。

「お前、よくもうちの梓を」

「知らねえ、事故だ、事故」

「ごめんね、梓ちゃん気づいてあげられなくて」

 雪子は梓の頭をさすって慰める。

「うんん、私、触られた、一瞬手が触れただけじゃなくて、その、ずっと私の触ってたの」

 梓は怯えていたこれまでとは違い、一歩前に出て、男を指差して、はっきりと証言した。

「こら、そこで何をしている」

 とホーム上の駅員が駆けつけてきた。

「くそッ」

 男は力ずくで海士に掴まれていた手を振りほどき逃げようとしたが、よく前を見ずに走り出し、そのせいで梓にぶつかってしまう。

 たまらずに梓はバランスを崩し、後ろ向きに転倒してしまう、その先はホームの端で線路があった。

 そしてその時、そのホームに列車が入線して来る。

 列車は警笛を鳴らし、運転手は慌てて非常ブレーキをかけるが列車は急に停まれず、もうだめだと思った梓だった。

「梓ちゃん‼」

 雪子は慌てて梓の手を掴んで助けようとするが、間に合わない。

 その瞬間、怜が梓の手を掴み、力一杯引き上げる。

 その時、梓はふとデジャブを感じた。

『あの時、私の手を引いてくれたのって、』

 と梓は、今日の朝、京都からの電車に乗る時に、強引に手を引かれたことを思い出した。

 一瞬のことで怜も反射的に梓の手を掴んだ。

『怜さん…』

 怜が手を引いていなかったら今頃どうなっていただろうかと考える梓は、痴漢まで受けて頭の整理が追いつかなくなり、とうとう立つ気力をなくなり、ホーム上に膝をついて、下を向いて潤んだ目をこする。

「お前、梓に何を」

 海士の怒りは頂点に達していた。その怒りは男に痴漢をされたことや線路に突き飛ばされたことよりも、梓がそんなことされても自分が助けられなかったことが一番腹ただしかった。

「違う、今のは偶然、こいつがそこにいて」

 男は必死に言い訳をするが海士の耳には届いていなかった。

 海士は男の胸ぐらを掴み、拳を構えるが、

「……」

 後一歩というところでその拳を納める。

 海士は殴ったところでこの問題が解決することはないというのはわかっていた。むしろここで殴ってしまえば海士も暴行罪になりかねない。

 男は海士に胸ぐらを掴まれた時点で気絶していた。

 その後、海士は男を京都駅の駅員に引き渡した。

 梓もようやく正気に戻り、京都駅の改札を出る。

 外は日が沈み始めた夕方だった。

「今日はありがとう、梓のために協力してくれて」

 海士は改めて怜と雪子にお礼を言った。

「いいですよ、梓ちゃんも元気になってよかったです」

「ご心配をおかけしました」

 さっき痴漢とホームから突き落されたショックで泣いていたことに梓は罪悪感を感じていた。

「うんん、気にしないで、それで、どぉ、電車には乗れそう?」

「はい、これからも頑張れそうです」

 今日克服したのはJRだが、梓が通学で利用している朝の地下鉄を克服しないといけない。

 梓のリハビリはまだ終わっていなかった。

「怜さん、今日は本当にありがとうございました」

 梓は怜のそばに駆け寄ってお礼を言った。

「いや、俺は別に、何もしてねぇよ、まぁ、その、よかったな、鉄道に乗れて」

「はい、よかったです」

「また、何かあったら言ってくれよ、付き合ってやるから」

 最初はめんどくさいと思っていた怜だったが、なぜこんなことを言ってしまったのかは自分にも理解できなかった。

 そして、京都駅で梓と海士、怜と雪子は別れて、怜と雪子は地下鉄の乗り場に向かうのだった。

 海士と梓も京都駅の立体駐車場に停めていた車に乗って帰宅した。

 

 その日の夜、梓はお風呂を上がってパジャマに着替えて、自分の部屋に入る。

 あとは寝るだけだが、その前にやることがあった。

 梓は勉強机に座って、引き出しから一冊のノートを取り出す。

 表紙には『鉄道リハビリの記録』と書かれていた。

 梓はその日記の一ページ目を開く。

 そこには『目標』という言葉が書いてあり、小説の目次のように文字が配置されていた。

 中には赤い丸で囲まれたものもあった。

・踏切に行く

・小さな無人駅に行く

・外から車両を見る

・撮り鉄をする

・鉄道模型に触る

・鉄道の動画を見る

・特急列車に乗る

・新幹線に乗る

 これらの目標は全て赤い丸で囲まれていた。

 そして、梓はペン立てから赤色のマジックを取り出し、キャップを開け、『・通勤電車に乗る』と書かれた項目を丸で囲む。

 あと丸で囲まれていたい項目は、『・地下鉄に乗って通学する』という一つの目標だけだった。

 そこからさらにページをめくり、過去に自分が書いたものを読み返す。

『7/08月曜日、いつものように地下鉄で学校に登校していた私は電車の中で痴漢にあってしまい、それから鉄道のことが嫌いになってしまいました』

『7/09火曜日、兄さん、父さん、母さんが家に飾ってあった鉄道模型や鉄道の写真を全部撤去して、私の目の届かないところに移動させました。この時は部屋に引きこもっていて、そんなことがあったなんて知利ませんでした』

『7/10水曜日、久しぶりに部屋の外に出ました。変わりきった家の中にびっくりしました。それから家族でご飯を食べたり、休みの日に家族みんなで話している時も、鉄道の話題は出来るだけ避けていました。父さんも母さんも兄さんも本当は鉄道の話をしたかったと思うのに、申し訳ないと思いました』

『8/4日曜日、兄さんと踏切のところまで行きました。最初はとても怖いと思いました』

『8/18水曜日、兄さんと叡山電鉄の小さな駅を見に行きました。もう踏切や駅も見るのは大丈夫、京都にもこんな可愛い駅があるんだという新しい発見をしました。』

 過去に書いたものを読み返して、そこからはパラパラとページをめくる。

『6/28 日曜日、久しぶりに本物の電車に乗りました。乗ったのはサンダーバードの女性専用席、そんなのもがあるのかと思いました。帰りは新幹線に乗りました。電車の中は空いていてその時は不安に感じませんでした』

 そこより先は何も書かれていない空白のページだった。

 梓はシャーペンを持って、今日の出来事を書き始める。

『7/05日曜日、京都から大阪まで行きました。京都駅という大きな駅の自動改札を通るのは初めてで緊張しましたが、兄さんの通っている大学のサークルの後輩、怜さんが私の前で改札の通り方を教えてくれました。そしてホームに入ると、通勤電車の女性専用車両に兄さんの大学のサークルの後輩である雪子さんに協力してもらって乗ろうとしました。そして私は怖くて目を閉じて車内に入り、完全に電車の車内にあと1歩で入れるというところ、私の手を誰かが引っ張って電車の中に入れてくれました。その時はいったい誰が私の手を引いてくれたのかわかりませんでした。そして無事に大阪について新快速で京都に帰っている途中、私はまた痴漢にあいました。でも、今回近くに兄さんがいたのですぐに助けてくれました。それから、京都駅で私に痴漢をした人を下ろし、兄さんが怒っているところ、その人は逃げ出して私にぶつかり、私はホームから転落しかけました。その時私の手を引いて助けてくれたのが怜さんでした。それはまるで、お姫様を助ける王子様のようで、私は怜さんこのことが…』

「わぁーーー、私、何書いてるの」

 梓は日記を書いていた手を止めて、慌て出す。

「梓、どうしたの?」

 と下の階から母親が心配して声をかけてきた。

「な、なんでもない、大丈夫、大丈夫だから」

 梓は必死で言い訳をした。

「そっ、」

 と言って母親は鼻歌を歌いながらリビングに入って行った。

 その後、梓は消しゴムで最後の一文を消して、

『私は怜さんと雪子さんのことをとても感謝しています』

 と書いてノートを閉じる。

 そして梓は、ノートを引き出しの中にしまい、ベットに横になり、首から下に布団を被り、リモコンで照明を消して眠りに着いた。

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