3号車『連休の帰省ラッシュとやまじ風』
「申し訳ありませんお客さま、5月2日の松山行きは満席となっております」
「えっっ」『まじかよ』
仕方ないので怜は諦めて窓口を後にした。
移動手段においては航空機、鉄道、バス、自家用車など様々なルートがあるが、学生は帰省や旅行でも高速バスを使いがちだ。その最大の理由が価格の安さである。
怜は安さと移動時間の効率性を兼ねてゴールデンウィークは夜行バスで帰る予定でチケットを買いに行ったが生憎バスが満席で諦めて下宿に帰ることにした。
次の日、怜もといしおかぜは授業のあと週一で行われるサークルのミーティングを終えたところでいつも通り下宿に帰ろうした時、
「ねぇ、しおかぜはゴールデンウィーク帰るの?」
と雪子ことマリンライナーは聞いて来た。
「あぁ、どうしよっかなぁ、昨日バス予約しに行ったけど、満席で取れなかったし」
「えぇ、鉄道で帰ればいいじゃん」
鉄道なら自由席があり、仮に指定席が満席でも乗ることが出来る。
「えぇ、でも鉄道は高いし」
「せっかく鉄道研究会に入ってるのに」
「それは関係ねーだろ」
全くその通りである。鉄道研究会に入ってるからといって鉄道以外の公共交通機関を使ってはいけないわけではない。
「でもせっかく休みなんだし、こっちにいてもやることないでしょ」
「まぁ、それはそうだけどよ」
とは言っても怜にとっては帰ってもとくにやることはない。
「あっ、そうだ」
「なんだよ?」
「私も帰るから、途中まで方向同じだし一緒に帰ろうよ」
「はぁ、なんでだよ」
「いいじゃない、女の子を一人で旅させる気?」
「……」
しおかぜは少し迷っていた。中学高校を地味に過ごしたは彼女いない歴=年齢で女子とも数えるほどしか話したことない。幼馴染といえ女子であると途中まで一緒に帰りたいという男子の葛藤がしおかぜを襲った。
「でもなぁ、電車は高いし」
「まぁ、確かにバスと比べると高いよね」
雪子は難しい顔をして少し考え込む。
「そうだ!」
雪子はあっと閃いた顔で言う。
「なんだよ?」
「先輩に聞いてみようよ、鉄道に安く乗る方法ないか」
ここにいる部員のほとんどは鉄道マニアで経済力も限られた学生だ。だったらおそらく知ってるだろうと思ったマリンライナーは提案する。
しおかぜはマリンライナーに誘われ仕方なくついていくことにした。
とりあえず、一番話したことのあるひかり先輩を訪ねてみることにした。
「えぇ、京都から松山と高松に安く行く方法かい」
「はい、ここにいる先輩たちだったら鉄道に安く乗る方法も知ってるかなと思って」
「なるほどね、いいよ、教えてあげる」
鉄道に乗りたいと言う後輩を見て教えない理由はないと思ったひかりだった。
「ありがとうございます」
「で、なんで俺まで一緒に帰る前提なんだよ」
「えー、れぃ、しおかぜも一緒に帰ろうよ」
雪子は幼馴染のよしみで、サークル内ではしおかぜと呼ぶことにした怜を、思わず名前で呼んでしまうところだった。
マリンライナーは再びしおかぜを誘う。
「うん? どうしたの」
ひかりは二人の意見の食い違いを察して仲裁に入ろうとした。
「あぁはい、しおかぜがあまり乗り気じゃなくて…その鉄道だけに」
「っ、そうなんだ」
ひかりはくっすと笑って返事をする。
「まぁ、僕がしおかぜに強制して鉄道を利用させる権利はないけど、僕としては実際に乗って鉄道の良さを知って欲しいというのが正直な意見かな」
「……」
しおかぜも正直を言うと鉄道で帰りたいと思っていた。と言うよりマリンライナーと一緒に帰りたいと思っていた。だがここまで反対を押し切り今更行こうというのもなんか納得がいかなかった。
「ま、まぁ、お前道に迷いやすいし、乗り遅れたりするもかだし、そこまでいうならついて行ってやらなくもないけど…」
怜はこうすれば自分も納得し、雪子の要望を叶えた形でこの場を収められると思って言った。
「何よ、そこまでいうことないやろ」
ハッ、とマリンライナーは感情任せに思わず出てしまった方言を気にして顔が赤面する。
「まぁ、まぁ、これで、しおかぜも一緒に帰ることになったんだし」
ひかりは二人の喧嘩を仲裁して説明を始める。
「じゃぁ、教えるね。まず、岡山までだけど新幹線で行くのが一般的だね」
「はい、あと在来線でもいけますね」
雪子は得意げに答える。確かに時間はかかるが在来線で行くのも1つの手だ。
「うーんそうだけど、君たちは鉄道の旅に慣れてないみたいだし最初は新幹線を使うことをお勧めするよ」
「あぁ、そうですかわかりました」
マリンライナーは残念そうに答えた。確かにこの二人は鉄道での長時間移動には慣れていない。
しおかぜは上洛するときに地元から特急と新幹線を使ったのみ。
マリンライナーは高校時代は鉄道の趣味より部活や友人の関係を優先して鉄道の長時間移動は全くしたことがない。
ここは先輩の言う通り最初のうちはお金がかかってでも新幹線を使った方が良いとマリンライナーは思った。
「新幹線でも安く行く方法はあるよ、今回は学割を使うといいかな」
学割とは中学高校大学生なら誰でも使える片道100kmこえる乗車券の値段が2割引になる制度である。学生なら最も手っ取り早い割引だ。学割を使うには基本的に学生証と学割証が必要になる。また、学校によっては年間に発行される枚数が限られる。
「学割ですか、そういえばオリエンテーションでも言ってたような」
「学生課の事務に行けば発券してもらえる」
しおかぜが急に口を挟んだ。
「うん、よく知ってるね」
「しおかぜ、使ったことあるの?」
「初日に言ってただろ、聞いてなっかのかよ」
しおかぜは比較的真面目な性格でオリエンテーションの内容はよく聞いていた。
「まだ事務も空いてるし、今から発行してもらいに行こうか」
「えっ、いいんですか?」
「うん、僕も今日はこれから予定ないし」
ひかり、しおかぜ、マリンライナーの三人は事務で学割証を発行してもらい、再びミーティングを行っていた。フリーラウンジに戻ってきた。
これで、京都から愛媛県の松山までは通常価格の7280円から学割で5820円に、香川県の高松までは5270円から4210円になった。
「他にも安く行けるきっぷがなくもないんだけど、最初のうちは普通のきっぷを使った方がいいね」
学割は基本的に乗車券を割引で買えると言うだけで、それ以外は普通のきっぷと効力は同じである。乗車券には様々な細かいルールがあるのだが後ほど説明していこう。
「さて、新幹線に乗るのはいいとしても、問題は乗る新幹線の自由席に座れるかどうかだね」
そう、連休にお盆、年末年始は新幹線が大変混雑しており、自由席は朝の通勤ラッシュ並である。この時期の自由席は不自由席と言われている。
「指定席取ろうと思ったんですけどいい時間は満席でしたね」
「じゃぁ、自由席だね。あくまでも僕の考察だけど次のようにすれば自由席に座れる可能性がある」
そして、5月3日 帰省日当日。
「あぁ、おはよー怜」
「おぉ、おはよ。あぁ寝みー、なんでこんな朝早くに」
現在時刻は06:30である。
「仕方ないやん、自由席に座るためなんやけん」
この前、鉄道博物館にこうとした日は愛媛弁を使うと田舎者くさいと思われると思ったのか、口を手で隠したり言い直したりするそぶりを見せたりしたが、今日の雪子はそんなことをせず堂々と愛媛弁で話している。怜は少し疑問に思った顔になった。
「あぁ、怜と二人で話すときは昔みたいに普通に話すことにしたんよ」
「おっ、おぉそういうことか」
昔に戻った気がして少し安心した怜はしばらくボーと立っていた。
「どうしたん?行くよ」
「あっ、おい、ちょまてよ」
そう思ってる間に雪子は一足先に進んでいた
怜と雪子はもう乗り慣れた京都市営地下鉄に乗って京都駅へ向かう。
そしてきっぷを新幹線乗り場の自動改札に通して改札内に向かう。
早朝にも関わらず駅構内はすごい人混みだった。怜と雪子の出身地である愛媛や香川とは比べ物にならない。きっぷを改札に通して中に入ると、売店でお土産を買い、目的地である岡山に向かうため新大阪・博多方面と書かれた13・14番線のホームにエスカレーターで上がる。
ホームに上がるとここでも人混みがすごい。隣の11・12番線のホームはまばらにしか人がおらず普段のこの時間は東京方面に向かう新幹線の方が混雑するはずが今日に限っては逆転現象が起こっていた。
「じゃぁ、ひかり先輩に言われた通りにね」
「おぉ、」
東海道・山陽新幹線は のぞみ ひかり こだま の3つの種別の列車が走っている。山陽新幹線では みずほ さくら という九州新幹線に直通する列車も走っているがややこしくなるので今回はこの2つの種別については割愛させてもらおう。
その中でも特に需要が大きく東京、品川、新横浜、名古屋、京都、新大阪駅と大都市にしか停まらないのぞみは通常期でも16両(座席数1323席)の列車が満席になることも珍しくない。
その のぞみ は長期休みに東京方面から新幹線や特急を乗り継ぎ 中部 関西 中四国 九州と各地方への帰省客で需要が供給を上回る状態になる。東京駅でも特に混雑する日は自由席に乗るだけでもホーム内に人が入りきらず、乗車するまで1時間ほど待たされることもあるらしい。
ましてや途中駅から自由席に座ることは無理に等しい。それどころか列車を2、3本見送らなけば座る以前に列車に乗りきれないこともある。
雪子はひかり先輩からのメールを確認する。
・当駅始発の列車に乗る。
・始発駅ができるだけ近いところから来た列車に乗る。
・のぞみは避けてひかりもしくはこだまに乗る。
・乗車位置は新大阪・博多方面なら2号車の前より、東京方面なら2号車の後ろよりに並ぶのが良い。
・中途半端に発車する時刻の列車に乗る。
・目的地が終点またはその近くの駅まで運行する区間の列車に乗る。
それらのひかり先輩のアドバイスをもとに怜と雪子は京都07:20発のひかり491号「博多行き」に乗ることにした。
「じゃぁ、このひかりかな。自由席はのぞみより2両多いし、何より名古屋始発で東京から来る新幹線じゃないからまだ座れる余地はありそうね」
「おぉ、てかお前、新幹線にあんまり乗ったことないのにやけに詳しいな」
「えっ、あぁほらだって、ひかり先輩がそんなこと言ってたから」
「そんなこと言ってたか?」
怜の記憶だと確かにひかり先輩からそこまで細かくは聞いていない。怜は真面目で人の話はよく聞く性格なのでたぶん間違いない。
「いや、その、あれからわかんないことがあったけん、家に帰ってからひかり先輩にLINEで教えてもらったんよ」
雪子は急に早口になって、言い訳するみたいに言う。
「ふーん、そう」
それにしてもひかり先輩とLINEで話すほど仲良くなっていたのか、まぁ雪子は少なくとも俺よりは鉄道に興味があるみたいだし当然と言えば当然か。と怜は思った。
するとホーム上でチャイムが鳴って放送が始まる。
『新幹線をご利用くださいましてありがとうございます。まもなく13番線に07:20発 ひかり491号 博多行きが到着します。安全柵の内側までお下がりください。グリーン車は8号車、9号車、10号車。自由席は1号車から5号車です。この電車は全席禁煙です。おタバコを吸われる方は喫煙ルームをご利用ください。普通車の喫煙ルームは3号車、7合車、15号者、グリーン車の喫煙ルームは10号車にあります。この電車は途中、新大阪、新神戸、姫路、岡山、福山、広島、新下関、小倉に止まります。』
自動放送が終わると駅員の肉声による放送が始まる。この日は特有の放送があった。
「今日も東海道新幹線をご利用くださいましてありがとうございます。13番線ご注意ください。ひかり491号博多行きの到着です。お客様にお知らせいたします。本日、自由席が大変混雑しております。そのため列車が到着しましてもご乗車できない場合がございます。あらかじめご了承下さい。また自由席ご利用のお客様、指定席車両、4号車〜7号車のデッキも合わせてご利用ください。」
ベルが鳴り響き列車がホームに入線してくる。
怜と雪子が並んでいるのは1号車の後ろ側、外から窓ごしに車内の様子をみるとまだ1号車は座れそうだった。
「あれ、」
怜は入線してきた新幹線を見て意外という表情になった。
「どうしたの?」
「いや、ひかりっていうからてっきりあの三角の顔をした新幹線が来るのかと思ってこれって前にひかり先輩が言ってた、N700系じゃぁ」
「何言ってるのよ、N700系で来るに決まっとるやん」
「えっ⁈」
と二人が喋っている間にホームドアと新幹線のドアが開き何人かの人が降りると、ホームで整列して並んでいた乗客が次々と車内に入り込む。デッキに立っている人はおらず人の波に乗って座席の方に向かう。怜と雪子は一旦話を中断するしかなかった。
新幹線の普通車は、基本的に博多方面進行方向左側に三人掛けの座席、右側に二人掛けの座席がある。できれば二人掛けの席に座りたいところだ。
前の人たちは空いている席に座っていき列の先頭は雪子と怜になった。そこにちょうど二人掛けの席が二席空いていたので、雪子が窓側、怜が通路側に座ることにした。
「よかった座れて」
雪子は安心した顔で言う。
「ねぇ、さっき怜が言ってた、顔が三角の新幹線って100系のこと?、何言ってんの、100系なんて300系と一緒に2012年に引退しとるよ」
「えぇ⁉、そうなのか」
「そうよ、ていうかひかりが100系で来るって思ってたんなら、こだまは0系で来ると思ってたんでしょうけど0系は2008年に引退しとる」
怜は現在の新幹線の状況を理解していなかった。それもそのはず怜の新幹線の知識は幼少期にプラレールで遊んだ程度で実車にはほとんど乗ったことがない。当時の怜は、300系のぞみ、500系のぞみ、700系のぞみと覚えており、100系のことをひかり、0系のことをこだまと覚えていた。
「今の新幹線はほとんどの車両がこのN700A系になってるわ、500系は東海道新幹線から撤退して、700系がわずかにこだまと臨時ののぞみとして運転している程度やけん」
「そうなのか、ていうかお前詳しいな」
「えっ、いや、その、ほらひかり先輩が言ってたんよ、それにうちの香川は岡山のニュースもよく流れるけん新幹線のニュースもよく入って来るんよ」
「へぇー」
まぁ、確かに500系が東海道新幹線を走らなくなったことは先日京都鉄道博物館でひかり先輩が語ってた通りだ。しかし、一時期鉄道離れしている間に新幹線も随分変わったものだと怜は感じた。
怜と雪子が着席するとすぐに車内の放送が入る。
『この電車はひかり491号博多行きで自由席は1号車から5号車です。本日、自由席が大変混み合っております。お手荷物は膝の上か網棚に置いていただき、一人でも多くのお客様におすわりいただけるようご協力をお願いいたします。また本日、この電車の指定席とグリーン席はともに予約で満席となっております。自由席から指定席の変更は出来かねます。あらかじめご了承下さい。』
『お待たせいたしました。間も無く発車します。ドア付近のお客様車内中程までお入りください』
駅の放送も聞こえて来る。
『ひかり491号博多行き、間も無く発車します。ご乗車のお客様近くの空いてるドアからお入りください』
怜と雪子の乗っている1号車は座席は全て埋まっておりデッキにも数人立っている人がいる程度で比較的空いている。しかし、階段 エスカレーターに近い4号車、5号車は混雑しており、まだ客が乗り切れていない状況らしい。
雪子はスマホの時計を見ると時刻は07:21になっていた。この列車の発車時刻は07:20である。すでに1分の遅れだ。
「自由席乗降完了です」「了解です」駅員が車両の乗降完了を確認した。
「出発よし」
ホームのドアと車内からチャイムが流れドアが閉まる。
「乙女の祈りね」
「えっ、何が?」
「このホームドアの音楽」
「お前、ホント詳しいのな」
「あぁ、いやほら快速急行先輩が言ってたんよ、そのlineで」
雪子はまた早口になって焦り焦り答える。
いい加減疑わしいところだが怜はこれ以上問い詰めることなく「そっか」と一言返事をした。
京都を発車して十数分ほどで車内チャイムが鳴り新大阪到着のアナウンスが流れる。
『間も無く、新大阪です。東海道線、おおさか東線、地下鉄線はお乗り換えです。今日も新幹線をご利用下さいましてありがとうございました。新大阪を出ますと次は新神戸に止まります。』
続けて英語で案内放送が流れる。
「おっ?」
怜は再び「あれ?」という反応をする
「どうしたの」
「いや、車内チャイムが前に聞いた時のと違うなぁと思って」
「あぁ、じゃぁ前に乗った車両はJR東海の車両だったのね」
「どういうことだよ」
「東京ー新大阪間の東海道新幹線はJR東海、新大阪ー博多間の山陽新幹線はJR西日本が運行しているわ。だから2つの鉄道会社の車両が相互に乗り入れてるの」
「だから、前に怜が乗った車両はJR東海の車両で、車内チャイムは「AMBITIOUS JAPAN!(アンビシャス・ジャパン)」で、このJR西日本の車両の車内チャイムは「いい日旅立ち・西へ」になってるわ。」
「へぇー、そうなんだな」
『これもひかり先輩や快速急行先輩に聞いたんだろう』と思った怜は、これ以上は何も言わなかった。ただ今まで知らなかったことを知れてよかったと心の中で呟いた。
列車は新大阪に到着。この駅で降りる人ために席を立った人は十人程度だった。以前乗った時は多くの人が下車したのになぁと怜は思った。
それよりも乗り込んで来る客が多く1号車の車内通路まで立ち客が乗り込んで来た。
『この電車はひかり491号 博多行きです。この電車の自由席、大変混み合っております。自由席ご利用のお客様、デッキには立ち止まらず車内中程までお進みください。また6号者7号者の指定席のデッキ通路も合わせてご利用ください』
車内放送とともに駅のホームから駅員の案内も聞こえてくる。
『ひかり491号博多行き間も無く発車します。ご乗車のお客様はお近く空いてるドアからご乗車ください。車内に入られましたら、デッキに立ち止まらず通路中程までお進みください。』
「自由席乗降完了です」「了解です」
『ドアが閉まります。ドア付近のお客様お気をつけ下さい。』
駅員が案内を終えてドアのチャイムがなる。
車内は人で溢れており、デッキや通路まで混雑をしてる。通路では「すいません、すいません」と言いながら通路に立っている人を避けつつトイレに行く客もいる。立っている客からしたら結構なストレスが溜まることだろう。
すると怜は大きく口を開けてあくびをする。
そういえば朝早っかたなぁ、寝るか。と思って座席のリクライニングを一番奥まで倒して寝ようするが、こんな混雑していて深い眠りにつくことなど出来ない。まぁそれでも出来る限り体を休めておこうと思い、目を閉じてぼ〜とした。
その間、雪子は車窓から外を眺めていた。雪子が座っている席はE席で車窓から北側の景色を見ることができる。新大阪を発車するとしばらく住宅地が続く。新大阪駅は大阪の都心から北側に駅が設置されており、大都市大阪のような景色はそれほど見られない。
そして列車は長いトンネルに入り、間も無く新神戸に到着するところ。
再び車内チャイムが流れアナウンスが流れる
『間も無く新神戸です。地下鉄線はお乗り換えです。JR神戸線をご利用のお客様は黄色い自動改札機をご利用ください。今日も新幹線をご利用くださいましてありがとうございました。新神戸を出ますと次は姫路に止まります』
怜は車内放送とブレーキによる車内の振動に叩き起こされた。
「ねぇ、もうすぐ新神戸だよ、新神戸は対面式2面2線のホームでトンネルとトンネルの間に無理やり作った駅なんよ」
「へぇーそっか」
雪子は元気よく怜に話しかけるが怜は寝起きのせいでやる気のない返事を返す。
「ほら、ここが新神戸だよ」
雪子は顔を後ろにそらして怜に車窓を見せる。
その景色は山の崖で森林しかなく、ここは本当に神戸なのかと疑うほどだった。
「ここが神戸なのか、なんかイメージと違うな」
怜にとっての神戸のイメージは港にポートタワーが立っているというイメージだが、この車窓からはそんなことは微塵も感じられなかった。
「それより、俺は眠い」
と雪子に一言って、怜はリクライニングした座席にもたれかかって目を瞑る。
「何よ、せっかく電車に乗ってるのに寝るなんてもったいない」
雪子はもう眠った怜を相手にせず、一人で車窓を眺めて景色を楽しむことにした。
すると列車は次の西明石を通過して姫路に停車する。
雪子は相変わらず窓から外を見ていた。
一方の怜は再び車内放送と振動に起こされる。
『間も無く姫路に着きます。降り口は左側です。姫路を出ますと次は岡山に停まります』
次が岡山かぁ、そろそろ起きるか、と思って怜は少しリクライニングを起こして、スマホをいじって暇をつぶすことにした。するとスマホからいきなりゲームのBGMがなってしまい、静かな車内は淀んだ雰囲気になってしまった。
怜は慌ててマナーモードに設定するが全ては遅かった。
「こら怜、電車の中では音を消しなさよ」
当然、雪子も気づいて怜に説教を始める。
「あぁ、悪いマナーにすんの忘れてた」
「もぉ、しかもなんでゲームなんてしてるのよ」
「えぇ、だって暇だから」
「せっかく新幹線に乗ってるのにもったいないわね」
「おぉ、わりぃ」
車内で音を鳴らしたことに怒られたのは納得だが、後半の内容についてはなんで怒られたのか、怜には納得が行かなかった。
「ほら、見てみぃ、ここ姫路から山陽新幹線は最高300km/hで走るんよ」
「お、おう」
姫路を発車してから10数分ほどで車内チャイムが流れる。
『間も無く岡山です。山陽線、赤穂線、津山線、伯備線、宇野線、瀬戸大橋線と桃太郎線はお乗り換えです。今日も新幹線をご利用下さいましてありがとうございました。岡山を出ますと次は福山に止まります。』
続いて英語の放送が流れる。
普通ならもう岡山かやっぱり新幹線は早いな。と思うところだが雪子に車窓からの景色を見せられ退屈だったせいでこの10分がとても長く感じた。
すると車掌からの放送が始まる。
『山陽新幹線をご利用下さいましてありがとうございました。あと3分ほどで岡山に着きます。2分ほど遅れて到着いたします。列車遅れましてお客様にはご迷惑をおかけします。またこの電車遅れております為、岡山での停車時間が短くなっております。岡山でお降りのお客様は早めの御仕度をお願いいたします。』
さてここで列車を降りるわけだがそれには一緒に乗っている客たちを避けながら降りなければならない。だが岡山で降りる人は多く、意外と人の流れに沿ってスムーズに降りることができた。
怜と雪子は岡山に到着し、ホームの改札階への階段に向かう。
「怜はしおかぜの時間、何時?」
怜はきっぷを取り出して指定席を取った列車の時間を確認する。
「えっと、09:25発のしおかぜ5号だな」
現在時刻は08:30。もうすぐ1便前のしおかぜ3号が発車する時間だ。
「まだ時間あるね」
「雪子のマリンライナーは?」
「えっと、09:05やね」
怜と雪子は一度改札を出て岡山駅の駅ナカで時間を潰そうと思った時、駅の放送から怜と雪子にとってはとても重要な情報が流れてきた。
『お客様にお知らせします。ただいま瀬戸大橋線で強風を観測しましたため、これより瀬戸大橋線、児島、四国方面の全ての列車で運転を見合わせます。現在のところ運転再開のめどは立っておりません。新しい情報が入り次第、再度ご連絡いたします。ご利用のお客様に大変ご迷惑をおかけしますことお詫び申し上げます。』
「えぇ、うそでしょ」
「もしかして、やまじ風か?」
「多分そうよね」
やまじ風とは、愛媛県東予の瀬戸内海付近で起こる強風である。主に春と秋に発生することが多く、最大瞬間風速は30m/sを超えることある。鉄道は車体に高さがあり、軽量で風に弱いことから、横転の危険がある為、予讃線や瀬戸大橋線ではこの影響で運転の見合わせや取りやめが発生することがある。
雪子はここまで来た疲れにさらに追い討ちをかけられたかのように肩を落とす。
「4月から5月かけては起こりやすいって言われてたけど、よりによってこんな日に、あれ?」
怜も雪子と同じように肩を落としたとき、足元に落ちた1枚のきっぷを拾う。
岡山から新居浜までしおかぜ7号 岡山(10:35)↓新居浜(12:08)と記された特急券だった。
「きっぷが落ちてた」
「えっ、ちょっと見して」
雪子はさっきの疲れを忘れたかのように怜からきっぷを受け取り内容を確認する。
「う〜ん、このきっぷを落した人、新幹線に乗って来たことは確かやね」
雪子はあごに手を添えて、探偵のような口ぶりで答える。
「はっ、なんでそんなことわかるんだよ」
「ほら、ここ見て」
雪子はきっぷの右下に書かれた 乗継 と四角い線で囲まれた部分を指差す。
「これは新幹線と在来線の特急列車を乗り継ぐ場合に記されるものよ、それにここは新幹線の改札内だから新幹線に乗ってないとおかしいわ」
「ちなみに、新幹線と在来線の特急列車を乗り継ぐと乗継割引が適用されて在来線特急列車の特急券の料金が半額になるわ、指定席も半額になるから520円追加でかかるところ、260円を追加するだけで指定席にも乗れるからかなりお得になるわね。買うときは新幹線と特急のきっぷをセットで買う必要があるから注意してね、あと新幹線と特急を乗り継いでも適応されない区間もあるわ」
雪子はまた得意げに鉄道の知識を語り出した。
「で、つまりどういうことなんだよ」
怜はとうとう突っ込むのも飽きて、雪子の鉄道論をスルーした。
「つまり、このきっぷを落とした人はまだこの近くにいるわ」
雪子は完全に探偵になりきった口ぶりで推理する。
「そうだな、とりあえず駅員のとこに持っていくか」
「えぇー、私たちで探そうよ」
「何言ってんだよ、駅員の人に渡した方が確実だろ、それに無くした人と入れ違いになったらどうするんだ」
「あぁ、そっか、チェぇ面白くなりそうだったのに」
このまま雪子に付き合っているとまた面倒なことになると思った怜は最善の行動をとり危機を回避する。
怜と雪子は新幹線の改札を出て、きっぷ売り場に向かう。
きっぷ売り場に着くとそこには長蛇の列になっていた。
「混んでるなぁ、やっぱり帰省のシーズンだからか」
「それもあるけど、岡山駅はきっぷ売り場がこの一箇所しかない上に客層も窓口ユーザーが大半だからよ」
「窓口ユーザーってなんだよ」
「岡山駅は新幹線のほか、山陰 四国方面への特急の発着駅でもあるわ、そういう列車に乗る人って大抵列車に乗り慣れてない人が多いから、ネットや自動券売機より有人の窓口できっぷを買う傾向にあるの、だから岡山駅の窓口はよく混んでるわ、もう一箇所ぐらい設置してもいいきがするけどね」
「へぇー、それも先輩から聞いたのか?」
「うんん、岡山はよく友達と遊びに行くことが多かったから元から知ってるの」
「ふーん、そっか」
あと二人ぐらいで怜と雪子の順番というところで再び駅の放送が入った。
『お客様にお知らせいたします。本日の09:25に発車を予定しておりました特急しおかぜ5号は強風の影響により運転を取りやめます。松山方面にお急ぎのお客様は6番乗り場に停車しております、特急しおかぜ3号松山行きをご利用ください。ご利用のお客様には大変ご迷惑をおかけいたしますことをお詫び申し上げます。なぉ、6番乗り場に停車中の特急しおかぜ3号松山行きはまもなく発車いたします。ご利用のお客様は6番乗り場までお急ぎください』
「おい、やばいぞこれ、早く乗りにいかねぇと。じゃぁな雪子気をつけて帰れよ」と怜が列から抜けようとした瞬間、雪子は怜の手首を掴んで止めた。
「待って怜、今ここでしおかぜ3号に乗るのは得策じゃないわ」
「なんでだよ」
「あのしおかぜ3号は本来乗車するはずはずだった乗客に加えてこのあとに発車するしおかぜ5号に乗るはずだった乗客を一気にまとめて運ぼうとしている、言ってみれば2列車分の乗客が乗ることになるわ、ここはそんな混雑する列車に乗るのは避けて次に確実に運転されるしおかぜ7号に乗車列車を変更すべきよ」
「なんで次の7号は運転するってわかるんだよ」
「基本的に列車を2本連続で運転を取りやめることはないわ、仮に強風で止まっても運転見合せになるわ」
09:00現在、6番乗り場に停車しているのは08:32に岡山を発車する予定だった特急しおかぜ3号、すでに発車時間を過ぎており、特急しおかぜ3号松山行きが6番乗り場で停車しているせいで次にこの番線から発車する予定の特急南風3号高知行きがホームに入線することができず、このままでは岡山駅手前で列車が詰まってしまい、さらには後続の列車にも影響してよりダイヤが乱れる原因になってしまう。それなら本来発車する予定であった列車を運休にして列車の本数を減らし、元のダイヤに戻そうというJRの作戦である。
そうなると、岡山駅を次に発車する松山行きの特急列車は10:35発しおかぜ7号になる。そしてこの列車が運転を見合わせることは少なくともありえないと雪子は考えた、なぜならこのしおかぜ7号は6番線ではなく8番線に入って来る。仮にこの先やまじ風が止まなくても、8番線で待機して運転を見合わせる可能性が高い。と雪子は考えていた。
「そ、そうか、わかった」
さっきから雪子が鉄道について詳しく語っていたことが功を奏し、怜は雪子の言うことをあっさり受け入れ、言う通りに乗車列車をしおかぜ5号から1便後のしおかぜ7号に変更することにした。
「次のお客様、お伺いいたします」
そのとき、怜の順番が回ってきた。
「あぁ、すいません、列車の変更をお願いします」
怜は係員にきっぷを渡す。
「はい、どの時間にご乗車でしょうか」
怜は後ろの電光掲示板でしおかぜ7号の空席状況を見る。すると松山まで普通車指定席は黄色い三角で記されていた。どうやらまだ僅かに空席があるようだ。
「10:35発のしおかぜ7号でお願いします」
「はい、かしこまりました」
係員はタッチパネルを操作して空席を探す。
「現在通路側しか空いておりませんがよろしいでしょうか」
「あっはい、大丈夫です」
「かしこまりました」
係員は手早くきっぷを発行した
「お待たせいたしました」
係員は怜にきっぷ見せる
「では、本日10:35発のしおかぜ7号 3号車の8番C席でお取りしております」
「はい、ありがとうございます」
と怜は一言お礼を言ってきっぷを受け取り窓口を後にする。
「ありがとうございました」
「あぁっ、」と怜は拾ったきっぷを渡すことを忘れていた。
振り返ると窓口には次の人がいた。
「仕方ない、まだ時間あるし並び直すか」
と諦めかけたその時、次の人は慌てて窓口の係員に問い合わせる。
「あの、ちょっと、きっぷ無くしてしまって」
それを聞いた怜と雪子は振り向き、その利用客に駆けよろうとした。
「はい、どのようなきっぷですか?」
係員は落ち着いて、利用客に対応する。
「岡山から新居浜まで、しおかぜ7号の特急券です」
「あのすいません」
雪子はその利用客と係員の間に割り込む。
「そのきっぷってこれですか」
雪子はきっぷを差し出す。
「そっ、それ、えぇーありがとーまじ」
「いや、お礼ならこの人に行ってください、きっぷを拾ったのは彼なんで」
雪子は怜にふった。
「いやいや、ありがとねーほんと助かったわ」
その客は怜の両手を握って思いきりぶん回すような握手をした。
「あ、いや、どうも」
急な対応に怜は返す言葉が出でこなかった。
「あの、すいません」
すると、窓口の係員に声をかけられ、用が済んだのならさっさと帰れという隠れメッセージを受信した三人は、窓口を後にした。
駅のコンコースの片隅できっぷを失くしていた彼女の見た目は、金髪に太いまつ毛、耳にはピアス。胸元は露出度が高く、短いスカートにかかとの高いヒールを履いていた。ぱっと見大学生だろうか。
「それじゃぁ、まじありがとね」
と言ってその場を去って行った。
「あーゆうはでなやつもいるんだな」
「女子っていうのはおしゃれしたいものなのよ」
雪子は少し怒り気味に言う。
「何怒ってんだ?」
「別に怒ってない」
『何よあいつ、見ず知らずの人の手を軽々しく握って、馴れ馴れしい』
これ以上詮索しても彼女の逆鱗に触れるだけと思った怜は何も言わなかった。
その時、駅の放送が入る。
おそらく瀬戸大橋線に関する情報だろうと思い、怜と雪子は耳を傾ける。
『お客様にお知らせいたします。ただいまから瀬戸大橋線、四国方面への列車の運転を再開いたします。間も無く6番線からは特急しおかぜ3号松山行きが発車します。なお高松方面に参ります快速マリンライナー13号と15号は運転を取りやめさせていただきます。坂出、高松方面へお越しのお客様は、09:32に発車いたします、快速マリンライナー17号高松行きをご利用ください』
09:20特急しおかぜ3号は定刻より50分遅れで岡山を出発した。
「雪子、そういえばお前の乗るマリンライナーは大丈夫なのか?」
「うん、うちは自由席やしどの時間に乗っても同じやけん」
「えぇ、でもさっき09:05のに乗るって」
「あぁ、あれは乗ろうと思た時間よ」
「でも、多分この列車も混んどるやろうけん、また次のにしよか」
「そっか、さて、電車の時間まではまだ1時間以上あるし、どうするかなぁ」
怜は朝から何も食べていないことを思い出し、腹の虫が鳴る。
「どうせ朝はギリギリまで寝て何も食べずに来たんやろ」
「あぁ、そうだよ、悪いかよ」
怜は頰を赤くして負け惜しみのように行った。
「しょうがないね、ちょっと遅めだけど朝ごはんでも食べに行こか?」
「おぉ、そうだな」
ということで二人は駅ナカのカフェで休憩することにした。
そこで30分ほど休憩して、少し早いが改札内に入ることにした。
怜の乗る8番線に到着する予定のしおかぜ号と雪子の乗る6番線に到着する予定のマリンライナーはまだ入線していない。
8番乗り場には高知行きの特急 南風 号が停車していた。
一方で6番線には列車が来ていないが、まだ発車20分前なのにも関わらず、自由席の乗車位置には既に数人の列が出来ていた。雪子の乗る予定のマリンライナーは運転を再開したマリンライナー17号から1便後の19号である。17号はおそらく激しい混雑だと思い回避して正解だったかもしれない。
「うわー、結構並んどるね」
「マリンライナーってそんなに混むんだな」
「そうやね、岡山と高松って近くて移動も楽やけん、この瀬戸大橋線はかなりの需要があるんよ、通勤通学の需要もあるけんラッシュ時の乗車率は200%以上になることもあるんよ」
雪子は新幹線に引き続き、鉄道について語り始めた。乗車率200%というのは理解できなかったが、瀬戸大橋線の話は怜にとっても身近な存在であり少しはわかった。確かに瀬戸大橋線は四国と本州を結ぶ唯一の鉄道道路併用橋だ。四国と本州を鉄道で移動するならこの橋を必ず通ることになる。四国の中では珍しく多くの列車が通る区間でそれだけ需要があるということだ。
「瀬戸大橋線の年間利用者は780万人、1日の平均利用者は2万4000人、これは横須賀線の逗子ー久里浜に匹敵する輸送密度でその内のマリンライナーの利用者は1万3000人で半分以上を占めてるんよ」
「へ、へぇーそうなんだ」
横須賀線という名前は聞いたことがあるが、「ズシ」「クリハマ」という駅は知らない。とりあえず怜は瀬戸大橋線の利用者はとても多いということはわかった。
「でもそれなら、列車の本数や両数を増やしたりすればいいんじゃねぇか?」
「それが、そうもいかんのよ」
「なんでだよ」
「瀬戸大橋線は岡山駅を南下して茶屋町、児島と主要な駅を通るんよ、でもその岡山と茶屋町の間は単線になっとるんよ」
「単線って、線路が1本ってことか?」
「そうよ、それで松山方面の特急、高知方面の特急、高松方面の快速、さらには普通列車の上下線の列車を裁ききらないかんけん」
「それで本数を増やせないのか?」
「そうよ、おまけに速度まで制限されてるんよ」
「でもよぉ、それなら線路増やせばいいんじゃねぇか?」
「それも、難しい話なんよねぇ、瀬戸大橋線は岡山ー児島をJR西日本、児島から瀬戸大橋より四国全土をJR四国が管理してるんよ」
「つまり、JR四国が複線化したくても、JR西日本がやってくれんとできんことなんよ、JR西日本も黒字企業とはいえ、そこまで資金に余裕があるわけでもないし、全線を複線化するには100億もかかるみたいよ」
「そりゃ大変なこった」
怜も全てはわからなかったが、現在の本州と四国を結ぶ鉄道線には問題があることを理解した。
すると駅の放送が始まり、接近メロディーが流れ、放送が始まる。
『まもなく、6番乗り場に列車が参ります。危険ですから、白線の内側までお下がりください。』
続けて、駅員が放送で注意を呼びかける。
「6番乗り場、ご注意ください。快速マリンライナー号が到着します。この列車は折り返し、快速マリンライナー19号高松行きとなります。1号車の指定席、グリーン車をご利用のお客様、車内清掃のためお客様の降車後に一旦ドアを閉めさせていただきます。すぐのご乗車はできませんのであらかじめご了承ください」
マリンライナーが到着するとすぐにドアが開き、乗ってきた客たちが降りていき、全員降りると2号車—から5号車の自由席利用者はすぐに乗り込み始める。
「じゃぁ、私これに乗って帰るけん、怜も気をつけて帰って」
「おぉ、お前もな」
乗客は自分たちで座席を方向変換して座り始めた。
時刻は09:54、マリンライナー17号の発車時刻になっているが列車は岡山駅に停車中だった。
「お客様にお知らせします。ただいま反対列車が遅れておりますため停車しております、信号が変わり次第発車いたします。列車遅れましてご迷惑をおかけします」
これもやまじ風の影響でダイヤが乱れてるのか、と思ったとき胸ポケットに入れていた怜のスマホが振動する。
スマホを確認すると雪子から一通のLINEが来ていた。
『→』というメッセージが送られて来た
怜は矢印の方向を向くと雪子が列車の中から手を振っているのを見つける。
『電車動かんね』
『そうだな、でなんでLINE?』
雪子から突然送られて来たLINEを見た怜はすぐに返事をする。
『ガラス越しやし、電車の中から大声で叫ぶのも迷惑やしね、昔の電車やったら窓が開けれたんやけどね』
『確かに昔の電車って窓が開くイメージがあったよな、なんで今の電車って開かないんだ?』
『昔の電車はあんまりスピード出さんかったし、車両によっては冷房がなかったけんね』
『ほら、右の方を見てみて、今、7番線に入って来た全身黄色の電車、あれは窓が開くんよ』
怜は雪子の言われた方向を向いてみると確かに全身が黄色で塗装させた電車が7番線に入線して来た。
『あの塗装は末期色っていう塗装でね』
『真黄色?』
『違うよ、読み方はマッキイロでもちゃんと意味があるんよ』
『どんな?』
『あれは国鉄末期に作られた車両で、当時の国鉄は大赤字で予算がなかったけん、コスト削減のために、あんなシンプルな塗装になったんよ』
『ホォホォ、なるほど』
すると駅の放送が入る。
『お客様にお知らせします、6番乗り場から遅れております。快速マリンライナー、間も無くの発車です』
雪子は怜にLINEを送る。
『ちなみに、今7番線に入って来たんが、遅れてた瀬戸大橋線の普通列車。あれが入って来たけんこの列車ももう発車するみたいやね』
『そっか、じゃぁ、今度こそ本当にさよならだな』
『そやね、また学校でね』
駅員が放送で列車の発車の案内とホームに注意を呼びかける。
『6番線、ドアが閉まります。ご注意ください。お見送りのお客様、黄色の点字ブロック内側までおさがり下さい』
怜は点字ブロックの内側に下がり、車内から手を振る雪子に手を振り返して見送る。
ドアが閉まり、ブレーキを解除した列車は発車して徐々に加速する。
快速マリンライナー19号は定刻より5分遅れて岡山を発車した。
すると隣の8番線からは 特急南風5号 高知行きが定刻通りに発車した。
さっきまで強風で運転を見合わせていたのが嘘のような正常なダイヤに戻っていた。
だが8番乗り場のホームには発車まであと30分もあるというのに自由席の乗車位置には既に数人の列ができていた。
しかし一部の号車の乗車位置に並んでいた人には痛恨の情報が入る。
駅の放送が入る。おそらく瀬戸大橋線のことだろうと怜も耳を傾けた。
『お客様にご連絡いたします。8番乗り場に到着する予定の特急しおかぜ7号松山行きは、本日ダイヤが乱れた影響により、予定とは別の車両で運転します。そのため本来8両での運転のところ、しおかぜ7号は5両での運転となります。繰り返しお知らせします。8番乗り場から発車予定のしおかぜ7号は本来8両のところ5両編成での運転となります。』
6号車、7号車の自由席の乗車位置に並んでいた客は仕方なく4号車、5号車の乗車位置に移った。
怜は一瞬冷やっとしたが、予約していた席は3号車で影響はないということがわかったので、怜は安心してしおかぜ号が入線してくるのを待っていた。
そして少し待っていると特急しおかぜ号が入線して来た。
『8番乗り場ご注意ください。特急しおかぜ7号松山行きの到着です』
しかしその列車は怜の見たことのない車両だった。
怜の想像するしおかぜ号は先頭が角が取れた丸っこい形になっていて銀色の車体に赤とオレンジと青のラインが入った車両だが、今回来た車両は角ばった先頭車に黄色と黄緑のラインが入った新しさを感じさせる車両だった。
ホームに入線するとすぐにドアが開く。どうやらもう乗っていいのだろう思い怜は車内に入り、通路側の8番C席に座る。
怜が席に座るとすぐに誰かに「すいません」声をかけられる。
おそらく、窓側席の人と思った怜はだるいなと言わんばかりに席を立って窓側8番D席への道を開ける。
「「えっ」」
怜は返事をして声をかけられた人は、さっききっぷをなくした金髪の派手な女性だった。
「あれ、さっきの人じゃん、奇遇やねー」
「そ、そっすね、まぁとりあえず隣どうぞ」
「はーい、おじゃましまーす」
怜は偶然にもきっぷをなくした彼女と途中まで相席で乗ることなったのだった。
時刻は10:35、しおかぜ7号の発車時刻になった。しかしドアは閉まらず列車はそのまま停車していた。
『お客様にお知らせします。ただいま新幹線が遅れておりますため、乗り換えのお客様を待ちます。発車まで今しばらくお待ちください、列車遅れましてご迷惑をおかけします。お詫び申し上げます。』
この日は新幹線も遅れているようだ。確かに怜がさっき乗って来た新幹線も乗降に時間がかかっていて岡山にも数分遅れて到着した。新幹線の遅れは在来線にも影響するのかと思った怜だった。
「遅れてるねー」
すると突然、隣に座っていた女性が話しかけてきた。
「え、あぁそうっすね」
「そういえば、まだ名前言ってなかったね、うち、早岐 美音理(はいき みどり)18歳、よろね」
「あぁ、佐藤 怜です、よろしくっす」
「へぇー何歳?」
「18歳です」
「なんだタメじゃん、それなら普通に話そうよ」
「えっ、はい、いや、うんそうだね」
初めて異性にここまで迫られた怜は、緊張のあまり声が出なかった。
その時、怜の頭の中にはふと雪子の顔が浮かぶ、なぜ急に雪子が出てきたのかは怜自身もわからなかった。そんなことを考えながら怜は数秒間ボーとしていた。
「おーい、どうした」
美音理は怜の目の前で手を振って、呼びかける。
「えぇ、あぁ なんでもないよ」
とっさに言葉を返した怜は敬語を崩して答える。
時刻は10:40、すでに発車時刻を5分も過ぎていた。
すると遅れていた新幹線からの乗り換えと思われる十数人の客が列車に乗り込んで来た。
そして再び車内放送が始まった。
『この列車は松山行きの特急しおかぜ7号です。間も無く発車いたします。空いているドアから車内にお入り下さい。本日、自由席が大変混雑しております。また、本日はダイヤ乱れの影響により、この列車は8両編成のところ5両編成で運転いたします。4号車、8号車の指定席を予約されておりましたお客様は恐れ入りますが自由席をご利用ください。なおこの電車の指定席、グリーン車は満席となっております。4号車、8号車を予約されておりましたお客様には大変ご迷惑をおかけします。』
その放送を聞いた怜は4号車自由席側を振り返ってみるとデッキまで人が溢れていた。
『恐れ入ります。自由席をご利用のお客様、3号車、2号車指定席車両のデッキ通路をご利用下さい。』
どうやら自由席号車に人が乗り切れず、乗降に時間がかかってるようだ。さっき新幹線で経験した怜はここでも同じことが起きているのだということを悟った。
そして、10:40、ドアが閉まり、しおかぜ号はモーターの音を響かせながらゆっくり加速していく。しおかぜ7号は定刻より15分遅れて岡山駅を発車した。
怜はスマホいじって時間を潰すことにした。
「それなにっやてんの?」
「えっ、ソシャゲだけど」
「あぁ、それうちもやってたよ、もう飽きてアンインしたけど」
「へーぇ」
「ねぇねぇ、怜君はどこまで行くの?」
「松山まで」
「へぇー、うちは新居浜まで、ってきっぷ拾ってもらったから知ってるか」
美音理はてへっとした顔でボケるが、怜はこんな陽キャのような会話には慣れておらず話すことがしんどくなってきた。
「うん、そうだね、ところで早岐さんは大学生なの?」
怜はありきたりな質問をして会話を繋ぐ。
「そうだよ、あっそれと、うちのことは美音理って呼んで」
「えっ、あっ、うん」
怜は少し抵抗のあるような顔で返事する。
「どうしたの?、嫌なの」
「いや、そいういうわけじゃないんだけど」
「だけど、何?」
怜は何を話せばいいのかわからなくなりしばらく黙り込む。
「まぁ、いいや、怜君の好きな呼び方で呼んでくれていいよ」
「う、うん、そうさせてもらうよ」
「そういえば、岡山駅で怜君と一緒いた女の子、あれって怜君の彼女?」
「いや、違う彼女なんかじゃ」
怜は否定しようとするが心情で何かのブレーキがかかり、何か否定してはいけないような気がした。
「彼女なんかじゃ?」
美音理は、怜のセリフの続きを聞こうと問いかける。
「ただの幼馴染で、同じ大学で、帰り道が途中まで同じだったんだよ」
「へぇー、そうなんだ」
そうやって二人で話しているうちに列車は岡山を出て最初の停車駅の児島に到着した。
停車後、列車はすぐに発車した。どうやらこの駅での乗り降りはほとんどなかったらしい。
すると列車の車内放送が始まる。さっきとは違う人の声だった。
『この列車は特急しおかぜ7号松山行きです。児島で乗務員が交代しました。ここから先はJR四国が終点の松山までご案内いたします。次は瀬戸大橋を渡りまして宇多津に停まります。またこの列車は児島駅を約15分遅れて発車しました。またこの先、先ほどの強風の影響により予讃線のダイヤが乱れておりますため、この列車もこの先さらに遅れが見込まれます。ご乗車のお客様にはご迷惑をおかけしますことをお詫びいたします。次は宇多津に停まります』
児島を出ると列車は短いトンネルに入り、そこを出ると瀬戸大橋に入る。
この瀬戸大橋線は海の景色が良い日本の路線の中でも上位に入るほど有名で、車窓から瀬戸内海の景色を眺めることができる。今日のこの地域は曇り空で遠くまでは見渡せないが、それでも列車が海の上を走る感動的な風景を拝むことが出来る。
しかし、怜は通路側の席に座っており、瀬戸大橋線に乗るのは初めてではないのでこの景色に惹かれることはなく、怜とは反対に瀬戸大橋からの景色に見とれている美音理を横目にスマホを片手に操作して暇を潰していた。
瀬戸大橋線を渡ると列車は四国に上陸した。ここから線路は分岐して進行方向から左側は高松方面、右側は高知・松山方面への線路になる。当然、怜たちの乗車している特急しおかぜは松山行きなので右側の線路に分岐する。
ここはデルタ線という鉄道路線でも珍しい形状をしており、これで岡山方面、高松方面、松山方面の三つの方面からの線路が分岐してそれぞれくる列車が行き来することができる。
線路を分岐して右側に進むとすぐに車内放送が入る。
『間も無く、宇多津に着きます。降り口は左側です。およそ13分遅れで、到着いたします。列車遅れまして、お客様には大変ご迷惑をおかけしますことお詫びいたします。また宇多津では停車時間が短くなっております。お降りのお客様はお早めにご準備をお願いいたします』
列車は四国に入って最初の停車駅、宇多津に到着する。さっきは児島駅を15分遅れで発車したが、宇多津駅に着く頃には13分遅れになっており、2分回復していた。
ここから列車は予讃線に入る。路線名の由来は讃岐(香川県)と伊予(愛媛県)を結ぶ線路あるため両地名の頭文字をとってこの名前になっている。
宇多津駅を発車すると列車はすぐに次の停車駅である丸亀に到着する。宇多津と丸亀の駅は隣同士であり、その次の駅の多度津も讃岐塩屋という駅を一駅通過してすぐに到着した。この区間は駅と駅の間が短く特急列車の速達性を感じられない
この三駅はどれも香川県の中でも主要な街であり特急が停車する駅になっている。多度津を出るとまたここでも線路が分岐する。
左側の線路は高知方面の土讃線である。ここも讃岐(香川県)と土佐(高知県)を結ぶ線路のため予讃線と同じ由来で名前がつけられた。
この列車は松山行きなので、ここを右に分岐して予讃線を走る。
次の停車駅は観音寺である。
ここから列車スピードを出しようやく特急らしい走りを見せるようになる。
怜はスマホ操作していると、一件のLINEが届く、雪子からだった。
『高松ついたよ、そっちはどうなっとる?』
『多度津出たところ』と怜はすぐに返信した。
『まだまだやね、こっから単線になって列車の行き違いで停まることあるかもしれんけん』
『わかった、ありがとな』と送ると怜はLINEを閉じる。
雪子は無事に高松に着いたことがわかり、怜はホッとして座席のリクライニングを倒し、少し休むことにした。
「よかったね、彼女さん無事に着いて」
「わっ、なんだよ急に」
突然顔を近づけて話しかけてきた美音理に驚いた怜は、思わず大声をあげてしまい。他の乗客たちから注目を浴びた。
「ダメだよ、電車の中で大声出しちゃ」
「だ、誰のせいだよ」
「何よ、普通に話しかけただけだよ」
「勝手に人のLINE覗くなよ、あと彼女じゃないって」
「わー怖い、怒った怒った」と言いつつも全く怖がっていないことが顔に出ていた。
そんな茶番を繰り広げているうちに列車は観音寺に到着した。
『お客様にお知らせします。ただいま遅れております反対列車の到着を待ちます。発車まで少々お待ちください』
ここで雪子の感が当たった。予讃線は多度津から先は単線になっており上りの列車が遅れると下りにも影響してしまう。
「ねぇ、私たちもLINE交換しない?」
「えぇ、まぁ、いいけど」
見ず知らずの人とLINEを交換するのは少し抵抗があったが、見たところ美音理は悪い人には見えないし、LINEを交換するぐらい問題ないだろう思い。
QRコードでLINEを交換する。
その間に、対向の列車と行き違いを行い、ようやく発車した。
するとすぐに車内の放送が入る。
『この列車はしおかぜ7号松山行きです。現在30分遅れで運転をしております。お客様にはお急ぎのところご迷惑をおかけしますお詫びいたします』
列車は愛媛県に入り川之江、伊予三島と停車して、新居浜に到着した。
「それじゃぁ、私はここでね、怜君も気をつけて帰ってね」
「あぁ、気をつけて」
怜は美音理と別れたのだった。
引き続き、怜はしおかぜ号に乗車し、強風に止められ、遅れている対向列車との行き違いもあり、終点の松山には予定より1時間ほど遅れて到着した。
そして、怜はそこから市内電車に乗り換え、地元の懐かしい景色を見ながら、実家に帰省するのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます