2号車『初めてのサークル活動』
「はい、出席をとります。赤橋さん」
「はい」
「井上さん…来てないね」
「上山さん…来てないね」
怜も大学生生活に慣れてきた。高校時代とは違い、周りの大学生は授業をさぼりがちで、遅刻も当たり前。授業中もスマホをいじったり、他の作業をする人もいれば寝る人もいる。
小中学、高校は無遅刻無欠席で課題もそれなりにこなしていた怜は、少々違和感を覚えていた。
授業も終わり今日の予定はこの後サークルのミーティングだ。
ミーティングと言ってもそんな堅苦しい話をするわけではなく活動報告をして、部員たちが鉄道について語り合うだけだ。
「あっ、しおかぜー」
「おぉ、」
マリンライナーもとい雪子に声をかけられ、しおかぜもとい怜は軽くあいさつをした。
従来通り怜、雪子と呼び合ってもいいのだが、先輩や他の人もサークルの中では知り合いでもサークル名で呼び合っているので、自分たちもそれで呼び合うことにした。郷に入っては郷に従えというやつだ。
「じゃぁ、だいたい揃ったところでミーティングを始めるよ」
「まず、新入生の人はプリントに貼ってあるQRコードからライングループに入ってね」
新入生たちはそう言われてスマホを開いてQRコードを読み込み、鉄道研究会と記されたライングループに参加した。
「はい、ありがとう。じゃぁ、次に来週の日曜日なんだけど、みんなで京都鉄道博物館に行こうと思います。JRの梅小路京都西駅に10時に集合です」
「えっ、京都鉄道博物館ってあの日本一多くの車両が置いてある」
「俺、ずっと行きたいって思ってたんすよ」
と新入部員たちは企画に食いついた。
ビラを見ていたしおかぜは、鉄道博物館は子どもの頃に何度か連れて行ってもらったことがある。鉄道博物館といったら親子連れが訪れるような場所で、18にもなって鉄道博物館に行くには少し抵抗があった。
「ねぇ、」
と考えているうちにマリンライナーが横から話しかけてきた。
「しおかぜはさぁ、行くの? 鉄道博物館」
「うーん、どうしよっかな」
しおかぜはまだ迷っているようだった。
「また今回は新入生を交えた最初の活動なので、新入生の人はできるだけ参加してくれると嬉しいです。あとでグループラインの掲示板に載せておくので参加する人はコメントお願いします」
ひかりは話を進めていた。
「はい、じゃぁ今日の報告は以上です」
一同は解散し、今日のミーティングは終わった。
しおかぜも席を立って、手提げを肩にかけてこの場を後にした。
「この後は、授業?」
「いや、今日はもうない」
マリンライナーは当たり前のようにしおかぜの後についてくる。まぁ他に同回生の女子はいないし、周りは鉄道オタクばかりで話がかみ合う人がいないのだろうとしおかぜは思った。
「じゃぁ、帰ろっか」
「おぉ」
しおかぜとマリンライナーは途中まで一緒に帰ることにした。
「で、結局行くん? 鉄道博物館」
「さぁ、でも行っても何もワカンねぇと思うしなぁ」
どちらかというと行きたくない、というより行くことにあまり意味を感じないと思った怜だった。
「えぇ行こうよ、せっかく鉄道のサークル入ったんやけん」
「うんん…」
しばらく黙りこんで数秒間無言の時間が続いた。
「ねぇ、私たちってマリンライナーとしおかぜじゃん」
「あっ、あぁ」
「なんか本当の列車と似てるよね」
「えっ?」
「ほら、大学を岡山としたらこの石橋が瀬戸大橋。で私たちは左右に分かれる」
「あぁ、確かに言われてみれば」
雪子の言っているのは瀬戸大橋線のことだ。この話はしおかぜにも理解できた。なぜなら地元四国の鉄道の話であり、それは子どもの頃から知っていたからだ。
瀬戸大橋線とは本州と四国をつないでいる橋の1つである瀬戸大橋を通る鉄道路線である。
鉄道を使って本州から四国に入るなら必ずこの路線を通ることになる。
瀬戸大橋を通って四国に入ると線路が左右2つに分かれる。進行方向で左が香川県高松方面で、右が愛媛県松山方面の路線だ。マリンライナーは高松行きなので左、しおかぜは松山行きなので右側の線路に分岐する。
この2人もなんかそれに似ている。
「じゃぁね、絶対来てよ。怜が来な、話す人おらんのやけん」
「おぉわかったよ、それとお前方言出てんぞ。あと名前」
「あっ」
雪子もといマリンライナーは怜もといしおかぜと2人で話す時は標準語が崩れて名前で呼んでくる。小学生のときの名残だろう。
しおかぜが家に帰って鉄道研究会のグループラインを開くと、鉄道博物館の活動案内が掲示板に上がっていた。すでに何人か「行きます」「参加します」というコメントが来ていた。
するとその時画面が更新され、新たにコメントが書き加えられた。
雪子(マリンライナー)という名前のユーザーから「参加します。よろしくお願いいたします」というコメントが送られてきた。
その時、しおかぜは「絶対来てよ。怜が来な、話す人おらんのやけん」という言葉が頭をよぎり、しばらく考え混んでいた。
それからしおかぜは掲示板のコメント欄に文字を打ち込んで送信し、LINEをログアウト。
そして、日曜当日。
「おはよう、怜」
「おう、おはよ」
怜もといしおかぜと雪子もといマリンライナーは家が近かったので集合場所まで一緒に行くことになった。
「よし、行くか」
「うん」
今日の雪子は大学では一度も見たことがない服を着ている。たかが鉄道博物館に出かけるだけでそこまで見た目を変えるか、と怜は思っていた。
下宿の最寄り駅についた2人は階段を降りて地下鉄入り口へ向かう。
「えっと、京都駅でJRに乗り換えだな」
怜は券売機に向かい、上に大きく記された路線図と運賃を確認してきっぷを買う。
「雪子はきっぷ買わなくていいのか?」
「あぁ、うち、ICカードやけん…」
雪子はつい口から出てしまった愛媛弁に思わず口を手でふさいだ。
「そっかじゃぁ行くか」
「う、うん…」
怜は特に気にせず改札を通り、ホームに向かう。
「別に、いいんじゃね」
「えぇ」
「無理に標準語でしゃべらなくてもお前はお前だろ、それに…」
プゥゥゥ
怜が喋っている途中で電車の警笛が聞こえて来る。
「えぇ?、今なんて」
『まもなく1番のりばに烏丸御池、四条、京都方面、竹田行きが参ります。危ないですから黄色い点字ブロックの内側までおさがりください』
アナウンスが入り、接近チャイムが鳴り響くとともに列車が入って来て、駅員が同じことを繰り返しアナウンスする。
電車が停車し扉が開き、乗客が数人降りた後、怜たちは電車に乗り込む。
扉が閉まり電車が発車する。
怜の乗り込んだ号車は数人の人が座っている程度で立ち客はいない。
怜と雪子は普通に空いている席に座った。
さっき怜はなんて言ってたんだろう?と思って怜に聞きたかったが電車の音がうるさくて言葉が伝わりにくいと思って雪子は口を開かなかった。
電車は烏丸御池、四条と停り、そこから大勢の人が乗ってきて車内に立ち客が現れた。
こないだ乗った時もそうだったが地下鉄烏丸線は京都、四条、烏丸御池が最も混雑する区間だ。まぁこのあたりは京都の街中だから当然かぁ、と怜は思った。
『次は京都です。新幹線、JR線はお乗り換えです。』
というアナウンが流れ、怜と雪子は席を立つが、車内が混雑していて、ドア付近まで進めない。
怜は降りられるのか? と不安に思ってしまう。
電車が停車してドアが開くと、乗客の半数以上がこの駅で降りていく。
「ご乗車、ありがとうございました。京都、京都です。新幹線、JR各線お乗り換えです。1番のりば、竹田行き発車します。ご注意ください」
怜と雪子は京都で降りる人の流れに沿って、なんとか車内から出ることができた。
「ねぇ、どっちに行けばいいの?」
「えっと、」怜にもわからない。
天井に吊り下げられている案内板を見るとJR⬆と記されており、矢印の通りに進んでみることにした。
階段を上り、地下鉄の改札を出ると、見たことのない地下街に上がってきた。
ここでもJR⬆と記されており、それに沿って進むことにした。
その通りに進むとJRの改札が見えてくる。
改札の近くには券売機もあった。
「ちょっと、きっぷ買ってくる」
ここからJRに乗るため、そのきっぷを買いに怜は券売機の方に向かう。
『俺もICカード作った方がいいかな』
と考えながら、怜は券売機を操作してきっぷを買う。
「よし、行くか」
「うん」
怜と雪子は改札内に入る。
「で、何番線だ?」
怜は電光掲示板の列車の案内を確認する。
「32番線の09:33発 普通 園部行きか、でぇ今何時だ?」
怜はスマホを開いて時計を確認する。
時計は09:31を記していた。
「‼、やべっ、雪子、急ぐぞ」
「えっ、今何時?」
「あと2分しかねぇ」
怜は慌てて32番線ホームへの階段を探す。
怜は、列車を逃すと次は1時間ぐらい来ないという田舎者の癖が出てしまい、急いで列車の乗り場に向かう。
「ぇっ⁉、うん」
雪子はそれほど焦ってはいなかった。
「えっと、32番線は」
怜は32番線を確認するが32番線の案内が見当たらない。
怜と雪子はいちばんはしの0番線のホームに上がる階段までやってきた、すると0番線、3031323334番線という案内がされていた。
怜は急いで階段を駆け上がり地上のホームに出るが、そこからどこに行けばいいのかわからない。だが、考えている暇はなくまっすぐ進むしかなかった。少し歩くと3031323334番線→という案内を確認して、ホームに向かう。
京都駅のホームは南側八条口から14〜11番線の新幹線ホーム、在来線10〜2番線、0番線そしてそのさらに手前には30〜34番線が存在する。京都駅を使い慣れていない観光客などにはまさに初見殺しのホーム配置である。
そもそも30という番線なんて聞いたことがない。そんなことを考える暇もなく怜は32番線のホームに走った。
「あっ、あれだぁ」
と見つけた瞬間に電車のドアが閉まり、出発してしまった。
「あぁ、間に合わなかった、あれ?」
後ろを振り向くと雪子の姿が見当たらない。
「ハァ、ハァ、ちょっと待ってよ」
すると、怜の走ってきた方から雪子が現れた。
「電車は?」
「あぁ、悪い、乗り遅れた」
「もう、そんなに焦らなくてもいいでしょ」
と言って電光掲示板の案内を見ると次の電車は 普通亀岡行き 09:51と出ていた。
「20分後に次が来るのかよ」
怜は地元より列車の本数が多いことに驚く。
「そうよ、別にあれに乗れなくても、次のに乗ればいいの、都会じゃ当たり前よ」
雪子は逃してもすぐに次の列車がやって来ることを知っていた。
怜と雪子は乗車位置に立って、スマホをいじって時間を潰していた。
すると鉄道研究会のグループラインに通知が数件来て確認してみると、「すいません、遅れます」「5分、遅刻します。」などの通知が数件来ていた。
「なんだ、結構遅れる人いるんだな」
怜と雪子は次に来た普通電車に乗って、1駅先の梅小路京都西駅で下車した。
「ヤァ、しおかぜ、マリンライナーよく来たね」
駅舎を出るとそこにはひかりが数人の部員と一緒に待っていた。
「ひかり先輩、お疲れ様です」
マリンライナーはひかりに挨拶をした。
「ちょっと待っててね、遅れてる人が集まったらみんなで入るから」
「あっ、はい」
遅れてきた部員たちも集まり、しおかぜたちは入場券を買って中に入った。
入ってすぐに3つの車両が目に入った。
1つは蒸気機関車、名前はよくわからない。後ろの方には客車が繋がっていた。
2つ目は昔の電車のような形をした緑とオレンジの電車だった。
そして3つ目はしおかぜも知っている。0系新幹線だった。先頭車の後ろには普通車とグリーン車の中間車が1両ずつ連結され、最後尾も先頭車が繋がっていた。4両と短いが1編成で展示されていた。
その他にもレストランとして解放されており、中で食事もできる元寝台列車の食堂車。
SLの後ろに連結されている、茶色い客車。
全身がオレンジ色で塗装された四角い電車など、昔走っていたと思われる車両が多く展示されていた。
それらの車両たちを見学して室内の中に入るとまた本物の車両が贅沢に展示されていた。
1つは怜もよく知っていてプラレールでも買ってもらった500系新幹線。
2つ目は青い帯にクリーム色の電車だった。どこかで見たことあるような気がする。
3つ目は赤い帯にクリーム色で先頭はボンネットの形をしていた。これもどこかで見た気がする。
しおかぜはその中でも一番よく知っている500系に注目していた。
「500系新幹線、日本で初めて時速300kmを出した車両」
「えっ」
しおかぜの隣でひかりが500系について語り出す。
「よかったら詳しく教えてあげようか、500系のこと」
「えっ、いや、あの」
「面白そうですね、是非お願いします」
しおかぜが戸惑っているところをマリンライナーは即答した。
「じゃぁ、ちょっと長くなるかもだけど」
「おい、一回生、抜けるなら今のうちだぞ、こいつに新幹線を語らせたら、のぞみの東京博多間ぐらい長いからな」
と先輩の一人が一回生に助言した。
「は、はい」
しかし一回生たちはここで先輩の話を無視するのは失礼だと思う人や、普通にひかり先輩の500系の話を聞きたいと思う人もいて誰一人抜けることはなかった。
「500系はJR西日本が開発したオリジナルのデザインの新幹線電車」
ひかりは500系についての解説を始める。
「JR西日本は山陽新幹線を高速化するために開発した。500系が開発されるまでの新幹線の最高速度は230km/hだった。そこから一気に300km/hまで速度を引き上げた」
「とても早くなったんですね」
鉄道に詳しくないしおかぜはひかりの言っていることに反応した。
「新幹線が速度を上げると脱線の危険性が増し、乗り心地が悪化するのは確かなんだけど、それと同時に起こって来る問題が沿線への騒音」
続けてひかりは語り出す。
「そんなに騒音ってするんですか?、前に乗ってたときはとても静かでしたけど」
新幹線が300km/hで走っているところを外から見たことがなかった怜はその背景にある騒音のことを知らなかった。
「確かに車内は静かだね、でも外から聞くとわかるかな。特にトンネルに突入した時にトンネル出口側から発生する騒音、通称トンネルドンという騒音は強力で、最悪、家の窓ガラスを割るという問題まで引き起こした。」
「えっ、そこまで」
よくよく考えてみれば車や在来線でも騒音はそこそこするはずなのに、新幹線で騒音が発生しないはずがない。
「それゆえに速度を引き上げたくても簡単には上げられない」
「だからこの500系は先頭を尖らせて、空気抵抗を減らすことで騒音を打ち消している」
それからもひかりによる500系講座は続いた。
気がつけばもうかなり喋っていたひかりだった。
「そういえば、快速急行先輩はどうしたんですか?」
入り口までは一緒だったはずの快速急行がいつ間にかいなくなってしまったことが気になったマリンライナーはひかりに聞いてみることにした。
「あぁ、快速急行先輩なら、三階の展望台かな、あの人は博物館に展示されている車両にはあまり興味がないみたい」
「そうなんですか?」
「うん、あの人は音が出ない車両よりも、音を出して走っている車両を見るのが好きらしいよ」
確かに展示されている車両は動くわけがないので当然音は出ないと思ったマリンライナーだった。
「でも、快速急行先輩ってなんか不思議な人ですよね」
快速急行は部長と名乗ってはいるものの、ミーティングの場を仕切っているのはひかりで今回も新入生たちに付き添っていた。
「なんか、ひかり先輩の方が部長っぽいですね」
「いやいや、自分はあくまで快速急行先輩をサポートする役だよ」
「あの、私、快速急行先輩のところに行って来ていいですか?」
「うん、いいよ」
と行ってマリンライナーはひかりのもとと後にした。
「じゃぁここからは各々自由行動とします」
と言って鉄道研究会のメンバーは新入生と先輩とのいくつかのグループに分かれ各自で見学することになった。
しおかぜは、サークル内で面識のあるひかりについていき、鉄道の基礎的な知識を教えてもらうことにした。
その後は、閉館目前の時間まで各自見学して、この場はそれでお開きとなり、しおかぜもとい怜とマリンライナーもとい雪子は梅小路京都西駅へ向かう。
「ねぇ、怜もICカード作ったら?」
雪子は券売機できっぷを買おうとした怜に言う。
「そうだな、でもどうやったら作れるんだ?」
地元では鉄道をほとんど利用したことなかった怜はICカードの存在自体を知ったのも最近のことだった。
「簡単よ、そこのボタン押して」
怜は雪子の言われた通りに券売機を操作する。
画面には「ICOCA(イコカ)を買う」↓「新規購入」とあった。
あとはお金を入れれば出てくるようだ、ちなみに新規購入する場合はカード発行料が500円かかり最初にチャージした額から引かれてカードが発行される。
怜はとりあえず1000円札を1枚入れる。
すると表面に「ICOCA」と記載されたカードが出てきた。
「これがICカードか?」
「そうICOCAっていうJR西日本が作ったカードよ」
そして雪子と怜は改札の方へ向かう。
自動改札にはわかりやすくICというマークが記されており、そこにカードをかざすとスムーズに改札を抜ける。
『これは便利だな』
と内心では新しいゲームソフトでも買ったかのような喜びを感じる怜だった。
そして、改札内に入ると、二条・亀岡方面と書かれた乗り場に向かう。
「おい、京都は隣のホームだぞ」
京都駅に行ってそこから地下鉄に乗るのではと思った怜は、京都とは反対方向の列車がやってくるホームに行こうとする雪子に言う。
「何、京都駅の方に行きたい用事でもあるの?」
「いや、別にないけど」
「じゃぁ、こっちから行った方がいいよ」
「えぇ、なんでだよ」
「ここからまず二条に行って、そこから地下鉄東西線に乗り換える。で、烏丸御池で烏丸線に乗り換える方がいいわ」
雪子は行きに来たときとは別のルートを提案してくるのだった。
「あぁ、つまりこっちからでも帰れるってことか」
怜は雪子の提案するルートで帰ることにした。
まずはJR嵯峨野に乗り二条で下車する。
そこで地下鉄東西線で烏丸御池まで行き、この駅で烏丸線に乗り換える。
確かに広い京都駅を経由せず、来たときより楽に移動できたし、余裕で座ることができた。
地下鉄を下車して、お互いの家までの帰り道で二人は話していた。
「お前、なんであんなルート知ってたんだ?」
「快速急行先輩に教えてもらったの」
「へぇ」
まだ上洛して間もない雪子だが、それなら腑に落ちると思った怜だった。
「今日は楽しかったね」
「あぁ、そうだな」
怜は棒読みで返事をした。
「なんよ、顔が楽しかったって言ってないやん」
「うん、正直疲れた」
先輩たちは鉄道について熱く語っていたが、怜は話の内容を理解できず苦痛を感じていた。
「お前はわかったのかよ、先輩たちが言ってたこと」
「うーん、なんとなくかな」
雪子もわかっていないようだった。
「なんだよ、お前もわかってないんじゃないか」
「だって、私も怜と遊んでた時以来、鉄道のことなんて知らんもん」
「何キレてんだよ」
「キレてない」
そして二人は分岐点に差し掛かる。
「じゃぁ、私こっちやけん」
「おう、じゃぁな」
と言葉を交わして別れるのだった。
そして、帰宅した雪子は、荷物を片付けてシャワーを浴びたあと部屋着に着替え、ベッドでゴロゴロしながらスマホのアルバムを起動した。
そこには今日鉄道博物館で見た列車の写真があった。
記念というような量ではなく、同じ車両でも複数の角度から取られていたり、アングルなども玄人っぽく撮られていた。
さらに写真のページをスライドして中学生の時から撮りためていた写真を見ていた。
高松の近郊を走るJR四国や琴平電鉄という地元を走る私鉄の車両の写真たちだった。
「怜に嘘ついちゃった」
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