1号車『ここって何のサークル?』
4月1日。この日の午前は入学式、午後からはオリエンテーションと続き、怜たち新入生にとっては息つく暇もない1日になった。
現在時刻は15時ぐらい、ついこの前まで高校生だった人が大半で初めての空間で緊張感もあって、真面目に話を聞いていたが、疲労による睡眠欲でそろそろ集中力がなくなり、猫背になったり、机に肘をついて話しを聞いている学生も目立ち出した。
「では次に部活動、サークル紹介に移ります」
司会進行役の人がそういうと、部活やサークルの部長たちを中心に新入生たちの前に出て部活紹介を始める。服装や身につけているもので大体何の部活なのかわかる。野球、サッカー、バスケ、テニスなどの運動部が前半にあり、後半になり文化部のサークル説明が始まる。
花道や茶道、写真や美術など高校の時とそこまで変わらないものが大半であった、中にはお寺巡り同好会など京都らしいサークルもあったが、それよりも怜が興味を惹かれたものがあった。それは…
舞台の上に上がったのは部のリーダー格と思われる三人、怜たちから見て左から駅員のような服を着た男子、イヤホンをつけている女子、電車の写真が入った大きな額を持った男子と並んでいる。すると駅員の服を着た部員がマイクを片手にとって喋り出す。
「まいど、ご静聴ありがとうございます。このサークルは鉄道研究会です」
そんな変わった挨拶に反応した新入生たちの
「えっ、なに」
という小声が飛び交った
「私たち鉄道研究会はこんな鉄道、すなわち電車の写真を撮ったり、列車に乗りに行ったり、様々な鉄道に関する研究をしています。鉄道に興味がある人、また格安旅行の企画もやってるのでそちらに興味のある人、鉄道や旅行について全く知らない人でも是非この後、我がサークルのブースに見学に来てください」
そう言って三人は一礼して舞台を降りる。
そのサークルは怜が今まで聞いた中で一番印象に残った。
彼は幼少期、鉄道が好きで、当時は両親に電車のおもちゃを買ってもらったり、最寄りの駅に連れて行ってもらったりしていた。
だが小学校の中学年からはおもちゃを卒業し、それと同時に鉄道からも離れてしまった。
しかし、これまで鉄道とは子どもの遊びで、いい大人になってまでそんな趣味を持っている人はそうはいないだろうと思っていたが、このサークルの説明を聞いたことが、怜が再び鉄道に興味を持つきっかけになったのだった。
「以上でサークル紹介は終わります。これにて本日の日程は終了です。みなさんお疲れ様でした。この後、各サークルや同好会がブースを出していますので、ご自由に見学してください。」
今日の大学での日程は終わり、みんな「やっと終わったー」「疲れたぁ」などと言いながら資料や筆記用具を片付けて、サークルがブースを出している学内の通りに向かう。
怜も1つ気になったサークルがあったので行ってみることにした。
「すいません、鉄道研究会ってここですか?」
怜は緊張しながら鉄道研究会という看板が立てかけられたブースに入り声をかける(。)
「あっ新入生、いらっしゃい!!」
部員の一人と思われる男子生徒に迎えられた。
「ひかり、ちょっと来てくれるー」
と男子生徒はひかりという人物を指名する。部長か部の役員だろうかと思った怜だった。
「あっちょっと待って」
とカーテンで隠れたブースの奥の方から別の男子生徒の声が聞こえてきた。
「ごめん、まだ準備できてなくて」
怜の目の前にいる男子生徒は申し訳ないという顔で言う。
「あっ、いえ大丈夫です」
この後の予定も特にないので、怜は待っていることにした。
「ちょっとそこに座って待っててくれる」
男子生徒は指をさして座席に案内した。
「あっ、は、はい」
怜はその椅子に座って待つことにする。
しかしそれはただの椅子ではなかった。どこかで見覚え、いや座り覚えのあるような椅子だ。
「これって新幹線の椅子?」
「ほぉ、よくわかったな」
声のした方を振り向くと、そこにはさっきのサークル紹介の時に舞台上に立っていたイヤホンをつけた女子学生がいた。
「これは新幹線700系のグリーン車の席だ、座っただけでわかるとはお前は乗り鉄か?」
『乗り鉄?』
言葉の意味がわからず、怜は首を傾げた。
「いや、ついこないだ新幹線や電車に乗って来たのでなんとなくそんな感じかなと思って、」
「ほぉ、700系に乗ったのか、それは貴重な経験をしたな」
「700系って電車の名前ですか?、前に乗ったのはのぞみという新幹線でしたけど」
怜は比較的鉄道に詳しかった子ども時代の記憶を漁りながら言う。
当時300系のぞみや500系のぞみなどの名前を聞いたことがあるような気がした。
「あれはなんなんでしょう初めて見ましたねぇ、あんな新幹線」
先日、怜が乗った新幹線車両は子どもの頃に図鑑で見たものとは違うものだった。
「あんな新幹線?お前は一体何に乗ったのだ?」
さっきから二人の会話が噛み合っていないようだった。
「えっと、ちょっとよくわかりませんね」
「あれはN700系っていうんだ、君の言ってるのはこれのことでしょ」
さっきの駅員の制服を着た人が再び奥の方からやってきてスマホで写真を見せる。
「あぁ、はいそれです」
怜は納得した表情で答える。
「君、出身は?」
「あぁ、はい愛媛県です」
「なるほど、それなら知らないのも仕方ないね。君は電車とかは好きなの?」
四国の愛媛県は新幹線が通っていないため、新型車両の情報はあまり入ってこない、全国ニュースで報道されることはあるが、よほど意識していないと記憶には残らないだろう。
「そうですね、正確には好きだったというか」
「好きだった?」
「はい、小学生ぐらいまでは家の近くに駅があったのでよく電車を見に行ったり、プラレールで遊んだりしていましたね」
「そうなんだ、それで今は?」
「今はそこまでは、愛媛からこっちに来るときも本当に久しぶりに電車に乗りましたね」
怜の地元では小中学、高校は徒歩圏内で出かける時も主な移動手段は親の車で、鉄道を利用したことはほとんどなかった。
「そうなんだ、君、好きだった車両とかはある?」
「そうですね、新幹線が好きでしたね、500系や700系レールスター、あとE4系新幹線も好きでしたね」
怜の上げた車両たちはかつてJRの主役だった車両だった。
「あぁー、いいね、奥の方で鉄道模型を展示してるんだけど」
「鉄道模型?」
「良かったら見ていかない」
「えっ、あっ、はい」
駅員制服の人に案内され奥の部屋に入る。
「おーい、シロクニ」
「おう、新入生か」
とふくよかで背が高く、ものすごく力の強そうなシロクニ?と呼ばれた人が、駅員制服の人の連れて来た新入生に「よっ」と手を上げて軽く挨拶をする。
「どうも」
と怜も挨拶をした。
「500系、700系、あと四国の特急を中心に出発進行」
と駅員制服の人はシロクニという人に本物の運転手のように呼びかける。
「了解‼、出発進行」
とシロクニは椅子に座り、大きく腕を縦に振り中指と人差し指を前に出した後、机の上に置かれた機械を操作し始める。
奥の部屋へ進むとそこには会議などで使われる長机を縦に2つと横に3つつなげた台の上に線路のようなものが敷かれていた。プラレールのようなレールではなく本格的な線路だ。
そこを列車の模型が走り出した。
「ジオラマですか?」
怜は、子どもの頃に親に連れて行ってもらった鉄道博物館で見た記憶が蘇った。
「そう、Nゲージだ」
「Nゲージ?」
という聞いたことがないワードに怜は首をかしげる。
「鉄道模型の種類は結構あるけど、中でもNゲージが主流だね」
駅員制服の人が鉄道模型について話していたが怜は全く理解できていなかった。
「まぁ、今走ってるこの模型が1/150スケールのNゲージっていう鉄道模型だよ」
駅員制服の人説明ではとにかくこの鉄道模型はNゲージという名前らしいと思った怜だった。
「はぁ、なるほど」
と言っているが怜はNゲージという名前以外は全く理解していなかった。
ジオラマは地面の部分には線路が4本並んでおり、さらに2本の高架線が敷かれている。
すると高架線に列車が走り出した。
「あっ、500系と700系レールスター」
怜は鉄道が好きだった頃に見た事のある車両に反応した。
「JR西日本の二大新幹線の2編成だな、今でも山陽新幹線のこだまで走ってる」
「あぁ、そういえば岡山駅に止まってましたね500系が」
「おっ、そうか山陽新幹線は列車のバリエーションが豊富だから面白いよな」
「えっ、あっ、はい」
怜は内心で『そうなんだ』と思った。
怜にとっての新幹線の知識は高校の地理の時間に少しだけ勉強した事とニュースで極稀に聞く程度だった。
「あの、このサークルって何をしているところなんですか?」
「そうだね、強いて言うと鉄道好きの集まりでいろんなことをしているところかな」
駅員制服の人が答える。
「いろんなこと?」
「そう、列車に乗りに行ったり写真を撮ったり、鉄道旅行をしたり、鉄道模型を集めたり、
ちなみにさっきの新幹線の座席は卒業した先輩が買ったものなんだ」
鉄道模型を操作しているシロクニと呼ばれている人も答える。
「えっ、新幹線の椅子って売ってるんですか?」
「廃車になる車両の部品が売り出されることがあるんだ、高額で抽選になるから手に入れるのは難しい。あの座席も8万で落札したらしいよ」
「えっ、そんなにしたんですか?」
「うん、抽選に当たるのもかなり運が良かったって」
「そうなんですね」
「ほら、在来線も走り出した」
ジオラマを見てみると下側の線路をJR四国の特急列車が走り出した。
「あっ、しおかぜ」
怜は自分の住んでいる地域を走っている列車に反応した。
「JR四国8000系電車、四国初の特急電車だ」
「8000系?」
駅員制服の人が解説したが怜は8000系というワードに疑問を持ったようだった。
今走っている電車を怜は『しおかぜ』 という特急の名前で覚えていた。
〇〇系と言われてさっぱりわからず、新幹線の300系や500系というのを少し聞いたことがあると思った怜だった。
「鉄道車両には列車の区別をするために500系や8000系など形式という数字、つまり列車の名前が与えられてね」
駅員制服の人は疑問を持った怜に、列車形式についての解説を始めた。
「はっ、はい」
難しそうな話だが、この電車は『しおかぜ』という名前の他に、『8000系』というもう一つの名前があるのだということをなんとなく理解した怜だった。
すると今度は反対側の線路からも列車がやってきた。
「今度は宇和海だ」
「四国2000系、振り子機能を搭載し、カーブを高速で通過することを可能にした初の気動車」
「えっ、あっ、はい」
『振り子?、気動車?』
専門用語を並べられて怜にはさっぱり理解できなかった。
「よかったら、触ってみる?」
「あっ、いいですか?」
「いいよ、まずは基本的なことからだね」
この時、また専門的な話を聞かされるのだと怜は察した。
「シロクニよろしく」
「おう」
シロクニはさっきまで操作していた機械から手を離し、机の下から箱を取り出し、席を立って怜の元にやってくる。
「じゃぁ、よろしくな」
「は、はいよろしくお願いします。あの、シロクニさんっていう名前は本名なんですか?」
さっきから「シロクニ」と呼ばれているこの人の名前が気になっていた怜は聞いてみる。
「あぁ、そういえば言ってなかったなぁ。俺たちのサークルは鉄道関係のあだ名をつけて呼びあってんだ。で俺はシロクニ、C62っていう蒸気機関車の名前だ。ちなみあの駅員制服のやつはひかりっていう」
「ひかりって」
『ひかり』というワードに反応した怜は駅員制服の人を見る。
「そう、自分は新幹線のひかり」
と駅員制服のひかりと呼ばれている人は答える。
「それじゃ、説明するぞ」
シロクニは持って来た箱を開ける。
「まず、これがNゲージの車両」
ケースの中にはクリーム色に赤い帯の車両6両分入っていた。
なんか、どこかで見たことある列車だと思った怜だった。
「プラレールはやったことあるか?」
とシロクニは聞いてくる。
「はい、やってました」
怜は子どもの頃はよく遊んでいた。
「じゃぁ、それに合わせて説明していこう。プラレールは車両自体に電池を入れて走らせるが、Nゲージは線路に電気を流して、その電流で車両についているモーターを回転させて走らせるんだ」
「はぁ、そうなんですね」
聞いてみると理科的でさっきのマニアックな説明よりは分かりやすい
「まぁ、言うよりやってみた方が早いな。とりあえず、手にとってみてくれ」
と言われて怜は先頭車両を手にとってみる。思ったより軽い。
よく見てみると外観はもちろんのこと座席や通路などの内装までしっかり再現されている。
「す、すごい、中まで細かく作られてますね」
怜は聞くことも見ることも、初めてのことが多すぎて、言葉が出てこない。
「すごいだろ」
と鉄道模型に興味を持った怜にシロクニは答える。
「次に車両をレールの上にのせる。そこでこのリレーラーを使う」
シロクニは滑り台のようなものをレールの上に乗せる。
「車両を置いてみろ」
怜はリレーラーの上に車両を置く。車両から手を離すと車両は滑り台のようなリレーラーの上を滑って、線路の上に脱線することなくのっている。
「で、同じように置いていく」
怜は言われたように車両をレールの上に退いていく。だが4両目の車両が
「重い?」
「あぁ、それは動力車だ。モーターを積んでいるから重い。
動力車は基本的に最後にのせるのがいい」
そう言われて怜は先に5両目と6両目をのせて3両目と5両目の間に4両目をのせる。
「で、次は車両をつなげる」
怜は車両の連結器部分を近づけて車両をつないでいく。
「よしこれで準備は完了。あとはこのコントローラーのレバーを時計回りに回す」
すると列車が動き出した。
さっきは遠目で見ていたが近くで見ると結構速い。
「おぉ、すごい」
と初めて鉄道模型のNゲージで遊んでみた怜だったが、
「あのう、すいません。他のサークルも見て回りたいんで」
さすがにサークルの先輩たちの言葉に専門用語が多すぎてそろそろ飽きてきた怜だった。
「おうそうか、いいぞ」
シロクニは怜の言葉に答える。
「はい、ありがとうございました」
「あぁ、それと今度、新歓やるから、よかったら来てくれ」
怜はシロクニから日付と時間が書かれてビラを受け取った。
「あっ、そういえば片付けは」
「あぁ、いいぞやっとくから」
「あっ、すいません、ありがとうございました」
怜はそう言って鉄道研究会のブースを後にし、適当に他のサークルのブースを回って帰宅した。
帰宅後、怜は大学の生徒専用のサイトにアクセスして予定表を確認した。
『明日は健康診断で、明後日から授業登録期間で…』
と考えながら、今日配布された資料を整理していた。
「ん?」
するとそこからさっき鉄道研究会からもらったビラが出てきた。
ビラには新歓の日付と場所と電車の絵が描かれていた。
それ描かれている列車は、怜の知らない車両だった。
日付は来週の月曜日で場所はL館の103室。ご丁寧に簡単な地図まで描かれている。
これは、行くべきなんだろうかと怜は考えていた。
『サークルの先輩たちはわかりやすく鉄道のことについて教えてくれたし、俺も鉄道に少し興味を持ち直した。正直入部してみたい』
という今日の見学で興味を持った怜だが、
『でも俺に鉄道の知識はないし、今日も先輩たちが鉄道の専門用語で盛り上がっている中に入ることが出来なかった。仮に入部してもそのマニアックな話についていけないのではないか』
という不安同時にを抱えながら、怜は鉄道研究会や他のサークルでもらったビラを整理して眠りに就いた。
「はい、今日の授業はこれで終わります。出席カードに名前を書いてから退出してください」
怜が大学生になって1週間。周りの人はほとんどが新入生で、90分の授業に慣れておらず疲れきった顔をして教室を後にしていく。
怜も教室を出て歩きながら時間割表を見て授業の確認をする。
『今日はこれで終わりかぁ』
時間割表を四つに折りたたんでポケットにしまおうとすると、そのポケットの中にもう1枚紙が入っていることに気づいた怜は、なんの紙だっただろうかと思い、開いて内容を確認する。
それは先日もらった鉄道研究会の新歓のビラだった。怜はすっかり忘れていた。
日付と時間を確認すると今日のこれからあるらしい、場所もこのL館だった。
別に部活やサークルに入らないといけない決まりはないし、行かなければならない義務もない。
だが他のサークルよりは共感できるところがあった。新幹線の座席に座ったり、鉄道模型で自分の知ってる車両や好きだった車両を走らせてもらったりしたことは結構楽しかった。行った方がいいのか、行かなければいけないのか、行きたいのかよくわからない。
そう考えているうちに、怜はいつの間にか新歓を開催する教室の近くに来ていた。
行こうと思っていたのだろうか、移動中に考え事をしていたせいでよく覚えていないと思った怜だった。
「来てしまった」
「あれ、もしかして…怜?」
「えっ?」
怜はふと声がした方を振り向く。それは見覚えのある顔だった。化粧をしていて少し見た目は変わっているが、子どもの頃のおもかげが残っていた。怜は間違いないと確信した。
「ゆ、雪子⁈」
「やっぱり、最後にあったの小学生の時だったよね」
「あぁ、てか同じ大学って…えっどんな確率だよ」
あまりの急な再会に怜は動揺して言葉がうまく出てこなかった。
彼女は幼馴染の鈴木 雪子。愛媛の実家が隣同士で幼稚園、小学校と一緒だったが、親の転勤の都合で小学校を卒業すると香川県に引っ越してしまった。
それにしてもまさか京都で同じ大学に通っていたとは思いもよらなかった怜だった。
「やぁ、君たち来てくれたの」
そこに部員のひかりが駅員の制服を着て出迎えてくれた。
「あぁ、ひかり先輩。おつかれさまです。」
「お、おつかれさまです」
雪子が丁寧に先輩に挨拶をして、怜もつられて挨拶をした。
そういえば、昔は雪子が礼儀正しく上品であることで怜もそれを無意識に真似ていた。
別に礼儀正しくないから怒られることもなかったが、なんとなくそうした方がいいような気がして間接的に教えられていた。
「お疲れさん。まぁ立ち話もなんだし中でゆっくり話そうよ」
「はい、失礼します」
「し、失礼します」
先輩のひかりに連れられ貸切った教室に入ると、右側には先日も見たジオラマや机の上には車両が走行する様子を撮影した写真などが並べられており、左側にはラップで包まれたおにぎりに唐揚げが盛られた大きい皿にジュースと紙皿や紙コップ、割り箸などが用意されており、食事をする準備がされている。
「こっ、これは、」
「見事に鉄道一色ですね」
怜は周りの様子に言葉が追いついてこないが、雪子は見たものをすぐ言葉にして場をしらけさせないようにしている。
これがコミュ力の差だろうか?
「さて、新入生もけっこう集まってるし始めようか」
先輩たちに誘導され、新入生とサークルメンバーは部屋の中央に集まった。
人数はサークルメンバーの人たちが十数人程度で新入生は怜たちを含めて9人だった。
「おぉ、今年は多いな」
鉄道模型について教えてくれたシロクニという人がいう。
「大丈夫ですか、快速急行先輩。なんなら僕が喋りますよ」
ひかりは心配そうに快速急行というイヤホンをつけた女の人に声をかける。
「大丈夫だ、私にはこれがある」
快速急行は小さなメモをひかりに見せる。
「あぁ…はい」
ひかりは心配な顔で後輩たちの前に立つ快速急行を見送った。
快速急行が新入生たちの前に現れる。当然今もイヤホンをつけている。
「…あの…その」
だが、快速急行は赤面して視線をあちこちに向けてブツブツとつぶやいていた。
「あぁ新入生のみんなごめん、ちょっと目線をそらして耳だけ傾けてくれる?」
というひかりの言葉に新入生たちは
『えっ⁉』
『何で?』
と思いながら言われた通りに下や横を向いて視線を逸らした。
「よく来てくれた新入生。まずは軽く自己紹介から始めようではないか。私は鉄道研究会部 長で三回生の快速急行だ。好きなものは列車の加速音や駅メロなどで、その中でも好きなの は仙台駅の旧新幹線発車メロディーだ。よろしく頼む。」
『すごいしゃべってる!』
新入生たちは全員そう思った。
「ごめんねぇ、快速急行先輩は複数の視線を浴びると緊張して何も喋れなくなるんだよ。そして自分は二回生で副部長のひかりです。好きな列車は0系新幹線です。よろしく」
そして次々と先輩たちは自己紹介をしていった。
「二回生のC62(シロクニ)だ。鉄道模型を集めてる。蒸気機関車が好きなのでこの名前だ。よろしく」
「じゃぁ、次は新入生から自己紹介をお願い、面接とかじゃないから気楽にやってくれていいよ」
というひかりの呼びかけに、新入生たちは各々簡単に自己紹介を始める。
名前や出身地、好きな鉄道、興味のある分野について話す。それを元にサークル名というサークル内で呼び合うあだ名を決めていた。
そして雪子の番が回ってきた。雪子が終わると次は怜になる。そして全く関係ないが怜で最後だ。一番最初は緊張してとても引きたくない順番だが、一番最後というのも締めくくらなければならないような気がする。結果、集団での自己紹介や面接は真ん中あたりがとても安定している。
そう考えている間に雪子が喋り始めた。
「初めまして、鈴木 雪子です。鉄道は小さい頃に好きでしたが今はあんまり詳しくないです。 よろしくお願いします」
先輩と他の新入生たちは前の人と同じように暖かい拍手で雪子を歓迎した。
そしてあだ名決めに入る。
「よろしく、さてあだ名は…小さい頃はどんな列車が好きだったかな?」
「そうですねぇ、地元を走ってた電車でしおかぜやいしづち、マリンライナーとか、あと新幹線も好きでした」
「そうか、新幹線だと僕はひかりだからのぞみ?、いや、そうだなぁ出身地はどこかな?」
「香川県です」
「香川かぁ、よし決まった君の名前はマリンライナーだ」
「あっ、はい…ありがとうございます」
今の雪子のセリフの間に怜は違和感を持った。
雪子はマリンライナーというあだ名が気に入らなかったのかと勝手に思い込んでしまった怜は
「あの」
とっさに声をあげてしまった。
先輩たちや他の新入生たちの視線が怜に集まった。
「その、マリンライナーという名前は、本当にそれでいいんでしょうか?」
人につける名前にしては少しおかしいような気がしてしまい、心の声がつい口に出して喋ってしまった。
「ちょっと、何よ、私のあだ名に文句でもあるわけ」
怜は変なあだ名をつけられて困っていると勝手に想像した雪子をかばったつもりが、逆に彼女を怒らせてしまった。
「えっ、いやそんなつもりじゃ」
怜は焦って言い訳を考え始めた。
しかし、じゃさっきのセリフで素直に喜ぶ前に言ったあの言葉はなんだったのだろうかという謎までできてしまった。
マリンライナーという列車は怜も知っていた。マリンライナーとは本州の岡山と四国の香川県高松を瀬戸大橋線で結ぶ快速列車である。
「まぁ、まぁ、サークルの中だけのあだ名なんだし、最初は違和感があるかもしれないけどそのうち慣れて来ると思うよ」
とひかりはここで喧嘩になりかけていたこの場を収める。
「じゃぁ、気をとりなおして次、お願いできるかな」
「あぁ、すいません」
と言っていたら、いつに間にか怜の番になっていた。
「えっと、佐藤 怜です。電車は子どもの頃は好きでした。今は特には…よ、よろしくお願いします」
ギクシャクした自己紹介だったが先輩たちは普通に拍手をしてそれにつられて新入生たちも拍手をした。
「さてあだ名だけど…そういえば、君って確か愛媛の出身だったよねぇ」
「えっ、あぁはい」
「よし、君のサークル名はしおかぜにしよう」
おそらくさっき雪子がマリンライナーと名付けられたから、それに便乗して自分はしおかぜと名付けられたのだと怜は悟った。
だがその反面、子どもの頃から地元を走っているしおかぜという列車には憧れていて、今でもその名前を忘れていない。
それに何よりかっこいい『しおかぜ』という名前をもらったことに怜は喜びを感じていた。
「は、はい」
これで怜の名前はしおかぜ、雪子の名前はマリンライナーに決まった。
新入生たちも先輩たちに馴染み始め、食事をしながら語り合ったり、模型や写真を見ながら楽しんだりしていた。
ここに来てからだいぶ時間が経った気がする。
しおかぜはスマホを見ると時計は20:00を示していた。
やはり、あまり興味を引かない言葉が飛び交って自分と話が合う人がいないとなんか帰りたくなってしまう。
「はい、じゃぁ時間が時間だしぼちぼち終わろうか」
「はーい」
ひかりの言葉に部員たちは片付けを始めた。
「新入生たちはもう帰ってもいいよ、後は僕たちでやっとくから」
「はい、今日はありがとうございました」
「あっ、ありがとうございました」
マリンライナーとしおかぜ、そして新入生の部員たちはひかりに挨拶をして教室を後にした。
「ねぇ、怜はどの辺に住んでるの?」
さっきのことなど忘れたように機嫌を直したマリンライナーこと雪子はしおかぜこと怜に話しかけてきた。
「南門を出て、すぐのところ」
「そうなんだ、うちと方向一緒じゃん」
「そうか」
二人は大学を出てしばらく同じ道を歩いた。
「さすが京都だ、地元の愛媛とは大違いだな」
「なんもないもんねぇー」
「コンビニがあるけどな、1件だけ」
「まさか、大学でまた会うなんてねぇ」
「だな」
二人はそう話しながら大きい川にかかった石橋を歩いていた。
「あぁ、うちこっちやけん」
橋を渡りきると雪子はT字路の交差点の左側を指差して言った。
「そっか俺はあっちだから、じゃぁまたな」
「うん」
怜と雪子は別々の道に分かれて進んだ。
今日は新歓に行って良かったかもしれないと怜は思っていた。
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