5-6

 右の金が、相手の矢倉場を抑え込む。理想的な展開だった。

「負けました」

 ロコロが、頭を下げた。

「ありがとうございました」

「いやあ、完敗ですね」

 小学生の時以来の対局。それでも、何かを思い出すということはなかった。飛車落ちで、危なげなく勝つことができた。

「でも、きれいな手順でした。もう一歩踏み込んでこられたら危なかったですね」

「そこなんですよ。昔から」

 次郎丸六段は、ある意味伝説の棋士だ。プロを続けていれば、いつかタイトルだって獲れたかもしれないし、少なくとも八段にはなれただろう。弱くなる前に自ら引退した棋士というのは、歴史上で数人しかいないはずだ。

 そんな父親のもとでロコロは将棋を指し、おそらく、将来を期待されていたのだろう。

「あの時も、自然に、ごく自然に負かされて。お父さんじゃないけど、『頂が見えないな』って思ったんです」

 すすり泣くような声が聞こえた。ずっと僕らの対局を見守っていた人の。

「でも、将棋は続けていたんですね」

「そこそこ、かな。大会に出るとかそういうのは、もうやめて。あまりここにも来たくなかったんです。父さんはね、すごく期待してたから。『二人もいい弟子に恵まれることになりそうだ』って。困っちゃうよね」

「次郎丸先生は、今どうしてるんです」

「気ままに暮らしてます。土日はここにいるけど、『指導はもういいかな』って。自分でやるのも、教えるのも、難しいって思ったんだろうな。諦めが早いんですよ、やっぱり」

 諦めていないふりをして、続けることだってできたはずだ。タイトルを狙うふり、弟子をプロにできるふり。でも、次郎丸先生はそうはできなかった。それもまた、「プロらしい」気がする。

「どうして、動画を配信するようになったんですか」

「ああ、それは。刃菜子ちゃんがネットで面白いことしてるって聞いて。いろいろ見ているうちに、『将棋って面白いんだ』って改めてというか……初めて思って。自分も何かしてみようって、思ったんです」

「そうだったんですか」

 ちらり、とロコロが福田さんの方を見た。そして、ゆっくりとマスクをとった。

 堀の深い、端正な顔立ちだった。

「……刃菜子ちゃんのこと、よろしくお願いします。この子は……頂の見える子です。でもちょっと寂しがり屋だから……孤独には、しないであげてください」


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