5-5
駅からバスに揺られて25分。着いたのは、高速道路の近い住宅地だった。
「初めて来ました」
「普通は、用ないもんね」
一戸建てがいくつか並ぶ先に、少しだけ大きな建物があった。三階建てで、一階部分は文房具屋。そして二階に、将棋教室の看板がかかっていた。
「福田さんが通っていたところですか」
「そう」
多くの棋士に、思い出の場所があるはずだ。将棋を覚えた場所。ライバルと争った場所。大事な勝負を勝った場所。大事な勝負を負けた場所。
福田さんにとってここが、どれに当てはまるのかは、だいたい予想ができる。
「席主は……次郎丸先生か」
次郎丸六段。まだ、お会いしたことがない。若いころ九州から出てきて、大活躍したと聞いたことがある。けれどもタイトルの挑戦決定戦で何回も負けて、「頂見えず」と言って突然引退したらしい。
「面白い先生よ」
「そうなんですね」
「でも、いっぱい怒られた」
福田さんの師匠は、別の人だ。いろいろと、あるのだろう。
道場に来てほしいと頼まれたのは、昨日だった。何か、特別な意味があるのだと分かった。ネタ将になって、ネタ将を禁止されて、新人戦で勝ち上がって。福田さんにとって激動の一年だっただろう。日々何かを考えて、そして、ここのたどり着いたのだ。
階段を上がり、扉を開けた。いくつものテーブル、椅子、盤駒。よくある将棋道場の光景だった。ただ、がらんとしていた。誰もいないと思ったけれど、一番奥に背中が見えた。
「あ、刃菜子ちゃん」
振り返ったのは、マスクの男。
「久しぶり。
その男は僕を見て一礼した。僕も、頭を下げた。
「加島さんとはこの前会ったばかりだね」
「そう……ですね」
動画で観るときとも、先日会ったときとも全く違う雰囲気があった。背中は丸まって、目元は緩やかにたれている。声も低くて、ゆっくりとしゃべる。
「改めて紹介するね。加島は対局したことすっかり忘れてるみたいだけど……霞通ロコロこと、次郎丸心之介。私のお世話になった人」
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