5-4
しなやかに振られた腕から、白球が放たれる。放物線というのは、こう見えるものなのか。
「ロコロ選手、記録35メートルです! これで問題は7手詰めになります」
歓声が起こる。謎のマスクマンは、人々の心をつかみつつある。
「記録は、19秒です!」
どよめき。圧倒的な暫定1位だ。
「風に乗って世界が僕の側にやってきたようだ」
落ち着きながら、よくわからないことをつぶやくロコロ。
どうすれば、勝てるのか。17秒で答えを入力するには、見た瞬間に分かる問題でなくてはならない。上限は、11手か。できれば9手。そのためには、先ほどよりももっと遠くに投げなければならない。
僕の番がやってきた。集中。こんなに集中したことなんてあっただろうか。世界が無音になるる。そして、振りかぶった、そのとき。
声が、聞こえた気がした。
バランスを崩して、体がつんのめった。白球が、手からこぼれ落ちる。
「……これは……えー、記録、マイナス1メートルです! この場合の問題は……27手詰め! 用意してあったんですね、それはすごい」
頭が真っ白になった。何が起こったのかわからなくて、しばらく地面を見ていた。
ただ、すぐに思い出した。問題を、解かなければ。
モニターを見る。駒がたくさんある。とにかく入力し始めなければ、勝てない。王手だ。詰将棋は、王手の連続だ……
「加島三段の記録、275秒です! いやあ、さすがに27手詰めは大変でしたね。それでも、制限時間の五分以内には正解できました。すばらしいです」
「兄様、お疲れ様です」
帰りの電車。窓の外は、もうすっかり暗くなっていた。
「本当に疲れたよ。こんなことになるなんて」
「でも、いっぱいファンができたみたいですよ」
「そうなのかなあ」
これはもう、「ネタにされる」という未来が予測でき過ぎる。悲しい。
「あと、刃菜子さんも応援してました」
「そっか。ロコロ、強かったもんなあ。すごい人だよ」
「……兄様をですよ?」
「え?」
「やっぱり、兄様がライバルなんだと思います」
そうだろうか。僕の姿が情けないから、そちらを応援しただけかもしれない。
それでも。
誰かに応援されないよりは、応援される方が絶対にいい。
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