4-3

 緊張もどこへやら、である。

 初めての公開対局。部屋は四つに分かれ、一つずつ対局している。

 多くの人々に観られながら対局するなんて……という心配が思い過ごしになる予感は、昨日からあった。前夜祭、明らかに僕の人気が低かったのだ。写真を一緒に撮るサービスがあったのだが、僕の所だけ待ち時間ゼロ秒。とりあえず空いているから撮っとこうか、という人が多く、僕の名前さえ知らないのだ。一人、「スキージャンプしていましたよね?」と言う人はいたが、ネタ将だろうか?

 確かに、仕方がない。有望な若手と、かわいい女流棋士。話題性は他の三局に集中している。それでも、四局とも中継されているのだ。せめていい棋譜を観てもらいたい。

 ……と、考えていたのだが。

 中盤に入る前に、形勢を損ねていた。かなり前から悪かった可能性がある。

 どれだけ必死になっても、どうしようもないことがある。それでも、全力で戦い続けなければならない。

 間違えを期待するわけではないけれど、間違えれば逆転してやるぞ、と食らいつく。れども、相手はどこまでも冷静だった。

 最後はきれいに一手違いになって、負けた。

 まばらな拍手が聞こえた。「新進気鋭の三段」の挑戦は、こうして終わったのである。



「……まあ、そんなにうまくいかないかな」

 福田さんは、ふう、と息を吐いた。

 別の部屋なのでわからなかったが、福田さんも完敗したらしい。女流棋士も、いなくなった。

「また、来年以降もありますよ」

「もちろん、そのつもりだけど。加島君は当然、四段として出なさいよね」

「あはは、まあ、頑張ります」

 窓の外は真っ暗だった。雨風の音が騒々しい。

「ちょっと、大変なことになるかも」

 中五条さんが駆け足でやってきた。

「どうしたんですか」

「台風、直撃しそうって」

「そうなんですか」

 新人戦は持ち時間が短いので、対局が全て終わったのは午後三時ごろ。忙しい人は当日の飛行機で帰る予定だったが、欠航になってしまったようだ。列車も運転見合わせ中らしい。

「とてもホテルから出られなさそう。ハウステンボス行きたかったのに」

 中五条さんの言葉に、僕と福田さんは顔を見合せた。

「今日行く予定だったんですか」

「そうよ。明日は午前の飛行機だし」

「いやでも今から行っても、ほとんど見れないと思いますよ」

「そうなの? じゃあせめて入口だけでも見てみたいかな。せっかく長崎来たんだし雰囲気だけでも」

「中五条さん、たぶん勘違いしていると思うんですが……ハウステンボス、長崎市内にはないですよ?」

「え?」

「ここから一時間半ぐらいかかりますよ」

「そんなわけ……本当に?」

「本当です」

「……ま、まあ、そんな気はしていたけれども!」

 台風が来てよかった。晴れていたら、中五条さんのもっと悲しい顔を見ることになったかもしれない。

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