#秘境路線バス5手詰め解いてもらわないと進めない旅

4-1

「本当のところは、感謝してる」

 ぽつり、と中五条さんが言った。たぶん、愛知上空あたり。

 結局彼女の隣は福田さんではなく、僕が座ることになったのだ。福田さんは、新幹線に乗って現地に向かっているらしい。

「え、僕ですか」

「そう。私、彼女には本当に上り詰めてほしい。でも、笑顔でもいてほしい。自分ではわかるから。私は無理。でも刃菜子ちゃんなら、可能性があるって」

 ほとんど目を閉じて、少しだけ口元を緩ませていた。わかる、気がする。いつかトップに追いつける人は、オーラが違う。皆が本気で頑張る中で、努力だけではたどり着けないところに行けるのは、選ばれた人たちだ。けれども、選ばれていても、たどり着けるとは限らない。

「今でも、余分なことはすべて捨てて努力してくれれば、とも思ってるけど……そしたらどこかで、ぽきりと折れてしまうかもしれないし」

「福田さんは、すごく繊細だと思います。僕は無責任ですけど……トップになれなくても、楽しく将棋を続けてほしいって思っています」

「そう、そんな加島君の甘さも……必要なんだと思う」

 そう。そして中五条さんの厳しさも、必要なのだろう。

 


「それにしても……」

 長崎は雨だった。

 季節外れの台風が近づいてきている。ルート予想では直撃はなさそうだけれど、明日以降の天候もとても心配だ。

「いやあ、あれだろ。加島君雨男だろ」

 塩田会長はなぜかご機嫌だった。

「どうでしょうねえ。ほとんど外出しないのでわかりません」

「はっはっは、将棋指しらしい答えだ。まあ、明日は一日ホテルにこもって将棋だからな。雨が降ろうが槍が降ろうが、だ」

 そういえば以前、離島に行くフェリーが欠航して、タイトル戦の日程が変わったことがあった。それを考えれば、みんな来れそうなだけ今回はましだろうか。

「そういえば、福田さんたちは?」

「もうすぐ着くんじゃないか? 特急に乗り換えてだからねえ、大変だ」

 東京からここまで陸路というのは、かなり疲れるだろう。それでも、「空を飛ぶよりははるかにまし!」ということらしい。

「あれだろ、加島君と福田さんには因縁があるんだろ」

「僕はほとんど覚えてないんです」

「負けた方は覚えているものさ」

「福田さんに勝ったわけでもないんですけど。彼女のお世話になった人に、勝ったらしいです。そのあと将棋をやめてしまったらしくて」

「そうか。そんな二人が対戦するかも、と。小説よりも現実は面白いもんだ」

 そう、小説ならばこれは、本当に都合のいい展開だ。

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