3-5

 昨日から、ずっと気になり続けている。あれは、誰だったのか。

 とはいえ、今日もまた記録係である。平日担当できるので、僕は大変重宝されている。しかも今回は早指し戦。お昼頃には終わる。

 局面のことを考えつつも、将棋詩人のことが頭から離れない。このままだと僕の頭の中でも詩が生まれてしまいかねない。

 そんなこんなしているうちに、対局が終わった。片づけをして立ち上がると、身に覚えのあるオーラを感じた。

「加島君、ちょっとちょっと」

「またっ」

 そこにいたのは塩田会長だった。

「いやあ、相変わらずいい記録係っぷりだねえ」

「褒めてももうドラマは出ませんよ。ほとんど映ってなかったし……」

「いやいや、今度は将棋の話だよ。すごい話だぞ」

「なんでしょう」

「新人戦に急遽特別協賛が付いたんだ。ベスト8から地方会場で公開対局をすることになったぞ」

「え……えーっ!」

 まさかの話である。確かに最近は将棋会館以外で開催したり、公開対局というのも増えてきた。しかし新人戦は常に淡々と行われてきたイメージだ。

「何せね、君ともう一人三段が残っているし、中学生女流棋士もいる。さらには連勝記録を更新した若手棋士に、最短タイトル挑戦記録樹立の棋士まで残っている。新人戦でこれだけ話題の人がそろうのは最後かもしれないからね」

 並べられると、自分の存在が一番薄い気がするのだが。

「それで、どこでやるんですか」

「長崎だ」

「長崎!」

「対局はホテルだが、動画サイトではいろいろな企画をすることも検討しているぞ。まあ、お祭り的なものだな」

「そこに僕が……」

「ドラマにも出た新進気鋭の三段として紹介されるはずだ。しっかり活躍するんだよ。はっはっは」

 これは、えらいことになった。初参加の公式棋戦で公開対局。しかも九州まで遠征だ。これで今期四段になれたら、ちょっとしたドラマじゃない? とまで妄想していた。


「兄様、すごいですね!」

 長崎のことを伝えると、美鉾もテンションが上がったようだった。

「なあ」

「刃菜子さんも行くってことですよね。いいなあ。あ、そういえばポエ将の人ですけど」

「何かわかったか」

「まったくわかりませんでした。でも、いい詩ですね!」

「……ん?」

「私も、負けないように挑戦してみます」

「お、おう」

 こうして兄は長崎へ、妹は詩の世界へと旅立つことになるのであった。

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