3-2

「ただいま! どうなりました?!」

 帰宅するなり、美鉾が部屋に転がり込んできた。

「まあ、まだまだってところかな」

「そうなんですね。よかった」

 美鉾も中継は見れるのだが、「三段の形勢判断」がないと不安らしい。確かに棋譜中継では形勢判断が二転三転するので、「結局どっち!」と思うことある。ただ、僕の判断だってどれほど正しいのかはわからないけれど。

「ただ、福田さんの方が時間が少ないからね。結構勝ちにくいかも」

「うーん、何とかなってほしいものです」

 ちなみに。


<刃菜子ちゃんと初めて対局してから、もう五年経つでしょうか。当時は棒銀一直線で、とにかく攻めっ気が強かったです。私は最初から受け将棋だったので、相手の駒がなくなるまで受けていたのを覚えています。刃菜子ちゃんが受けの技術を身に着けたとしたら、ちょっとだけ私の影響があるのかな、なんて思います。>


<皆さん、気が付いていますか。刃菜子ちゃんのハンカチ、すごく地味ですよね。あれは師匠が一門の皆に同じものをくれたんです。つまり、みんなお揃いなんです。うらやましいって思う人も多いんじゃないでしょうか>


<最近、駒を下の線に合わせて置く人が多いですよね。でも中継の写真を見てください。刃菜子ちゃんは真ん中より少し右上に置くんです。たぶん本人も気付いていません。気付けるとちょっとうれしいですよね。ここだけの話です。>


「なんか、すごいな」

「中五条さん、昼間もずっとつぶやいていましたよね」

「それが、五十分ぐらい休んで、そのあと怒涛の書き込みを繰り返してるんだ。たぶん、授業の合間に連投しているんじゃないかな」

「休み時間に遊び倒す小学生みたいですね」

「まさに」

 局面は終盤。福田さんの玉は薄く、一手間違うと寄せられてしまいそうだ。ただ、駒得しており、正しい手を指し続ければ勝てる、と思う。


<やはり、妹弟子には勝ってほしいです。ですのでお風呂で水垢離してきます。弟はこれで中学受験に受かりました。>


「兄様、水垢離って何ですか?」

「冷たい水をかぶって、身を清めて神様に祈願することだよ。まさかこんな『風呂行ってくる』があるなんて……」

「本気……ですよね」

「たぶん、ネタではない」

 今まで見たことのないタイプだが、知っている言葉の中で最も当てはまるのは……中五条さんは、「天然」だ。

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