#科将研の女

2-1

「加島君、ちょっとちょっと」

 記録係の仕事を終えて立ち上がったところ、入り口で僕を手招きしている人がいた。会長だった。

 塩田康三郎やすざぶろう九段。今でもダンディだが、若いころはとてもイケメンで、「モテ三郎」というあだ名で呼ばれていたらしい。

「はい、なんでしょうか」

「いやあ、見させてもらっていたけれどね、さすがだよ」

「えっ、さすがって?」

「君の記録係姿は素晴らしい。記録係のために生まれてきたかのようなたたずまいだ」

 喜んでいいのか、これは?

「ありがとうございます」

「最近の若手はみんな、あか抜けてるからねえ。見るからに修行中という君は大変貴重だよ」

「はあ」

「そこでだ。ドラマに出てほしい」

「はあ……ええっ」

 意味が分からない。記録係っぽいとドラマに出られる?

「実はね、今度会館で撮影があるんだよ。で、棋士も何人かでることになってね。もちろん棋士役でね」

「なるほど」

「で、記録係も本物だとね、実にいいんじゃないかと提案したところ承諾してもらってね。ドラマで普段の対局風景が完全再現できるというわけだ」

「そこで僕が」

「そういうわけだ」

「で、どんなドラマなんてすか」

「聞いて驚け。なんと、『科学捜査研究部の女』だ」

「あの!」

 『科学捜査研究部の女』は、もともとはライトノベルで、漫画化で大ヒットした作品が原作。連載が終わった後も放送が続いているという、大人気ドラマだった。警察の科捜研に憧れる高校生たちの作った部、「科学捜査研究部」にひょんなことから入ることになった主人公。実は二十四歳で子供もいるのだが、周囲には黙っている。そんな彼女が難事件に科学の力で挑む。

「そう。そして、女流棋士が結構重要な役割を担う予定なんだぞ。これは中五条さんに頼もうと思っている」

「そうなんですね。どんな役ですか」

「一見おとなしくて清楚だが、実はネット上では知らない者のいない将棋マニア。ただ知識があるだけではなく、将棋をネタに面白可笑しいことを言いまくる。そんな彼女が関係者の書き込みの真偽を精査していく、という内容だ。……どうした加島、難しい顔して」

「あの、それ……本人に言いました?」

「いや、まだなんだ。後で連絡する予定だよ」

「うーん、なんとなくですが……受けてくれないような……」

「はっはっは。あの子はとてもまじめで、将棋の普及についても考えている。きっと受けてくれるよ」

「だといいんですが……」

 嵐の予感である。ただ、自分に関して言えば、あのドラマに出られるなんて夢のようである。


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