1-6

「もっと、叫ばせろーっ!」

 少女がマイクを離さない。

 僕は今、福田さんとカラオケボックスにいる。ちなみに対局が終わってから、それほど時間が経っていない。

 福田さんはとにかく大きな声を出していた。僕はまだ一曲も歌っていない。ポテトや空揚げをつまむ。

「姉弟子だからって命令するなー!」

 もはや曲とか関係ない。

 対局が終わった後、福田さんから電話がかかってきた。彼女からの連絡は、だいたいいい知らせではない。内容は「カラオケに来なさい」というものだった。

 そして待ち合わせ場所に行くと、明らかに機嫌の悪そうな表情の女流棋士がいたのである。

「はあ、はあ……疲れた」

「大丈夫ですか?」

「大丈夫じゃないってば! どうすればいいのよ!」

「いやあ、どうしたもんでしょうか」

 正直、よその一門のことなのでうかつに口出しはできない。本心は「ネタ将ぐらいいいじゃない」と思っているけれど。

「中五条さん、昔からお世話になってるけど……なんていうか、変なの。とっても」

 これでもかと眉間にしわを寄せる福田さん。

 これまで、中五条さんのことはあまり知らなかったから、きれいな人だなー、落ち着いているなー、という印象だった。けれどもこの前会って話してから、確かに変なところがあるな、と思うようになった。特に福田さんのことに関しては、冷静さを失ってしまうところがあるように感じた。

 中五条さんは、福田さんのことが心配でたまらないのだ。だが、その思いが伝わりすぎて、福田さんにとってはうっとうしいのだろう。

「あ、そういえば、これも見ました?」

 スマホの画面を、福田さんの前に差し出す。会ったときには、見せなければと思っていた画像だ。

「えっ」

 一瞬目を丸くした後、口元が緩んだように見えた。だが、すぐに険しい顔になる。

「なんであんたとなのよ。気持ち悪い」

「いやあ、びっくりですよね」

 それは、例のスキージャンプのネタの一枚だった。ペアで飛んでいるのは、僕と福田さん。元になった写真は、以前大盤操作を二人でやったときのものだ。

「私だったらもっといいのを選べるのに」

「そうですね」

「禁止されている私にこんなの見せて、どういうつもり」

「ずっと、待ってますよ」

「……!?」

「みんな、待ってます。美鉾も、福田さんが戻ってくるまで頑張らなきゃって。福田さんがつぶやかなくてさびしい、ってファンもいっぱいいます」

「みんなが、ね」

 心なしか、すこし顔色がよくなった気がする。

「もちろん、すぐに戻るから、それより、あんたは私の挑戦を待ってなさい。今日みたいなダサい将棋で勝っても調子に乗らないことね」

「はは……わかっております」

 そう。今日は、なんとか勝った。このまま勝ち上がれば、福田さんと対戦するかもしれないのだ。

「とりあえず、もう一曲歌う」

「はい」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る