26 オーデンを守ります!(注・公爵ですから!)

 アルフェイグが姿を変えたグリフォンは、想像より何倍も美しかった。

 真っ白な羽毛は真珠のように光り輝き、金のくちばしは獰猛でありながら優美なカーブを描く。ソラワシに似た茶色い翼は身体全体を包めるほど大きく、モリネコの後ろ足は力強い。


 金の瞳が、私を見た。


 呆然としていた意識の一部が、ようやくはっきりしてくる。

(ああ、私、今、しまりのない顔をしているんだろうな……でも……)

 私は瞬きもせず、彼を見つめていた。

 人間であるときより、照れることなく、ずっと見ていられる。見とれている。


 クアーッ、という鳴き声とともに、彼は地面を蹴って飛び立った。一気に黄金のグリフォンに向かっていく。

 黄金のグリフォンも反応し、まるで「追ってこい」とでもいうように、空高く昇った。アルフェイグが後を追う。


 黄金のグリフォンとアルフェイグは、ぐるぐると旋回した。時には地表すれすれまで降りてきて、また急上昇する。

 やがて、黄金のグリフォンの前に、アルフェイグが回り込む形になった。

 激しい鳴き声が交わされ、いきなり二頭がぶつかり合った。

 アルフェイグが前足でつかむと黄金のグリフォンが翼で振り払い、またぶつかり、どちらかが後ろ足で蹴り──


 ──やがてきりもみ状態で、地面に落下してくる。


「アルフェイグ!」

 やられたのではないかと、思わず両手を握りしめたけれど、ズン、と地面に降りたとき下になっていたのは、黄金の方だった。アルフェイグの両手両足に押さえつけられている。


『ルナータ!』

 声が、頭に響いた。

「わっ、アルフェイグ!? 大丈夫なの!?」

『うん。戦いながら、会話していたんだ。この像に先祖の魂が宿っていて、成年王族として認められた。でも、聞いて』

 彼は続ける。

『黄金のグリフォンは、怒りの原因さえ取り除けば鎮まる』

(い、怒りの原因って何なのかしら)

 自分やパルセやコベックが関係しているような気がして、私は思わずドレスの胸元を握りしめた。

 けれど、アルフェイグは息を切らせながらも、ポンと言う。

『あ、で、その原因はもう大丈夫』

「へ?」

 拍子抜けしたけれど、まだ先があった。 

『でも、礼拝所が崩れてしまった。グリフォンは、戻る場所を失った。そのせいで苛立っていて、鎮まらない状態だ』

 黄金の翼としっぽが、時折バシッと地面を叩く。アルフェイグは少しずつ体勢を変え、しっかり押さえ込んでいるけれど、黄金のグリフォンの力は強いようだ。

 このままでは……


 アルフェイグは私に聞く。

『今のオーデンに、礼拝所の代わりになるような場所、どこか心当たりはある?』


「そんなこと、私にいきなり言われても!」

 私は意味もなく、あたりを見回した。

 オーデン公爵領を継いで、たった数年。けれど、自分はこの地の領主だ。オーデンを守らなくてはならない。


 もう一度、黄金のグリフォンを見つめた。

 アルフェイグの、ご先祖様。オーデンの地を、古くから見守ってきた。

(そう。この土地そのものに、古き存在に、知恵を請わなくては)


 私は頭の中で、必死に言葉を探した。声を落ち着けながら、ささやく。

〈ゼメ・リズ・ギドゥー、ズ・ラーダ・グリフォン・オ・プロズディ、ポゾ・ダイ・ド・モドロズド……〉

 長い長い、呪文。精霊への呼びかけ。

 土の精霊語は、ひとり言でうっかり出てしまう程度には馴染んでいるけれど、敬意のある言葉をきちんと選んで。精霊の心に、届くように。

(土の精霊よ、黄金のグリフォンを安らがせるために、知恵を貸して……)


 すると。

 亀裂の、深い、深いところから、響くような声がした。

〈ボ・ディズナ・ミ〉


『……今の声は? 何だって?』

 アルフェイグが聞いてくるのを、私は片手を素早く上げて黙らせる。

 今まで、精霊は私の呼びかけに応えて、力を貸してくれていた。けれど、返事をくれるなんて初めてのことだ。ドキドキする。


 私は、それ・・と対話した。

〈ダモ・ズグパ・イ・ガイナ・イ・ズドリム〉

 尋ねると、再び、さっきの声が応えた。

〈ズブレ・メ・ナイトヴィ・デズ。ボ・ディズナ・ミ〉

 その声に集中すると、頭の中にイメージが流れ込んでくる。

(姿を変えて……土の精霊たちと共にあれ……?)

 黄金のグリフォン。その身体は、まるで溶けた金属のような流体。姿を自在に変えるのだ。


「……ああ、なるほど、うん」

 私は何度かうなずきながら、アルフェイグに向き直った。

「共にあればいいんだ。受け入れればいいんだわ、オーデンで」

『?』

 アルフェイグの、グリフォンの頭が、こてっと傾げられる。

 可愛い。

(今、うっかり「可愛いアルフェイグ」って呼びかけそうになったわ)

 一瞬ひやひやしたけれど、私は彼に言う。 

「アルフェイグ、黄金のグリフォンに近づくから、落ち着かせていてね。私が、安らぐ手伝いをするから、と」

『わかった』


 私は、ゆっくりと、彼らに近づいた。

 そして、落ち着いた声で呪文を唱える。

〈ズ・ラーダ、ヴルニ・デ・ゼナドラ……〉

 亀裂の方から、私の唱えた言葉と同じ言葉が、低く響いてきた。

〈ズ・ラーダ、ヴルニ・デ・ゼナドラ〉


 黄金は、土の中で生まれたもの。

 今、オーデンの地に返そう。


 黄金のグリフォンが、おとなしくなった。

 尾の先が、足の先が、キラキラとした粒に変わった。少しずつ粒は増え、グリフォンの身体は形を変えていく。

 

 金の粒は渦を巻き、ひときわ大きな光を放ったかと思うと──

 静かに、亀裂の中へと染み込んでいく。

 その金と、土と、根が、亀裂を埋めるように溶け合っていく。

 

 やがて、めちゃくちゃだった町の入り口の広場は、ちょっとでこぼこになってはいるものの、ほぼ元通りになった。

 

「き、消えた」

 へたりこみそうになり、後ろによろめくと、何かが私を支える。

 アルフェイグの、グリフォンの身体だった。私は、彼の胸のあたりにふんわりと寄りかかっている。

『ルナータ、どうなったの?』

「ええと、もしかしたら、宝物としてのグリフォン像を壊してしまったことになる……かもしれないけれど」

 私は寄りかかったまま、説明する。

「あの像は金の粒になって、オーデンの地中のあちこちに散らばったの。土の精霊たちと一緒にね。像が作られる前の形に、戻ったのよ」

『そうか……故郷に戻ったから、安らぐことができたのか。でもきっと、今回みたいに何かあったら、また出てきそうだよね』

「そうね。何かあったら助けてくれるかもしれない。……あぁ、とにかく、終わったのね」

 ため息をつきながら、そっと、こっそり、顔の角度を変える。

 頬が、アルフェイグの胸の羽毛に当たる。

(っあーーーっ! ふわっふわ! 安らいで、私までこのまま色々終わってしまいそうだわ……)


 けれど、彼は不意に身動きした。

『まだ終わっていないよ。城へ行こう。乗って』

 その爆弾発言に、私は思わずのけぞった。

「のっ、のののの!? の!?」

『乗って。ほら』

 彼は頭を低く下げる。

(グリフォンの背中に、乗る!? そんな至福があっていいの!?)

 私は、手をぶるぶる震えさせながら、そーっと彼の首に触った。頭の後ろに少ししっかりした羽毛があったので、そこをつかみ、身体を引き上げる。

 埋まる。羽毛に埋まる。

 少し後ろにずれると、こんどはモリネコの毛並みがびろうどのように広がっていた。こっそり手を滑らせてみると、柔らかすべすべ、極上の手触りである。


(これは……尊い夢かしら)

 くらくらしていると、声が響いた。

『ルナータ、聞いてる? ちゃんと捕まってて!』

 バサッ、と翼が広がる。

 グリフォンは、私を乗せて、空に舞い上がった。

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