21 彼女としばらく過ごすことになりました(注・儀式が終わるまでの間です)
私はそっと、パルセに声をかける。
「そんなに遠くからいらしたなんて、お疲れでしょう。お泊まりになるわよね、すぐに部屋も用意させます」
ちょうどそこへ、セティスがお茶の用意をしてやってきた。私は指示を出す。
「
セティスはうなずいてから、冷ややかな視線をコベックに投げた。顔に「あなたは泊めませんけどね」と書いてある。
コベックは肩をすくめた。
「ルナータ、僕はパルセを案内するためだけに来たんじゃない。アルフェイグ殿の儀式の、見届け役になったんだ」
「何ですって?」
思わず聞き返すと、彼は肩をそびやかしてさらりと言う。
「アルフェイグ殿が真実、オーデンの王族で、グリフォンに変身できるのかを確認してくるように、宰相殿から言われている。だから、儀式の日は森の城で立ち会わせてもらうよ」
(陛下、まさかまた、よけいなお節介を? それとも、コベックがそうし向けた?)
パルセをオーデン公領に連れて行くという用事があるのをいいことに、ついでだから見届けも任せてほしい──くらいのことを、コベックは陛下に言いそうな気がする。
(私の自意識過剰かしら。でも……)
見届け人であることを盾に、ここに泊めろと言い出すのではと、私は最大レベルまで警戒した。
けれど、彼は上着の襟を正して立ち上がる。
「さすがに、僕もここに泊めろなどと図々しいことは言わないよ。パルセ嬢、僕はしばらく町の宿に滞在しているから、帰る時は言いなさい。誰かに送らせよう」
「はい、ありがとうございます」
パルセは可憐に微笑んだ。
「それでは、失礼する」
コベックはあっさりと、部屋を出ていく。
正直、ホッとして、肩の力が抜けた。
パルセは、アルフェイグに向き直る。
「ダージャ家以外にも、いくつかの家が存続しております。殿下がご存じの方々がこの百年でどうなったのか、私の知る限りのことをお話ししますわ」
「ありがとう。ずっと、気になっていた」
噛みしめるように言うアルフェイグ。
(アルフェイグ、心配だったわよね。自分にはもうどうしようもない、すでに過ぎ去ってしまった百年という時間に、オーデンの人々がどうなってしまったのか。……ゆっくり、話をさせてあげなくちゃ)
胸が熱くなった私は、立ち上がった。
「あ、ごめんなさい。ちょっと所用を思い出したので、いったん失礼するわ。どうぞ、ゆっくりなさって」
「ルナータ」
アルフェイグが引き留めたそうにこちらを見たけれど、私は二人に笑顔で言った。
「夕食は、ご一緒しましょう?」
「ぜひ!」
パルセが嬉しそうに答え、アルフェイグもうなずいた。
私は、部屋を出ながら思う。
(積もる話があるはずだし、私にはきっと大半はわからない話だろうし。大事なことがあれば、後でアルフェイグが教えてくれるわ)
けれど──
(本当なら、アルフェイグが結婚するはずだった女性……の、子孫、か。綺麗な人。同じ髪の色、年の頃も釣り合って、お似合いに見えたわ)
少し、胸の奥がもやもやした。
夕食の時、着替えをすませたアルフェイグがまず食堂に現れ、それからパルセがメイドに案内されてきた。二人とも、明るい表情をしている。
アルフェイグはいつものように、私の斜め向かいに座った。何となくホッとして、私は話しかける。
「ゆっくりお話はできた?」
「うん、ありがとう。僕が眠りについた前後のことが、だいぶ細かくわかったよ。特に、文献に残っていない、王族以外の貴族たちのことがね」
「結局、魔導師の行方は……?」
「それは、わからなかった。残念だけれど」
彼は言葉に悔しさをにじませる。
「さあ、食前酒をどうぞ」
アルフェイグの向かいに座ったパルセに進めると、彼女は眉尻を下げながら控えめに話しかけてきた。
「オーデン公、先ほどは私ばかり話に夢中になってしまって、失礼いたしました」
私は笑ってみせる。
「とんでもない。どうぞルナータと呼んで下さい」
「私のことも、どうぞパルセと」
「ではパルセ、ダージャ家も、オーデン王国の王族の血を引いていらっしゃるの? その
「あ、ええ」
首筋の金茶色の後れ毛に触れ、パルセははにかむ。
「うんと遠縁なんです。血も薄くて、自ら変身することももちろん、できません。今はもう、身分も何もありませんし」
「苦労なさったんでしょうね」
「いえ、私は……。曾祖母はキストルに監視されていたそうなので、苦労したとも聞きましたが。でも、王国を出た後、何年かしてグルダシアの裕福な商人と結婚したので、私たち子孫は穏やかに暮らすことができているんです」
食事が始まり、私たちは穏やかに会話する。
パルセは昼間と同じワンピースドレスを着ていたけれど、言葉遣いも所作も美しかった。ダージャ家は、貴族ではなくなった今でも、品格のある家なのだろう。
ますます、アルフェイグとお似合いに見える。
ふとパルセが、思い出したように言った。
「そうだわ、ルナータ様、殿下の成人の儀式の準備をなさっているそうですね!」
「え? ええ」
私がうなずくと、アルフェイグが言う。
「パルセは昨年、成人の儀式を終えたばかりなんだそうだ。聞いてみたら、僕が執り行う予定の儀式と、どうやらやり方はほとんど変わらないらしい。わからなかったところを教えてもらったよ」
「まあ、よかった! 文献には細かいところが載っていなくて」
私は言う。
実際、アルフェイグは儀式の手順を完全に知る前に眠りについてしまったらしく、部分的にわからないところがあったのだ。
パルセは、長いまつげを瞬かせた。
「それなら私、準備をお手伝いしましょうか?」
「え?」
アルフェイグが食事の手を止めると、パルセは答える。
「だって、もうあと数日なのでしょう? それまで滞在させていただければ……。あっ、ごめんなさい、勝手にこんな提案を」
「あ、ええ、こちらは構わないわ。むしろ助かります」
私は彼女に微笑みかけ、「そうでしょう?」とアルフェイグに確認する。
「……うん」
彼は私を見つめ返し、少し考えてからうなずいた。
「確かに、助かる。世話をかけるね、パルセ」
「いいえ!」
パルセは嬉しそうに、頬を染めた。
「曾祖母に代わって王太子殿下のお役に立てるなんて、光栄です!」
(婚約者の代わりに、か)
一瞬、またモヤッとしたものが心をよぎったけれど、私はそれを無視した。
アルフェイグが苦笑する。
「もう王太子ではないよ、僕も名前で呼んでくれていい」
「あっ、失礼しました。その……アルフェイグ様。オーデンの町も、ずいぶんと変わったのでしょうね。私、今日は大通りを馬車で通っただけなんですけれど」
食事をしながら、パルセが伝え聞いてきた話とアルフェイグの記憶のすりあわせのような会話が続く。私は視線やうなずきで加わるだけにして、口を挟まないようにしていた。
アルフェイグは時々、私に話を振ってくれる。
「ルナータは勉強熱心な人で、オーデン語を話せるんだ」
「まあ、何て嬉しいことでしょう!」
パルセは感動している様子だけれど、私は逆にあわてる。
「片言なのよ、挨拶とか、その程度で……。恥ずかしいから、何か話してみろなんておっしゃらないでね」
(あー、どうにも落ち着かない……!)
背中がぞわぞわしてしまう。
食事が終わると、私は早々に席を立った。
「テラスに飲み物を用意させますから、お話の続きをそちらでどうぞ。外は少しは涼しいわ。私はまだ、雑事が残っているので」
アルフェイグが何か言いかけたところへ、パルセが心配そうに眉を潜める。
「お忙しいんですね……お疲れの残りませんように」
「ありがとう。パルセも旅の疲れを癒して下さいね」
私は言って微笑みかけ、食堂を出た。
翌日の朝食も、三人で小食堂でとった。
パルセが今のオーデンを見たがり、町に出かけようという話になる。
「午前中でいいかな」
アルフェイグが私を見たので、私は首を横に振った。
「私はやることがあるので、二人で行ってきて」
「儀式のことなら、僕もやるよ」
すぐにアルフェイグが言い、パルセもうなずく。
「私もお手伝いします、儀式のために泊めていただいてるんですもの」
「それもあって、二人に町に行ってもらえると助かるの。儀式用のランプを博物館から借りることになっているから、預かってきてほしいのよ。行き帰りにぐるっと町をご覧になるといいわ」
促すと、アルフェイグはどこかためらいがちにうなずいた。
「……わかった。行ってくる」
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