20 彼の婚約者の子孫が現れました(注・連れてきたのは私の元婚約者です)

 太陽は少しずつその強さを増し、果樹は青青とした実をたくさんつけた。

 いよいよ、儀式を行う月に入ったのだ。


 月の始め、小食堂で二人、朝食をとっているところに、セティスが入ってきた。手紙を載せたトレイを持っている。

「どうぞ」

「ありがとう。……げっ」

 トレイから手紙を取り上げて差出人を見た瞬間、思わず変な声が出る。

 尋ねるようなアルフェイグの視線に、私はひきつった笑いを浮かべた。

「コベックからだわ」


 私の元婚約者、チーネット侯爵令息コベック。『止まり木の城』で私を襲って、アルフェイグと可愛いマルティナに撃退されてから、一度も会っていない。王宮でも結局会わなかった。

 まぁ、会う気もなかったけれど、向こうから連絡してくる図々しさがすごい。面の皮が分厚い鋼鉄でできているんだろうか。


「あの男が、今さら何の用?」

 アルフェイグは眉根を寄せた。

 手紙を開いて、目を通してみる。

「……紹介したい人がいると書いてあるわ。『アルフェイグ殿の今後に大きく関わると思われる人物なので、ぜひとも』ですって。誰かしら」


「つまり、僕に用事ってことだね。僕はいつでも会おう。でもルナータ、君はもうあんな男を近づける必要はないから」

 彼はまっすぐに私を見ている。

 ドキッとしながらも、私は首を振ってみせた。

「私も一緒に、と書いてある。私たち二人で会うなら大丈夫よ。あの人があなたに失礼なこと言わないように、見張ってないと」

「もちろん、僕も君を守る。でも、ルナータをあの男の視線にさえ触れさせたくない」

「アルフェイグ……」

 私はますますどぎまぎして、視線を逸らしてしまう。年上の沽券はどこに行った。

「で、でも、私も気になるから。あなたの今後に関わる人って」

「こっちの興味を引くために言っているだけだ。……と言いたいところだけど、もしかしたら王国に関わりのある人物かもしれない、か」

 彼は唸る。

「わかった、一緒に会おう。でもルナータ」

「ええ、ちゃんと気をつけるわよ。滞在中、二人きりには絶対ならないようにするし、そうね、一人での行動もしないようにするわ」

 何か行動する時はセティスについていてもらおう、と思いながら言うと、アルフェイグは真剣な目で言った。

「僕のそばから離れないで」

「ええ……?」

 またもやどぎまぎするようなことを言われ、顔が熱くなってしまったけれど、あくまで彼は真剣な表情だ。

「離れないで。いいね?」

「わ、わかった。約束するわ」

 その視線の強さに負けて、私はうなずいたのだった。



 コベックとその連れは、近隣の伯爵領の屋敷に泊めてもらって私の返事を待っていたらしく、翌日にはノストナ家にやってきた。

 応接室に入ってきた彼は、挨拶する。

「ごきげんよう、オーデン公。先日はどうも」

「何がどうもなのかしら。本当なら、公爵領への出入りを禁ずるところですよ、コベック」

 私はあえて出迎えにも行かずにここで待ち受け、ソファに座ったまま高圧的に告げた。


 本当は、彼を見た瞬間に城での狼藉が脳内をよぎってしまい、反射的に顔が強ばっている。

 けれど、ソファの背もたれのすぐ後ろにアルフェイグが立ち、私の肩に軽く手を触れていた。だから、強くいられる。


 コベックはそんな私たちを見て、薄く笑った。

「いや、申し訳なかった。かつてオーデン公が僕を頼っていらしたころのことを思い出し、つい。とても可愛らしかったので」

 婚約時代、コベックに甘えていた頃のことを持ち出され、恥ずかしさに一瞬、奥歯を噛みしめる。

 アルフェイグの指がピクッと動いたので、私は彼が何か言う前に立ち上がり、毅然とした口調で言った。

「もう、あの頃とは違うということを自覚なさって。……それで、そちらの方は?」

「僕は、彼女の用事に付き添ってきたのです」

 コベックは一歩、脇によけた。


 彼の後ろに、一人の女性が立っていた。

 二十歳になるならずといったところか、茶色に金の筋が入った長い髪を緩くまとめ、薄緑のワンピースドレスがよく似合う白い肌をしている。


 彼女は片足を下げ、軽く膝を曲げて挨拶した。

「初めてお目にかかります。パルセ・ダージャと申します」

「ルナータ・ノストナです。ようこそオーデンへ」

 握手をしながら、私は記憶を探る。

(ダージャ? どこかで聞いたような……。あっ)

 振り向くと、アルフェイグが軽く目を見開いていた。言葉がこぼれる。

「ダージャ家の……!」


(そうだ、思い出した!)

 息苦しくなるほどドキドキして、私は呼吸を整えた。

(アルフェイグの婚約者が、ダージャ家のご令嬢だったと……。じゃあこの女性は、その家に連なる人?)


「アルフェイグ王太子殿下でいらっしゃいますね?」

 パルセは青い目に涙を浮かべ、アルフェイグがうなずくと深く頭を下げた。

「無事のお目覚め、お喜び申し上げます」


「僕が眠っていたこと、知っていたのか?」

 アルフェイグはソファを回り込み、私の隣に立ってパルセに向かい合う。

 パルセは私たち二人に視線を配りながら、説明した。

「知っていたといいますか……百年経ってお姿をお現しになったので、そうに違いないと。殿下の婚約者であった曾祖母は、ご存命を信じていたそうです」


(じゃあこの人は、アルフェイグの婚約者の曾孫……)

 私は驚きながら、とにかく話してみることにした。

「お二人とも、おかけになって。……当時のこと、あなたのお家に伝わっているのね?」

「はい」

 パルセはうなずき、語り出す。

「殿下は魔導師と共に行方不明になられたのだから、何らかの魔法で守られているはずだと、曾祖母は信じていたようです。けれど、殿下と魔導師はとうとう、お姿をお現しにならなかった。王家が滅び、為すすべがなくなったダージャ家はオーデンを離れ、親戚を頼って転々としました」

「…………」

 苦労を思ってか、アルフェイグは口を引き結んで、彼女の話を聞いている。けれど、パルセは柔らかな表情で続けた。 

「その後、曾祖母は、王家の秘密の城が存在することを知りました。殿下と魔導師はそこにいらっしゃるのではと、人をやって調べさせようとしたのですが、体制の変わった国内は混乱しており、断念したそうです」

「そうか……」 

「百年経った今──ああ、今、私たちはティチー伯爵領の片隅でひっそりと暮らしているのですが、アルフェイグという御名を名乗る方が王宮を訪ねたと聞きました」 

 パルセは明るい笑みを浮かべた。ティチー伯爵領は、グルダシアの北部だ。

「どんな魔法も、百年経てば消滅すると言われています。ダージャ家の者たちは、殿下を隠していた魔法が百年経って消滅したんだ、きっとずっと眠っておられたんだと理解しました。そして、本当にアルフェイグ様ならお会いできないかと、ティチー伯爵にご相談しました。その件がコベック様のお耳に入り、ここに私を代表としてお連れ下さることになったのです」


 ティチー伯爵からどうしてコベックにそんな話が伝わるのか、正直いぶかしいけれど、喜ばしい出会いには違いない。

 アルフェイグは瞳を煌めかせている。

「それは、遠くから大変だったね。ダージャ家の存続は、僕にとってどんなに嬉しい出来事か。訪ねてきてくれたこと、感謝するよ」

「はい……光栄です……」

 パルセは答えたきり、声を詰まらせ、感極まったようにはらはらと涙をこぼした。


(ああ、まだこんなに、アルフェイグは影響力を持っているんだ。本当に嬉しそう)

 私はパルセを見守りつつも、その隣、借りてきた猫のようにおとなしいコベックの様子が気になっていた。

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