第3章

19 儀式の準備を始めました(注・魔法は私の担当です)

 こうして、私とアルフェイグは、オーデン公爵領に戻ってきた。


 馬車で森を抜ければ、いつの間にかすぐそばをソラワシのアンドリューが飛び、モリネコのマルティナが横をとっとこ着いてきている。

 ほんの二週間ほど領地を離れていただけなのに、懐かしさにきゅうっと胸が締めつけられた。


「みんな、ただいま! 会いたかったわ! 後で森に行くからー!」

 窓から身を乗り出して手を振っている私を見て、アルフェイグがクスクス笑っている。

「やっと戻ってきたんだ、心行くまで癒されて。落ち着いたら、僕も一緒に散策に行っていいかな?」

「えっ、あっ、元々あなたの国の森だもの、いつだってどうぞ?」

 私は振り向いて返事をする。もはや、隠しておくべきことはない。彼は自由だ。

「うん。でも今日の所は遠慮しておくよ」

 アルフェイグは笑いを納めながら言う。

「王宮で、ルナータが社交界と距離を置いている理由がよくわかったから。僕のことを気にせず、動物たちとゆっくり過ごして欲しい」


 彼は反対側の窓に目をやったけれど、すぐにもう一度、私を振り向いた。

「あ、ひとつ、いいかな。儀式が終わったらでいいから、頼みがあるんだ」

「何?」

「魔導師カロフの墓を、作ってやりたい」

「お墓を?」

 聞き返すと、彼は私の側の窓から森を眺めた。

「『止まり木の城』を出たまま戻らなかったんだから、おそらく、キストルの手の者に見つかったんだと思う。ダージャ家に向かう道中、この森のどこかで、命を落としたのかもしれない。……そうでなくても百年経っているから、当時五十代だった彼女はとっくに亡くなっているだろうし」

「彼女? 魔導師カロフは、女性なの?」

「うん。まるで母上のように遠慮のない人だった。……不思議だな、僕にとってはついこの間、会ったばかりなのに……彼女はもういない」


 アルフェイグは、きっととてもカロフを慕っていたのだろう。そしてきっとカロフも、アルフェイグを大事にしていたに違いない。


 私は答える。

「山を少し上ったところに、オーデンの町を見下ろせるいい場所があるの。そこにお墓を作りましょう。石工を紹介するわ」

「……ありがとう」

 アルフェイグは微笑んだ。


 その日、帰宅して着替えるなり森に飛んでいった私が、心ゆくまで動物たちと過ごしたのは、言うまでもない。



 一週間後、王宮から使用人が派遣されてきた。

 レムジェという名の三十歳男性で、アルフェイグを監視しつつ、彼の従者を務める人物だ。


「その……時々、報告書として宰相殿に手紙を送ることをお許し下さい」

 地顔なのか、気持ちが顔に出ているのか、どこか困ったような顔のレムジェは、ためらいがちにそう言った。

 アルフェイグは彼に同情したようで、

「君も大変だな。信じてもらえるかはわからないけど、僕はグルダシアに背くつもりは今のところ全くないから、平和な日々になると思うよ」

 と励まし(?)ていた。


 アルフェイグがノストナ家に来てから今まで、従者の役目はモスリーが張り切ってやっていた。役目を奪われてがっかりしているのではないかと気になり、使用人の頭であるセティスに「ちょっと彼と話してみて」と声をかける。

 ほどなく、彼女はモスリーと話してくれたようで、

「『レムジェはいい奴ですね!』とニコニコしてましたよ。実際、レムジェは偉ぶるところもないし、今のところ穏やかに過ごしています。生真面目すぎるきらいはありますが、監視役にはぴったりの人柄でしょうね」

 と報告してくれた。

 長いつきあいになるだろうから、使用人たちの間がうまくいきそうで、私もホッとした。



 平和な毎日の中、私とアルフェイグは真夏に向けて、成人の儀式の準備を始めた。

 ご先祖への供え物に使う穀物や野菜・果物などをリストアップして、必要な時に届くよう手配する。


 一番心配していたのは、儀式用の服だ。何しろ、アルフェイグは着たまま変身する。魔導師がいない今、服にかける魔法はどうするのか。

 けれど、アルフェイグはさらりと言う。

「僕が発見されたときの格好で大丈夫だよ。服の魔法も百年、止まっていたんだから、機能してくれると思う」

「よかった、ホッとしたわ。そんな特殊な魔法、私がかけることになったらどうしようかと」

 胸をなで下ろす私を見て、やはり彼は面白そうにクスクス笑っていた。


 それにしても、魔法がかかっている服の時間を、時の魔法が止める──二重に魔法をかけることができるということを、私は初めて知った。

 精霊魔法は奥が深い。ますます興味がわいた。


 魔法が必要な行程は他にもあった。儀式に使う灯りは精霊がもたらすべきもので、火魔法で作る決まりがあったのだ。

 当然、やれるのは私しかいない。私は、火魔法が苦手──違った、火魔法「も」苦手だけれど。

「これは、ルナータに頼んでもいいのかな……?」

 アルフェイグが捨てられた子犬のような目で私を見るので、私は「も、もちろんいいわよ、これくらい!」と言ってしまい、火魔法の魔法書を書庫から引っ張り出してきて練習に励むことになった。

(儀式の準備で一番時間がかかるの、ひょっとして私では……?)


 そんな準備の合間、公爵邸で過ごすアルフェイグは、私との時間を楽しそうに過ごしている。

 仮にとはいえ、国王陛下にもお目通り叶ってオーデンの王族だと表明したので、町で暮らしているオーデン王国の子孫たちと彼を引き合わせた。ユイエル先生とだけは話したことがあったけれど、他にも子孫は残っているのだ。もちろん、うちの料理人アンジェも。

 皆、緊張しながらもとても嬉しそうに、家に残っている先祖の記録についてあれこれ語ってくれた。

 行き帰りに建造物を見ながら、アルフェイグは私の知らない歴史を話してくれる。

「私の知らないこと、まだまだたくさんあるのね」

 夢中で聞いている私に、彼は嬉しそうに笑う。


 約束通り、一緒に森へも出かけた。

 コベックの一件以来、マルティナもアンドリューも私を心配してくれているらしく、森に入るとすぐに姿を現してくれる。儀式のために『止まり木の城』を見に行くときにも、ぴったりとついてきて、私たちを見守っていた。

 おかげで、私はゆっくりと城の中を見ることができた。警備隊長の言っていた塔の地下へも降りて、確認する。

「ここが、儀式の場になるんだ。開け方は僕が知ってるから、当日、開けるよ。中には祭壇があって、あとは王家の宝物ほうもつが保管されてる」

 鎖のかかった扉の前で、アルフェイグが教えてくれた。


 渓流の岩場にアルフェイグと並んで、一緒に釣りをすることもある。

「実は、釣りって初めてなんだ。割と面白いけど、つい君に話しかけたくなるから、声で魚が逃げてしまうね」

 なんだかんだ言いつつ、彼は楽しそうだ。

「あ、そういえば、当日の朝はここで禊ぎをするんだよ」

「はぁ!? そんな神聖な場所なの!? 先に言ってよ!」

「別に大丈夫だよ、釣った魚も食べることで自然に帰る。何も不謹慎なことはないし」

 アルフェイグはどこまでも、自然体である。


(この人は元王族で、しかも男性なのに、どうして私の上に立とうという考えにならないんだろう)

 私は不思議に思う。

(私の後ろにグルダシアがいるから? 公爵邸で世話になっているから? 私の方がかなり年上だから? それとも、私といればオーデン公爵領の運営に関われるから……?)

 彼が私に優しい理由なら、いくらでも挙げることができる。けれど、その熱を感じる瞳が私に向けられるのを見ていると、どれもしっくりこないのだった。

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