17 国王陛下は親切です(注・大きなお世話とも言いますが)
時魔法が存在することを信じてもらった、その後──
アルフェイグにはグルダシアに弓を引く意志が全くないことや、私から見た彼の穏やかな様子などを、陛下にゆっくりと聞いてもらうことができた。
「オーデン公ルナータ殿が、オーデンの文化を守って下さっていることを知り、感動しました。百年が経ったのですから、本当なら我が国が跡形もなくなっていてもおかしくはなかった」
アルフェイグは私を見つめ、そして陛下に視線を戻す。
「私は、国という『形』を守りたいのではありません。オーデンに暮らす人々の、今の幸せを守りたいのです。そして、ずっとそうして下さっていたルナータ殿と、そのルナータ殿が戴く国王陛下に、今後は私もお力添えさせていただきたいと思っています」
「我が国としては、アルフェイグ殿にグルダシアを乱す意志なしということであれば、全く問題ござらん。そうだな、宰相」
陛下が宰相を見ると、彼も答える。
「はい。儀式を行うことを前提に、グルダシアの監視下で……ということにはなりますが、自由に暮らしていただいてかまいません。当面の援助もさせていただきます。王都にお住まいもご用意しましょう」
「いや、それはどうかな」
ふと、陛下が思いついたように口にした。
「オーデン公領をルナータがそのように立派に治めているのであれば、アルフェイグ殿もそこを離れたくはないだろう。引き続き、オーデン領で暮らしてはどうかと思うが……ルナータはどうだ?」
「あ……ええ、もちろん私は歓迎いたします。落ち着いて暮らせるよう、お手伝いさせていただきますわ」
私は同意した。
(でもその場合、監視はどうするのかしら)
陛下はアルフェイグに尋ねる。
「今は、公爵邸に滞在しておられる?」
「ええ、何不自由なく過ごさせてもらっています」
「ならばそれでよいでしょうな」
陛下が、うむ、とうなずいたので、私は「へ?」とポカンとした。
そして、あわてて身を乗り出す。
「あのっ陛下、今の公爵邸は私の一人暮らしで手狭ですので、いずれ他に屋敷を」
「手狭なら、ガインが生前暮らしていた屋敷に戻るという手もあるな。二人で住んでも余裕があるだろう」
「い!? いえっ、私と一緒でなくとも別に」
「ルナータとアルフェイグ殿は、良好な関係を築いているようだ。ルナータに監視役の一人として見守られるのであれば、アルフェイグ殿も窮屈な思いをせずに済むと考えるが、いかがか」
アルフェイグは、パァーッと輝くような笑みを見せる。
「ご慧眼、感服いたします。なんとありがたい」
「他にも一人二人、監視をつけさせて頂く。心苦しいが、使用人として役に立つ有能な者を手配するので許されよ」
「重ね重ね、ありがとうございます」
陛下とアルフェイグの間で、サクッと話がまとまってしまった。
(えええー!?)
私が呆然としている間に、陛下は立ち上がる。
「さて、次の予定がある、忙しいことで済まぬな。アルフェイグ殿、ゆるりと過ごされよ。滞在中に一度、食事を共にいかがかな」
「ぜひ。楽しみにしております」
陛下とアルフェイグは、にこやかに握手を交わした。
(ちょっと待って、これこのまま話が終わって大丈夫!?)
焦った私はアルフェイグを置いて、立ち去ろうとする陛下に「陛下」と小走りに近寄った。
陛下は足を止め、ちらりとアルフェイグに視線を走らせた。そして、彼に聞こえないようにか、私に軽く頭を近づけておどけた口調でささやく。
「コベックに使者の役割を与えたが、そなたとまた
「え……」
「『ルナータの支えになりきれなかった』と悔やんでおったから、使者として再度の機会をやったのだが。まあ、また婚約することはないにしても、あまり邪険にしないでやってくれ」
(……そんな風に思っておいでなのね)
私は言葉に詰まる。
コベックは陛下の前では、私に振られてへこんでいる被害者という態度でいるのだろう。
(でも、それはしょうがないわ。私が、私から婚約破棄したという体にしたんだもの)
それは、なけなしの
けれどそれを利用して、コベックは使者の役目を得、あんな行動に出たわけである。彼が私に何をしたか陛下に明かしても、信じてもらえるかどうか。
「そなたが身を固めてしまえば、コベックも諦めるのだろうがなぁ」
陛下はまた、ちらりとアルフェイグに視線をやると、はっはっは、と笑いながら部屋を出ていく。
(ああ……陛下は、私とアルフェイグがそうなればいいと思って、同居の方へ話を持って行ったわけね。未練に悩むコベックのために。そして……今も独身で可哀想な、私のために)
私はただ、黙って、頭を下げるしかなかった。
私とアルフェイグは、王宮の庭園の見えるバルコニーに出た。王宮の使用人が、お茶を用意してくれたのだ。
バルコニーの手すりに近づくと、ふわり、とそよ風が頬を撫でる。私は少し視線を上げ、深呼吸した。
「大丈夫? 疲れた?」
私が黙っているので心配したのか、アルフェイグが目の前で手をひらひらと動かした。
「……大丈夫よ。色々と考えることが多くて、頭が破裂しそうだけど」
「そうだよね。君はあんな花の準備まで考えていたんだから。驚いたよ」
隣に来て手すりにもたれ、彼は笑った。
花のことに頭を切り替え、私は苦笑して肩をすくめる。
「黙ってて悪かったわ。期待させておいて、失敗して枯らしたらおしまいでしょう、だから言えなくて。私、本当に土魔法以外は苦手なんだもの」
正直に言うと、アルフェイグはじっと私を見つめた。
いたたまれなくなって、私は続ける。
「ごめんなさい、隠し事は二度目だものね。不快に思っても仕方ないけど──」
「不快に思ってなんていないよ。毎晩かけ直したって言ってたね。同じ宿に泊まっていたのに、気づかなかった」
彼はささやくように言う。
「ルナータのいいところ、また一つ。諦めずに状況を打破する力を持っているところ」
「だから、それ数えなくていいってば」
身を翻そうとすると、するり、と手を取られた。
「ルナータ」
「はいっ!?」
驚いて返事をすると、アルフェイグは幸せそうに微笑んだ。
「これからも、オーデンで一緒に過ごせそうで、嬉しいよ」
「で、でも公爵邸で一緒になんて」
握られている手をどうしようか迷いながら、私はつい自虐気味に微妙に話を逸らせる。
「まあ、あなたのような身分の人が暮らすちゃんとした屋敷を新しく用意することなど、私にはできないだろうと思われたのかもしれないけれど」
「またそうやって自己評価を下げる。ほら、座って、温かいものでも飲んで」
アルフェイグはちょっと呆れたように言いながらも、私の手を軽く引いてバルコニーの椅子に座らせた。
私がお茶のカップに口をつけるのを、彼は見つめながら、口を開く。
「陛下は、ルナータを大事になさっているんだね」
「……父に、恩を感じて下さっているの。だから、娘の私のことも」
(そう。陛下はずっと私を可愛がって下さっているけれど、私には決して政治の話はなさらない。父を公爵に取り立てた時にはあった議席が、私には受け継がれなかったことについても、説明はなかった。女だから、当たり前のように……)
急逝した父の仕事を受け継がなくてはと、議会についてこちらから質問したときの、宰相の「女なのに、何を言っているんだ?」というようないぶかしげな顔は、今でも覚えている。
「私、ちっとも父の仕事を継いでいない、形ばかりの公爵なのに、ああして優しくして下さるのよ。……感謝、しないとね」
さっきのコベックに関する会話を思い出し、苦い思いをかみしめながら、私は微笑んだ。
アルフェイグはお茶のカップを置き、テーブルの上で手を組む。
「もしかしたら、僕と君は似ているのかもしれないな」
「えっ?」
(私なんかと、アルフェイグが?)
驚いて顔を上げると、彼はカップを見つめたまま言う。
「オーデン王国は小さな国で、常に大国キストルの動向に影響されてきた。自国だけで決められないことも多かった。オーデンの王族たちは、王家が形骸化しないように、意味を見いだそうとして、代々葛藤してきたんだ。もちろん、僕もね」
彼は私を見た。
「だから、僕たちはずっと、形よりも心の内の誇りを大事にしようと考えてきた。誰の命令で、何を行うとしても、それをどんな気持ちで為すかによって結果は違う。小さな違いでも、子々孫々受け継がれるうちに、積み重なっていく。……今の状況でどうしようもないことがあっても、未来のいつか、別の状況になった時、積み重なったものが芽吹くんだ。きっと」
「アルフェイグ……」
励まされている、と感じて、胸が温かくなる。
「……そうね。私がもう少ししっかりすれば、いつか別の女性が高い地位についた時に、何か任せようという風になるかもしれないわね。ルナータがしっかりしていたのだから、って。そうできるといいけど」
「もう、できつつあると思うけど?」
またもや、アルフェイグは私を買いかぶる。
私は反射的に、またもや話を逸らした。
「あ、そうそう、天文学者を手配して下さるって言っていたわね。儀式の日取りを決めるために」
「うん。なるべく早く、儀式を行えるようにしよう。……ええと、それで、ルナータに相談があるんだけど」
アルフェイグはひとつ、咳払いをした。
「その……伴侶か、もしくは婚約者の立ち会いが必要だと言ったよね。その役を、ルナータに頼めないかな」
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