16 国王陛下に謁見しました(注・一応準備はしてきました)
通されたのは、国王陛下が私的な用事で使う、こぢんまりとした応接室だった。
大きな円卓に座って待っていると、やがて奥の別の扉から、陛下と宰相が入ってきた。
私とアルフェイグは立ち上がり、私は膝を軽く折る挨拶を、そしてアルフェイグは右手を胸に当てて頭を下げる挨拶をする。
「おお、ルナータ! 元気そうだな、何より、何より」
陛下は私に親しみのある笑顔を見せた。そして、アルフェイグに向き直る。
「アルフェイグ・バルデン・オーデン殿……でしたな」
思っていたよりざっくりと、陛下は偉ぶることなくアルフェイグに近寄って握手を求めた。
アルフェイグは穏やかに応える。
「どうぞアルフェイグとお呼び下さい、グルダシア国王陛下。拝謁の機会をいただき、感謝しております」
「オーデン王家に連なる方と聞けば、お会いしないはずがない。遠路お疲れだろう」
お互いに親愛の情を示したところで、硬質な声が割って入る。
「その件ですが、先にはっきりさせておいた方がよいでしょう、陛下」
宰相だ。
「ああ……うん」
陛下はちらりと彼を振り返ってから、柔和な表情ながらも笑みを収め、アルフェイグから私に視線を移した。
「ルナータの手紙で、だいたいのいきさつは知っている。しかし、オーデンの王族を名乗る人物が現れれば、それが本当かどうか、やはり確かめなくてはならない。この点については、同意してもらえよう」
「はい」
「ええ、もちろんです」
私とアルフェイグはうなずく。
陛下は私たちに座るよう促し、その場の全員が円卓についた。
アルフェイグが口を開く。
「陛下は、ご存じでしょうか。オーデンの王族は、グリフォンの姿をとることができると」
「父王から聞いたことがある。しかし、半ば神話のようなものだと思っていた。父王は祖父から聞いたと言っていたが、その目で見たわけではないことであるし、詳しいこともわからぬ」
「無理もないことです。王家は神秘性を増すため、意図的に詳細を外部に漏らさぬようにしてきました」
アルフェイグはうなずき、続けた。
「王族は成人の儀式において、初めての変身をします。幼い内に変身すると、人間の形よりもグリフォンの形に引きずられてしまったり、単純に身体がついていかなかったりといったことが起こるので、そう定められています。あくまで、人間の姿を本性として存続していくための掟です。──私はもう成人の儀式を行える年ですので、儀式さえ済めば変身した姿をお見せし、オーデンの王族だと証し立てることができます」
アルフェイグは落ち着いて説明する。
「私としても、その姿を陛下にご覧に入れたく思っていますので、儀式の後に機会をいただければと」
「なるほど。血縁をたどって本物だ偽物だなどと揉めるより、それが一番、確かであろう。誰が見ても納得する。しかし、儀式が終わるまでははっきりしないことになるな」
陛下が言い、宰相も軽くうなった。
「その儀式は、この王都ですぐに行えるのですか」
アルフェイグは彼を見て答える。
「儀式の場所は、オーデン領になります。そして時期ですが、王宮に天文学者はおられるか? 知恵を拝借し、吉日を選定して儀式の日を決めてしまうことができれば、私も助かります」
「……かしこまりました、後ほど学者を呼びましょう。さて」
表情を変えないまま、宰相の視線が私の方を向いた。
「オーデン公爵におかれましては、話したいことがあると手紙に書かれておいででしたな」
「ええ」
私は一度、アルフェイグと目を合わせてから、陛下と宰相の方を向いた。
「手紙には、アルフェイグ殿はオーデン王家に連なる人物らしい、と書きましたが……実は、彼は子孫ではなく、オーデン最後の王太子、その人であると思われます」
「……どういうことかな?」
陛下は不思議そうに眉を潜める。
私は、アルフェイグが百年眠っていたのではないかということを説明した。
この件を明かすことは、二人で相談して決めた。
荒唐無稽に聞こえるのはわかっている。けれど、信じてもらえないだろうからといって、アルフェイグはただの(?)末裔だということにしてしまうと、それはそれでおかしなことになる。彼までの間に連なる血筋の人物が、一人も存在しないからだ。逆に怪しまれてしまう。
信じてもらうためには、正直に言った方がいいだろう……ということになった。それで少し怪しい部分が残ってしまったとしても、いずれグリフォンの姿を見せた時に解消される。
宰相がため息をつく。
「王族であるということはともかく……百年前の王太子、いや、つまり実質的には最後の王である、となりますか。にわかには信じがたい」
「そもそも、そのような魔法、あり得るのか?」
陛下もさすがにいぶかしげだ。グルダシアにおいて、魔法は単なる『おまじない』に近い。
「王家お抱えの魔導師、僕の配下であるカロフがかけた、時と眠りの魔法です。優秀な魔導師でした」
こういう反応が返ってくることは想定内だったので、アルフェイグは落ち着いて答えている。
けれど実は──
アルフェイグには黙っていたけれど、私はこの件、何とか信じてもらえるようにと準備していたのだ。
「魔法についてですが、少し、よろしいでしょうか」
私はセティスを呼んでもらった。隣の間で待機するよう、王宮の案内係に頼んで手配してあったのだ。
「失礼いたします」
セティスは、両手に箱を捧げ持って入ってくる。靴が入るくらいの大きさの、木の箱だ。
彼女は円卓にそれを恭しく置き、頭を下げて出て行った。
私はそっと、箱の蓋を開き、陛下の方へ滑らせる。
中には布が敷いてあり、その上に切り花が置かれていた。葉が花のように放射状についていて、真ん中に手のひらほどの大きさの白い花が一輪、開いている。花弁の先がとがった八重咲きのその花は、うっすらと虹色の膜に覆われている。
「…………」
アルフェイグは不思議そうに、私にちらりと視線をよこした。この花について、彼には説明していない。
私は安心させるように、うなずいてみせる。
「これが何か?」
宰相が眉を片方上げた。
私は説明する。
「オーデン固有の品種の木、ヴィータルーナの花です。森の奥深くに木があり、一輪ずつしか花を咲かせず、一晩で萎みます。出発の前日に切って参りました」
「何? しかし萎んでおらんぞ」
「はい。けれど、箱に入れて蓋を閉め、持ってきました」
「何日も、水もやっていないのか?」
陛下が軽く目を見開く。
「見ろ、宰相。この花のみずみずしいことよ。まるで切ったばかりのようだ」
「アルフェイグ殿にかかっていたのと、近いものと思われる魔法をかけました」
私が言うと、隣にいるアルフェイグは驚いたのか、軽く息を吸い込んだのがわかった。
私は続ける。
「私の魔法は拙いので、毎晩かけ直してようやくここまで保たせました。けれど、オーデン王家お抱えの魔導師ともなれば一度で、アルフェイグ殿を百年の間、まるで時が止まったかのように眠らせておくことは可能かと思われます」
「ほぅ……」
「なるほど……」
陛下も宰相も、うなった。
やがて、陛下が私たちを見る。
視線に、さっきまであった疑いの色が、ほとんど消えていた。
「世界には、余の想像もつかないことがいくらでも存在するのだな。非礼を許されよ」
「いいえ、当然のことかと」
アルフェイグは答え、そして、私を見て目をキラキラさせた。
私はこっそりと、ため息をつく。
(はぁ、やっと終わった。これで毎晩、あの小難しい時魔法と格闘しなくて済むわ)
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