15 王宮に着いてしまいました(注・着きたくなかったけど)
そして翌日も、馬車は行く。
ふわ、と欠伸をしてしまった私に、アルフェイグは視線を寄越した。
「眠そうだね。眠れなかった?」
「ふぇ、あ、そうね。ちょっと」
「寄りかかって眠っていいよ。あ、膝枕がいい?」
「結構ですっ」
そんな会話をしながら、人なつっこいアルフェイグとこれだけ一緒にいるのだから、私も打ち解けようというものだ。
話をするうちに、話題はまたもやオーデン王家周辺のことになった。
「それじゃあ、止まり木の城のアレは、本当に止まり木として使うのね?」
城の塔の上にあった鉄棒に似たものについて聞くと、彼はうなずく。
「そうなんだ。あの城で休暇を過ごす王族は、王宮で夜中にこっそりグリフォンに変身して、城まで飛んでいく。そして、止まり木にいったん止まってから人間の姿に戻り、屋上から中に入る」
「どうして夜中なの? グリフォンの姿を見られたらいけないの?」
「国民には、あまり軽々しく見せないことになってるね。祭祀の時とか、特別な時だけだ。しかも国民は、王族が変身しているとは思っていない」
「あの、はしたない質問で申し訳ないのだけれど、変身する時って服はどうなるの?」
「王族の服には、魔法がかかっているんだ。だから着たまま変身できるし、人間に戻ると身にまとっている状態になってる。城でルナータが僕を見つけた時に着ていた服もそうだよ」
「アルフェイグは、まだ変身したことがないと言っていたけれど、誰かが変身する様子を見たことはあるのよね?」
「うん、あるよ。父上にあの城に連れて行ってもらったこともあったし」
「ええっ!? それって、背中に乗って!? なっ、何てうらやましいの!?」
ここまで来ると、アルフェイグは笑い出す。
「あははは、ルナータは本当に動物が好きだね! グリフォンの話になると目の輝きが違うよ。質問責めだし」
「わ、悪かったわ。動物のこととなると夢中になってしまうの」
あわてて視線を泳がせていると、彼はクスクスと笑いながら言う。
「あ、でも、魔法の話も楽しそうだった。ルナータは、動物の話をしている時と、魔法の話をしている時が、一番綺麗だね」
「えっ」
私は驚いて、パッと目を逸らす。
「べ、別に、好きなものの話をしていると楽しいから顔に出ちゃうだけよ。誰でもそうでしょ」
すると、アルフェイグは長身を軽く屈め、私の顔をのぞき込んだ。
「じゃあ、君が誰かを愛したら、その人は毎日、こんなに楽しそうな君を見られるんだね。それはすごく幸せなことだな」
「そんな相手がいればね!」
私はツンと、窓の外に目を逸らしたのだった。
目の前に、美しい庭園が広がっている。
綺麗な升目に区切られた一つ一つの花壇には季節の花が咲き乱れ、神々の彫像が思い思いの動作で神話を謡い、水盤では鳥たちが水しぶきを煌めかせながら水浴びをしている。
庭園を馬車で通り抜けていくと、その行き着く先に、壮麗なクリーム色の巨大な建物があった。
グルダシアの王宮である?
(到着してしまったわ)
王宮にいい思い出のない私の気分は、重くなるばかりだ。
やがて、馬車が止まる。
外から御者が扉を開けてくれ、先に下りたアルフェイグが私に手を差し出した。彼の手に自分の手を委ね、私も馬車を降りる。
目の前の広い階段は、まるで私の来訪を拒むかのように、塵ひとつなく真っ白だ。
このまま回れ右してセティスに泣きつきたい気分だったけれど、セティスとモスリーの乗った馬車はすでに使用人用の入り口の方へ回ってしまったので、ここにはない。
思い切って、足を踏み出す。
ちらり、と見ると、アルフェイグは落ち着いた様子で私の隣を歩いていた。
(まるで、この王宮の主みたい。いるだけでその場の主導権を握れるのは、やっぱり自分に自信があって堂々としているからかしら。彼は王太子――王で、そしてちゃんと、王らしさを備えている)
思いを巡らせながら、ホールに入る。彫金の施された壁の装飾、美しい天井画が、私を見下ろしている。
階段を上ると、広い廊下に出た。片側は窓で、その反対側にはソファや低いテーブルが置かれ、サンルームのように過ごせるようになっている。
そこで、何人かの貴族たちが談笑していた。
彼らは私に気づくと、立ち上がって緩やかな動作で挨拶する。
「これはオーデン公、お久しゅうございます」
「オーデン公、お元気そうで何よりです」
(アルフェイグの前で、オーデン公、オーデン公って言われると、何だか彼に申し訳ないわ)
私はさらに重い気分になりながらも、笑顔を作って挨拶を返した。
「皆様、ご機嫌よう。王宮になかなか伺えず、失礼しております。皆様もお変わりなく」
「いやいや、変わっておりますよ、ご存じないでしょうけれど。それぞれ領地やら何やら色々抱えておるもので」
「オーデンは平和でいらっしゃるんですな、実にうらやましい」
早速、ちくちくとトゲが飛んできた。私は愛想笑いをする。
「おお、もしかしてそちらが、かのお方では」
すでに噂は広まっているようだ。貴族たちがアルフェイグに目を向けたので、私は一歩脇に避け、紹介する。
「ええ、旧オーデン王国の王族に連なるお方です。アルフェイグ・バルデン・オーデン殿」
アルフェイグは微笑み、言った。
「グルダシアを導くお歴々に会えて光栄です」
たちまち、貴族たちはさんざめく。
「お若いのね」
「素敵」
「これは、女性たちが放っておきませんな」
そして。
「さぞオーデンの地には特別な思いがおありでしょう」
「現オーデン公ルナータ様は、女性の身で苦労しておいでだ。アルフェイグ殿に力をお貸しいただければ、肩の荷が多少なりとも下りるのでは?」
「そうだそうだ。陛下のお許しがあれば、アルフェイグ殿にオーデン公爵領を統治していただくこともできましょう」
「ルナータ様には、ノストナ家の血を残すよう陛下も期待されていることですし、そちらに集中されては。年齢的にも、そろそろお急ぎにならないと」
私は笑みを崩さないまま、口を開く。
「まあ、皆様、アルフェイグ殿の陛下との謁見はまだこれからですわ。今後のことはそれから──」
「──ここにおいでの方々は、オーデン公爵領を訪れたことはおありか?」
アルフェイグの声に、私はハッとして振り向いた。
彼もまた、さっきと同じように微笑んでいる。けれど、声に一本、芯が通っていた。
「
アルフェイグは私の目を見つめながら、片手を胸に当てて尊敬の意を示した。
「このような方を擁し、オーデンは──グルダシアは何と幸福なことか」
一瞬、廊下は静まりかえった。
「ま、まあっ、恐れ多いわ」
私は思わず彼から目を逸らし、にっこりと貴族たちを見回した。
「それでは皆様、陛下がお待ちですので、これで」
「あ、ああ、これは失礼」
貴族たちが道を空け、私たちはその場を去った。
「……ルナータ」
廊下の角を曲がったところで、アルフェイグは固い声で言う。
「オーデンを統治している君の前で、僕に統治させろと言うのは、僕にはとても失礼なことに思えるんだけど。彼らはどういうつもりでああ言ったの?」
「さぁ? でも、私は気にしていないわ」
説明するのもしんどかったので、私はただ落ち着いた声を出すことに集中する。正直、あの程度で済んでホッとしているくらいだ。
「アルフェイグが褒めてくれて嬉しかった、ありがとう。さぁ、もう謁見の間よ」
「…………」
短くため息をついてから、アルフェイグは気持ちを切り替えたようだ。
「わかった。行こう」
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