第2章
14 王宮に向かいます(注・道中の時間も無駄にはしません)
私たちは、グルダシアの王都タージェンに向かうことになった。国王陛下に謁見するためだ。主にアルフェイグが。
私は付き添いである。
王都に出発する前に、私たちはある問題について話し合っていた。
「ルナータは、魔法のかかった『止まり木の城』で僕を見つけてくれたから、僕がオーデンの王太子だということをすんなり受け入れてくれたと思うんだけど」
アルフェイグは腕組みをしながら言う。
「グルダシア国王には、『僕は王太子です』と言うだけでは証明にならない。他の方法が必要だな」
「変身して見せるわけにはいかないの? 変身できるのは、王族だけなんでしょう」
私は何気ない風でそう言ったけれど、正直、私が見たいのである。彼のもう一つの姿であるグリフォンをいつ見られるか、めちゃくちゃ楽しみにしているのである。
アルフェイグは肩をすくめた。
「それが一番早いけど、成人の儀式を済ませてからでないと変身してはいけないという掟があるんだ。先に儀式をしないと。でも、儀式を行うためには吉日を選ばないといけないし、準備もあるから、すぐというわけにはいかない」
「そう。じゃあ、そのあたりは陛下に正直に話しましょう。『証明できない』というわけではないのだから、待っていただけるようにお願いすれば……。儀式って、その……今でも行えるのね?」
王国が滅びた今でもできるのか、という意味で、ためらいつつも聞いてみると、アルフェイグはうなずいた。
「実は、『止まり木の城』で行うことになっているんだ。あの城があるから、十分可能だよ」
(ああ、それで魔導師は、婚約者を城まで連れて来ようとしていたのね)
私は納得し、質問する。
「あ、でも、伴侶か婚約者の立ち会いが必要なのよね?」
「あー、うん」
アルフェイグは、口元を隠すようにしてちょっと考え込む。
「立ち会えない場合、文献には……確か別の解釈をした例が……」
彼はなぜか、私をちらりと見て目を逸らし、そして手を下ろした。
「ちょっと、考えておくよ」
「あ、ええ。それにしても、あの城は本当に重要な場所だったのね」
「そう。今はもう魔法が解けているけれど、当時は本当に王族しか知らない、王族しか行き着けない場所だったから、重要な儀式もそこで行われていたんだよ」
とにかく、アルフェイグが王太子だと証明することができない状態で、国王に謁見することになるのは確かだ。疑わしげな目で見られたり、話をする時に尊重されなかったりしたら、私としても嫌な気持ちになる。
(ある程度は信じてもらえるように、手を講じなくてはね。うまくいくかはわからないけれど)
一応、私はそのための準備をすることにした。
そして今──
私たちは、王都に向かっている。
馬車の中、私とアルフェイグは隣同士で座っていた。時々、馬車が大きく揺れると、肩が触れ合う。
アルフェイグは飽きることなく、窓から美しいオーデンの地を眺めている。
「百年経って、荒廃した祖国を見る羽目になっていたかもしれないと思うと、胸に迫るものがあるよ。ルナータのおかげで今がある」
彼がつぶやくように言うので、私は困って答えた。
「私なんて、まだ領主になってほんの数年よ。何もやっていないようなものだわ」
「君はどうしてこう、自己評価が低いんだろう」
わざとらしく呆れた風に、アルフェイグはため息をついた。
「な、何よそれ、失礼ね」
私は口答えでごまかした。
彼が私をベタ褒めしてくれるのは、まだこの国を知らないからだ。王都に行けば、グルダシアにおける女公爵の立場が嫌でもわかる。わかれば、きっと意見も変わるだろう。
そのあたりは覚悟していたけれど、もしかしたら私がコベックにしたやりすぎな仕打ちも、知られてしまうかもしれない。そして、「コベックが逆恨みするのも当然だ」と思われるかもしれない。
(ああもう、私のこんな個人的なモヤモヤ、国やアルフェイグにとってはどうでもいいことなのに)
私は黙り込む。
アルフェイグはそんな私の顔をじっと見つめていたけれど、やがて突然、私の目の前に指を一本立てた。
「よし。この旅の間、僕は君のいいところを十個見つけて、君に教えよう」
「は!?」
「まずは一つ目、勉強熱心なところ……」
「ちょ、やめて、無理!」
「無理じゃない。十くらい余裕だと思うけど。百にする?」
「違う、私が無理なのよ!」
(恥ずかしくて悶える! 王都までの間に殺す気か!)
こんな状態で王都まで行くのかと、私は後ろの馬車に乗っているセティスと交代したくなったのだった。
途中の宿では、アルフェイグとはもちろん別室である。
「はぁ……」
その日の宿に入り、寝間着姿で客室のベッドに突っ伏し、私はようやく身体の力を抜いた。セティスも別室に下がり、一人だ。
アルフェイグと二人で過ごす馬車の中は、まあ楽しいと言えなくもないけれど、どこか緊張が続いている。朗らかな彼が憎たらしいくらいだ。
「疲れたー。でも、やることはやっておかないと」
私は身体を起こし、ベッドに座り直すと、膝の上で
これは、私の曾祖母が魔法を教わっていた時のものである。曾祖母はとても几帳面な人で、教わったことをとても細かくわかりやすくまとめていた。祖母も、母も、これと魔法書を元にして魔法の知識を受け継いできた。
「大おばあさまのノートを見ると、自分がいかにいい加減かわかるのよね」
私は反省しつつ、苦手な魔法のページを開く。
『時魔法』だ。魔法をかけた空間や事物だけ、時間を早くしたり遅くしたりすることができる。
これは、土、水、火、風、それに闇と光の六つの精霊全ての力を合わせる上位魔法で、精霊同士が互いの力を高めあうことで発動する。つまり、ひとつの精霊語でそれ以外の精霊たちに呼びかける、というパートを六つこなす必要があって、超絶難しい。
曾祖母もこれは苦手だったらしく、ひとつひとつの単語の意味や発音のコツが細かく記されていた。
(天候や季節、唱える場所によって、使う精霊語を微妙に変えるっていうんだから、そりゃ難しいわよね。精霊は自然そのものなんだから当たり前だけど)
私はため息をつきながら、ページをめくる。
最後のページには、曾祖母の教師からのコメントが書き込まれていた。
『精霊魔法は、正義のためにあるのではない。あなたが大事なものを守りたい時、精霊は力を貸してくれるのだ。その魔法が誰のためのものか、常に心に問いかけなさい』
そして、崩した字体で読めないけれど、教師のサイン。
(力を振りかざすのではなく、何かを守るために)
私は時々このページを見て、自分を省みる。
正義とか、何か大きなものの代表のような顔をして、魔法を使っていないか。
誰かを傷つけたいという気持ちで、使っていないか。
(今までは自分を守るために使ってきた魔法だけれど、今回は……アルフェイグのために)
そして私はその夜も、精霊語の呪文を練習したのだった。
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