11 かつての婚約者が訪ねてきました(注・王家からの使いとして)
翌朝、予定通り、アルフェイグはモスリーとともに、馬で町へ出かけていった。
私はとにかく、黙っていたことを改めて謝罪しよう、そしてこの百年で起こった出来事や今のオーデンの様子などを説明できるようにしておこうと、執務室で資料をまとめる。
(資料は、読めばわかるようにしておこう。もしアルフェイグが内心は怒っているなら、私とそんなに長々と話したくはないだろうから……)
領地に関する書類の処理もあり、仕事に没頭する。
昼前になって、セティスがやってきた。
「ルナータ様。王都から、宰相様の使いの方が」
「手紙の返事ね、待っていたわ。……ん?」
私は顔を上げる。
「手紙じゃなくて、使いの方が直接いらしてるの?」
「ええ」
珍しく、セティスは困惑した様子だ。
「その……いらしてるのは、コベック様なんです」
「げっ!?」
私は一瞬、固まった。
三年前、婚約者だったコベックに王都で別れを告げられたことや、彼に土魔法をぶちかましてしまった時のことが、鮮やかに脳裏によみがえる。
「な……何であの人が」
「とにかく、応接間でお待ちです。……いかがいたしましょうか」
私は口元に手をやり、ぶつぶつとつぶやく。
〈アルフェイグには謝らなきゃいけないし、コベックを相手にしなくちゃいけない。ああもう、今日はどうしてこう、こんがらかるようなことばかり……でもどちらも自業自得と言えばそうなのよ……ちゃんと向き合わなきゃ〉
「ルナータ様……精霊語が」
セティスの呆れ声に我に返ると、花瓶の花の茎がうねうねと伸びてこんがらかり、私の目の前で花がひらひらしていた。『こんがらかる』と『向き合う』に反応してしまったらしい。
私は手を下ろし、ひとつ、深呼吸する。
「……すぐに行くわ」
応接室に入っていくと、野性的な男性が紅茶のカップをテーブルに置き、ソファからゆっくりと立ち上がった。
チーネット侯爵令息、コベックだ。
「オーデン公、お久しぶりです。ご機嫌麗しく」
大げさなほど丁寧に、彼は頭を下げる。
「ルナータで結構よ。どうぞ、お座りになって」
顔がこわばるのを感じながらも、私はコベックをまっすぐ見ながら、先に座った。
コベックも、私を見つめながら腰を下ろす。
「ではルナータ。宰相閣下からの手紙を持ってきた」
「あなたが来られるなんて、驚いたわ」
「これも仕事だ。領地の方は父も兄もいるので、王宮で陛下をお助けできればと思ってね。政に関わることを色々とこなしているよ」
「ずっと王都にいらっしゃるの?」
「ああ。結婚もしていない、身軽な立場なのでね」
口をゆがめるようにして、コベックは笑う。
これは、イヤミなのだろう。公衆の面前で私にぶっとばされ無様な姿をさらして以来、貴族たちは娘を彼の妻にしたがらないと聞いている。
……正直、あの時は、やりすぎた。彼が結婚できないほどやりこめるつもりなどなかったのに。
一抹の後悔を苦くかみしめていると、彼は言った。
「ルナータもまだ一人なんだな。王都に出てくれば出会いもあるのにと、皆、心配してるよ」
(あ、そういうこと言う? こちらの後悔とは別問題だわ)
私は笑ってみせる。
「結婚する必要を感じませんの」
「そう。まぁ、前置きはともかくとして」
コベックは、ふん、と鼻を鳴らして話を逸らし、スーツの胸元から手紙を取り出してテーブルに置いた。
「旧オーデン王国の王族の件について、宰相閣下から預かった」
私は黙って手紙を手に取り、開く。
(宰相からだわ。……これまでの経緯をさらに詳しく報告するように、ということと、旧オーデンの王族はグルダシア国王に謁見して恭順の意を示すべし、と……)
国としては、アルフェイグに勝手に独立運動など起こされては困る。当然の指示だ。
つまりアルフェイグは、少なくとも一度は王都に行くことになる。そしてその後も、何かしらの監視がつくのだろう。
「……ご指示、承りました。アルフェイグ殿は今、町を視察に行っているの。後ほど紹介します」
手紙をたたみながら言うと、コベックは口角を上げた。
「わかった。じゃあそれまでの間、例の森の城に案内してくれ」
「えっ、城に?」
「ああ。旧オーデン王族がいたというその場所を確かめてくるよう、宰相閣下に指示されているんだ」
私は一瞬、判断に迷う。
「そう。……ああ、じゃあこれからオーデンの警備隊を呼ぶから、警備隊の者に案内──」
言いかけたところへ、コベックがさらりと言った。
「行って戻ってくるだけだし、君が案内してくれ」
「私!?」
(げっ、まさか二人で行こうって? いーやーだー!)
内心で叫ぶ。
コベックは両手を軽く広げた。
「おお……これは失礼。私めなどが、オーデン公に案内させようとは、無礼が過ぎました」
(……なるほどね。身分が上の私に案内させて、自尊心を少しでも満足させたいわけ。相変わらずの人!)
そもそも、手紙を渡すだけならともかく、約束もないのにこちらに時間をとらせること自体、かなり失礼だ。
呆れたけれど、「お前のせいで結婚できない(意訳)」からのこんな話の流れでは、断るわけにもいかない。
私はしぶしぶ、立ち上がった。
「無礼なんてこと、ないわ。行きましょう」
セティスを呼び、外出することを告げると、彼女はかすかに眉を潜めた。
私はうなずいてみせ、コベックにも聞こえるように言う。
「昼食までに戻るから、用意しておいて」
「かしこまりました。午後の予定がございますので、お早いお戻りを」
本当は予定など特にないのだけれど、セティスも私がコベックと長い時間過ごさずに済むようにと、気を使ってくれている。
(そう。さっさと案内して、さっさと戻ってくればいい)
私は自分に言い聞かせた。
厩にはすでに、ベロニカが戻されていた。モスターがいないので自分で鞍を運び、用意をしていると、庭師のヴァルナが駆けつけて手伝ってくれた。
「ルナータ様、くれぐれも、お気をつけ下さいね」
作業しながらささやくヴァルナに、私は憂鬱な気持ちを隠してささやき返す。
「大丈夫。何かあったらまた、魔法でぶっ飛ばすだけよ。お医者様を呼んでおいた方がいいかもね」
「ルナータ様ったら」
ヴァルナは苦笑した。
そうして、私は不本意ながらコベックと馬を並べ、森へと出発した。
「こんな風に馬を並べるのも、久しぶりだな」
コベックが馬を寄せてくる。
(うわー。やめてほしい)
内心ゲンナリしていると……
不意に羽音がして、肩にアンドリューが下りてきた。
「うわっ、何だ」
コベックは驚いて、少し馬を離す。
私はこっそりとアンドリューにささやいた。
「ありがとう。……一緒に来てくれるの?」
クッ、と、アンドリューが短く鳴く。
「心強いわ。本当は、この人と二人きりなんて、嫌でたまらなかったから。何だか、嫌な予感がして。……なんてね、我慢しなくちゃダメよね」
すると――
急に、アンドリューは飛び立っていってしまった。
(ええっ、もう行っちゃうの!? いつもはもっといてくれるのに! このところ愚痴っぽいから、嫌になったのかしら。あーあ……)
肩を落とす私だった。
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