隣の少年A

 紳士淑女の皆様! また来たのですか。ご愛顧、ご愛好有難うございます。いやはや、しかしここまで『泥濘』『無価値』と続きましてとりとめのない話ばかりというのも酷ですから一つちゃんとしたお話を致しましょうかね。なあに、煙には巻きませぬよ、お気遣いなく、ご心配なく。

 さてさて本日お話いたしますは隣の少年Aのお話。隣の少年Aとは、まあ隣の少年Aでしかなく、それ以上に意味を持たない文字列です。ええ、お察しの通りでございます。そんな人間、存在しないもんで。しかし、ここからこの意味のない文字列を膨らませ膨らませ、そのままポンと宙に上げるが物書きの仕事でございます。ええ。ええ。つまりここからは私めがさらさらと織りなす旗模様を、皆様にご覧いただく形になります。

 さて、隣の少年Aというのは文字通り、隣に住まう少年でございます。彼はいつも何かをぶつぶつ呟いては私の頭を悩ますのです。ある時は蛙が卵をいくつ生むのかということを話し、ある時は人間が卵をいくついきむのかということを話します。ええ、聞いて分かります通りとても建設的とは言えない言の葉を紡ぐのが、少年Aの営みというわけです。

 そんな下らぬ少年Aがどんな姿をしているのか、というのは実は私にもよく分かりませぬ。見たことがないのです。少年Aを。なんでかって? そりゃあそんなわけわからん事を積み木のように組み立てて出来上がったような人間に関わりたくはない。そうでしょう? あら、違った? でも不気味ですよ。夜な夜な聞こえる、なんてホラーの常套句が生ぬるく感じますよ、私の立場になったなら。なれ。だって朝も夜も昼もずうっと聞こえるんですよ、少年Aの声は。ずうっと、です。ホラーなんてものが法螺だと思ってしまうほど、なんちゃって。冗句ですよ冗句。

 ではそんな少年Aの声はどんな声なのか。これがまた聞いてくださいよ。聞けるはずですよ。そんな声なんですよ。煙に巻いてなどおりませんよ、聞こえるはずです。ほら、隣に耳を澄まして。ああ、違う。鼓膜じゃない。脳ですよ。脳で聞くんですよ。頭で。

 聞こえました。さて、こんな少年Aですが、今日は何をお話いたしますかと言えば隣の少年Bの話。隣の少年Bとは、まあ隣の少年Bでしかなく、それ以上に意味を持たない文字列です。ええ、お察しの通りでございます。そんな人間、

 ?

 存在しますね。

 さて、そんな少年Bが住まうところは正に少年Aの隣。つまり、私の隣に少年Aがありましてその次に少年Bが。ちなみに先取りをすれば少年Cが居て、いくつかの羅列の後にあなた方のうち誰かの隣に到達するのです。ええ、嘘ではないですよ。人間にはどうやら共通した無意識があるらしいじゃないですか。それがいっぱい並んでいて、その先にあなたがいる。いやはや、なにも不思議ではない。むしろこれは事実ではないですか。

 ポップコーンマシーンが縦横無尽に広がってるんですよ。ネットワークよりも広大に、私たちを結ぶポップコーンマシーンがぽぽぽぽぽぽぽとポップコーンを吹きまして、今や私たちは過食も過食。一つのポップコーンを味わうにも至らない。その癖全部同じような味とはまるで食事ではなく処理じゃないですか? 多分小説はその解決になると思うが、大が小を兼ねるように多が少を兼ねると考えがちな人間は多く、結局その価値は伝わらぬ。そのことを嘆く必要はない。ただ、そのように時間を遅めるという効果を伝えたいのだ。

 まあ接吻が下手くそな下郎には分からんですね、こんなこと。あなたのことかもしれないし、そうでないかもしれない。しかしまあ、どうです。たまにはゆっくり味わうのもいいじゃないですか。ゆっくり味わって、味わって、ああこちらいかがでした? 歯磨き粉よりはマシな味に仕上がっているといいのですが。ああ、歯磨き粉を食べたことがありますか? あれね、泥濘と同じ触感なんですよ。ほら、説明したじゃないですか、『歯と舌の側面が』って。あの触れ合うところ。ざらって。しません? しませんかあ。しないならいいです。

 ご清聴ありがとうございました。ではまた、あなたの愛想が尽きないうちに。

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僕の話を聞いていきますか? ああ、ご自由に。 時雨逅太郎 @sigurejikusi

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