無価値
闇の中で笑う姿に惹かれることはないだろうか?
その笑いは、楽しくて笑っているんじゃない。ともすれば、自らに降り立った勘違いな全能感のせいでもない。感情の震えに脳が耐え切れず、バグった笑いだ。バグとはスパコンの、なんかこう重要なところに虫が入り込んだせいでシステムに異常が発生したことが語源とされている。この虫というやつは厄介で、ああところで蟻を食べたことは? 酸っぱいんだ、蟻って。有りか無しかで言ったら無しなんだが、飲み下したりでもしたら喉の繊毛が異物だと勘違いしてぐしゃぐしゃで水分の抜けた亡骸を吐き出させる。その触感はまるでアルミホイルの破片みたいで、おすすめしない。梨の方がマシだ。
虫は異物だ。私たち人類は雑食であり、好き勝手に生命を食料と見なすことができる。でも私はあの日、確かに蟻を吐き出したのだ。あの時のたまらない感情といったら、ああ本当、思い出しただけで少々の眩暈を感じる。
ところで小説なんてものは正に異物である。バグだ。あの日、必然的にコンピューターの調子を狂わせた虫と同様。なんでそんなことを言うか? だっていとも簡単に僕たちはエラーを起こすじゃないですか。あの時ああした方が正しいとか、それができなかったのってきっと感情という大枠に含まれるエラーのせいですよね。まさかこの人生、全く後悔も失敗もない人なんていないと思うので勝手に話しますけど、その後悔を、未だに後悔していることを思い出してみてくださいよ。正しくない行動をしたのはなんでですか。どうしてそれを未だに後悔してるんですか。あなたに話しているんだ。
失敬。
もちろんこの僕は把握してますよ。人間それだけじゃないって。後悔にも様々な種類がありますものね。だから、まあ、構わないです。僕の文章に嫌悪感を覚えるなら立ち去ってください。危険だと思います。
………………。
ええ、つまり小説、というより文章、芸術? 僕には難しいことは分からないが、詰まるところ、このエラーを引き起こすことこそが本質であると思う。というか僕の憧れはそれだ。そう言った文章を書き連ねることこそが、理想なんだ。
僕の話をさせていただくと、僕の感情はあまりにも動きにくくなっている。まるで、硬直したように、反射を示すことも稀な生命と呼ぶに能わない心臓。それが僕自身だ。だから心臓は、この脳はエラーに憧れた。ずっとエラーは無価値だと考えていた。だが同時に強く求めていたのだろう。そのエラーというやつを。間違いなんてない方がいい。そうだったはずだが。ああ、そういえばこんな話を聞いてて楽しいですか。……結構なことで。ところであなたはそういったものに価値を感じますか。そういった間違いに、脳のエラーに、価値はあると思いますか? いや、どうにもこのごろ間違いだとか無駄なものに価値を感じない人が多いと聞きまして。じゃあ僕らの存在価値ってないですよ。人間よりAIの方が正しい判断を下しますし、論理的思考はあちらの方がありますよ。それでも間違う? はてさてじゃあ何が正しいんですか、全く。
あなたに聞いても意味がないですね。あなたはきっと無駄を愛する。
ええ、つまり僕の言いたいことなんてこうやって簡単にまとめられるんですよ。
『小説とは、感情を発生させるものである』
これだけです。
僕のバグとエラーに塗れた文章、無価値でしたか?
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