第11話

 夏岡と冬木が八幡のカフェに訪れた明くる日の午後、秋野と春澤はそのカフェを眼下に見下ろせるショッピングセンターの五階にある和風レストランにいた。

「……でも、びっくりしたわ。真由美が風屋君とSNSで繋がってたから」

「そんな驚かないでよ。果歩がそれを発見した数時間前だもの。風屋君と繋がったのは」

 二人は窓際の席でランチを済ませて、抹茶を飲みつつ栗羊羹を食べていた。館内は冷房が効いており、熱い抹茶と冷たい栗羊羹は相性が抜群で殊の外美味しかった。特に栗羊羹は千葉で創業百年以上の老舗の和菓子店から取り寄せたもので、素材となる栗には厳選された味わいがあり、またその栗を包む四角い寒天に小豆の風味と香りが漂っている。二人は偶々、例のカフェを眺められる空間としてこの店を確保したわけだが、これは嬉しい発見であった。

「夏岡君から聞いたんだけど、果歩って風屋君から高校時代にラブレター貰ってたのね」

 そう訊いてきた秋野は微妙な表情をしている。

「あら、夏岡君、真由美にそんなこと話してたの。卒業してから確か一週間かそこらで私宛に同級生の男子の誰かさんから手紙が届いてたの」

「その誰かさんが、風屋君だったってわけね」

 古くからの仲の良い友人同士だが、春澤には時折、秋野を不思議な女性に感じることがある。可憐な人懐っこさが露わになる時と、少し痛みを伴うような寂しい翳りが表れる時があるのだ。今の秋野は後者であった。高校時代に女子の誰もが憧れるような対象の夏岡と恋愛関係にあった秋野だが、ひょっとすると夏岡とは正反対の個性を有する風屋にも好意を抱いていたのかもしれない。そういえば秋野の血液型は二面性をもつともいわれるAB型であった。春澤は一般的にはAB型とは相性の悪いO型である。そして夏岡はA型で、冬木はB型であった。血液型判断だとA型とB型も相性は悪い。血液型判断の相性の良さを信じるなら、春澤のO型と冬木のB型がベストなのだが、春澤にとって冬木は昔から恋愛対象としては全く蚊帳の外であった。それに本当のベストカップルの血液型の組み合わせは、男性がO型で女性がB型ともいわれるではないか。だが、そんな物差しを鵜呑みにする日本人は馬鹿げている。留学経験のある春澤は本心では常々そう感じていた。


「あれっ!」

 突然、秋野が声を上げた。彼女の視線は、風屋健が木曜日の午後によく訪れるというカフェに向けられている。しかし今日は金曜日である。

「どうしたの?」

 春澤の問いかけにも、秋野は動じることなく真剣な面持ちで窓から見える下界に目を転じていたが、直に憑き物が落ちたような諦めの良い笑顔に変わっていった。

「……見失った、風屋君を。あのカフェから出てタクシーに乗るところを見たわ。しかも若い女性と一緒だった」

 それを聞いた春澤は驚嘆した。風屋健から卒業後にラブレターが自宅に届いた彼女ではあったが、殆ど興味が無く、今では手紙の内容すらよく覚えてはおらず、もう何処にあるのかさえもわからない。高校時代には歯牙にもかけなかった存在が大きく変貌し、地を覆う雲のように広がってくるようなイメージが春澤の心に湧き上がった。

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