第4話

  東の空の太陽が燦々と大都会を照り付けている。梅雨が明けた日曜日の午前、冬木は自身が経営する会社の社長室で一際存在感の強い東京スカイツリーを眺めていた。秋葉原の電脳街と神田の古書街の境界辺りに位置する細長いオフィスビルの十五階のフロアからの眺望は気分爽快だ。


 ここ半年ばかり彼はほぼ毎日出社している。プロジェクトの納期が近いこともあるが、自宅にいても居心地が悪いという事情もあった。

「冬さんのその話は実に興味深い」

 徹夜続きの疲れた声でそう呟いたのは開発部長の山田である。新卒で入社した大手のゲーム会社に勤めていた頃の同僚で、この会社を起ち上げた時の創業メンバーだ。冬木はもう現役から引退して久しいが、山田は部長職の傍ら社内サーバーの環境構築のような現場作業も若干担当していた。社長室の隣の広い開発室では主力メンバーが黙々と大詰めの仕事に集中している。社長と開発部長は蚊帳の外だが、場を尊重した観察は怠りなかった。


「四十手前でお見合い結婚の俺も、実はロマンスに見捨てられてなかったってことか」

 冬木は先日の同窓会のネタを山田に打ち明けていた。只、こういうネタは多忙を極めるゲーム開発の現場ではガス抜きになったりもする。ましてや、それが自慢とはほど遠い社長の間抜け話とくれば尚更だ。実際、山田は四角い黒縁眼鏡を外して白髪頭をかきながら脱力した笑みを漏らしている。

「どうやら、山ちゃんには受けたみたいだ」

「僕も冬さんもプログラマー出身だから条件分岐の話には引っ掛かり易い。もし笑い袋が冬さん自身の制作物だったとしたら、その女性と恋愛結婚してた可能性だってある」

「それはどうかな。だって彼女は高一の夏休みに海外へ消えたわけだし」

「いや、ひょっとしたらそっちの事情も変わった可能性はある。最近見た映画で、子供を交通事故で亡くした母親が、今の悲しい現実は最悪の悲劇バージョンに過ぎず、様々な選択肢で分岐する他のバージョンでは子供が交通事故に遭遇することもなく平穏無事に日常を過ごしている、というのがあった。そう信じることで、主人公の母親は心の痛みから解放されていく。これって確か並行世界……」

「なるほど並行世界か。俺もその概念は知ってるよ。過去にそんな空想科学的な小説を読んだ気もする」

 

 二人の会話はそこで打ち止めになってしまった。蝉の声に設定した冬木のスマートフォンが鳴ったのだ。連絡の主は秋野であった。

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