第44話:狙撃手二人

「何よ、アイツ!!涼に色目使っちゃってさ。女ってのは慎みよ」


「……いや、お前が言うな」


 無論、結姫の味方ではあるが単純に女としての気品は、月音の方が格段に上だった気もするが言及はするまい。

 どうせ“アイツの味方するわけ!?”とキレ散らかすのはわかっているし、面倒な問答をしている場合でもない。


「何よ、涼はアイツの味方するわけ!?」


「味方なんかしてないだろ。そんなことをどうでもいいから次行くぞ。最低でもあと一人は最終発症者がいるんだからな」


 端末にも連絡が来た位置は概ね記憶していたので、次の戦いへ向けて走った。

 月音がサイレンの元ではないと考えると、今の東京第二都市には二人の最終発症者が存在することになる。

 ちなみにハーミットの遺体は近くの部隊に連絡を取って任せたので問題ない。


 それにしても、あと二人の最終発症者がいるにしては静かだ。


 轟音がしているのは更に遠く、それなりに近くでしたサイレンの主はどこに行ってしまったのだろうか。

 涼の頭の中で最後に月音がしてくれた忠告が引っ掛かっていた。


 あの言い方からすると、次に狙われるのは……恐らく。


「結姫、無理に俺に合わせないでいい。ちょっと俺から離れろ」


「がーん……離れろって」


「そういう意味じゃない。狙撃手がいるかもしれない」


 狙撃と言えば、思い当たる事件は一つしかない。

 二人も巻き込まれることとなった、最終発症者への狙撃事件が最近になって不自然に起き始めているのを思い起こす。

 変異した肉体を貫く武装を持ち、遠距離からの狙撃を成功させられる腕がある謎の人物が今回は涼達に目を付けたとすれば危険極まりない。


 もし、そうだとすれば二人で固まれば狙い撃ちされ易くなる。


 狙撃を回避したとしても、どちらが狙撃手に狙われている対象なのかを最初に突き止めなければ戦い方も定まらない。


「結姫、銃声が次に近くで聞こえたら横に跳べ。お前なら間に合う」


「えっ……どういう意味よ?」


「いいから———」



 銃声が鳴ったのは、その瞬間だった。



 同時に涼の左肩に唐突な激痛が走り、真横の地面が何かに撃ち抜かれたように小さく深く抉られる。


「ぐっ……結姫、行けッ!!」


 肩を掠めたのは弾丸、傷はさほど深くはないと状況を一瞬で把握する。

 左腕を生暖かい液体が伝うのを感じながらも、狙撃手の高度と角度を逆算して概ねの場所だけは突き止めていた。

 初撃で涼を殺せなかったのは何か別の要因があるのか、涼が結姫と距離を取る為に速度を落とした瞬間が噛み合ったせいか。

 いずれにしろ、戦闘は行える程度の負傷には抑えたのは幸運だ。


「……わかった!!」


 結姫は涼の傷を気遣って寄ろうとしたが思い留まった。

 涼がすぐに動いた事実からも命に別状はないのは解るし、涼の言葉の強さからして彼女に望むことを理解したからだ。


 結姫がいれば敵を捕縛できる可能性も上がるが、彼女が命を落とす可能性はわずかでも下げておきたいエゴが根底にはある。


 遠距離相手は結姫も分が悪いし、結姫が傷付かない為にも多くの人を救う為にも今は涼が一人で戦い抜くべき時だ。

 ここからは狙撃手は狙撃手同士で仲良くやるとしよう。


「あの角度なら……ここなら安全か」


 咄嗟にビルの陰に隠れて身を隠すと、近くの錆びた手すりを向上した身体能力に任せて強引に引き抜いた。

 結姫ほどではなくとも、人間にしては強い腕力を発揮する程度なら可能だ。

 その先に上着を引っ掛けて、空も薄暗くなっている中で布を靡かせた。


刹那、緩く握った棒ごと上着が持っていかれる。


 この暗闇の中で視界が効く上に狙いは正確だが、それ故にいる場所が読めた。


「あのビル四階、か。威嚇しておく方がいいな」


 腕の強化兵装を持ち上げながら建物の陰から素早く狙う。

 殺す必要はないので狙いを低めに下げ、足に当たれば収穫の構え。それでも、まずはこちらだけ狙い撃たれる状況を打破しなければ事態は好転しない。


 引き金を引いた瞬間、起こる光と共にガラスが粉々に砕け散る音が聞えた。


 更に一発を撃ち込むなり涼は今もたれかかっているビルの裏口から侵入し、敵を捕捉する為に階段を駆け上がる。

 ビルの陰からでは顔を出すにもリスクはあるが、移動してしまえば一方的に狙撃できるようになるかもしれない。


 これは相手を探し出して負傷させた方が勝つ、いわば陣取り合戦に近い。


 弾を二発連続で撃ったのは、涼が相手の居場所を知っていると伝える為。そして、あの場所に陣取っていることを印象付ける為だ。

 相手が移動していたら、またそれの繰り返しになるが。


 廃ビルの四階の廊下側窓からは、先程まで相手がいた場所が見える。


 そして、薄暗い廊下を駆け抜けようとした時。



「ッ……なっ!?」


 念の為に身を低くして、四階の階段を登り切った一瞬だった。


 普通の姿勢なら頭があった場所に銃弾が炸裂して壁の一部が崩れ落ちる。

 階段を登る動作をもずっと見ていなければ、狙撃が不可能であろう完璧なタイミングで相手は銃弾を撃ち込んできたのだ。

 少なくとも、単純な狙撃の能力では相手の方が上だと認めざるを得ない。


 これは普通の人間には不可能な業で、恐らくは最終発症クラスの視力。

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