第43話:忠告
「……優しいのね、貴方。名前聞いていい?」
「皐月涼。一応、これでも治安維持局勤務だ」
「涼、覚えておくわ。貴方はそこのちんちくりんと違って素敵な人ね。私のことを心から救おうとしてくれているのが伝わってくるから」
にっこりと嬉しそうな年相応の笑みを見せると、月音は体から力を抜く。
どうやら彼女を救おうとした気持ち自体は伝わってくれたらしく、一先ず戦いだけは避けられそうだと涼も結姫も安堵して様子を見る。
逃がすよりはと戦ったものの、好き好んで月音を害するつもりはない。
「ちんちくりんって、あたしと大して身長だって変わらないじゃない!!」
「身長なんてどうでもいいの。器の小ささが透けて見えるわ」
「あんただって、お高く止まって半端な気持ちで涼にツバつけんじゃないわよ!!涼にも迷惑じゃない!!」
「私は彼の人格と誠意を評価しただけよ。貴女のようにメスかオスでしか判別できないお花畑と一緒にされたくないわね。まあ、結果として私と彼が意気投合したのなら運命と言わざるを得ないでしょうけど」
どうやら、一戦交えたことで二人の仲は最悪まで発展したらしい。
まさに同族嫌悪とでも言おうか。月音の煽り能力の高さと結姫の煽り体制のなさから来る一触即発の空気に、涼はため息を吐きながらも割って入ることにした。
争いが止まりそうなのに新たな争いが始まっては意味がない。女同士の仁義なき煽り合いが放っておいては近辺が壊滅しかねない。
涼も仲良くやろうと言う気はないが、少なくとも争う意味はなかった。
「とにかくだ。月音、俺達と一緒に来てくれないか?」
「それは出来ないわ。私にはまだやることがある。ただ、それが終われば貴方を頼るか考えてもいいわ。どうやら、本気で口説いてくれたみたいだから」
「やるべきことの内容次第で応じるかは変わってくるんだが」
「より多くの人を救うこと。それだけしか今は言えないの」
要するに涼と今すぐに行動を共にする気はないという結論だ。
しかし、こちらとしても彼女を逃がした上にハーミットの遺体を渡してしまったというのではハーミットの死が無駄になってしまう。
彼の遺体を決してモルモットやモノとして扱う気はなく、記憶に留めた上で人間として埋葬はする。それでも、彼の遺体からは得られる情報が多いのも確かだ。
あの時は怒りはしたが、ハーミットを殺したのは実質的に涼と言える。
ここで彼の遺体を渡せば、研究に役立てる意味でも懺悔の意味でも目的が果たせなくなってしまう。何より彼の遺体を利用して何をしでかすかも見えない組織には渡さすわけにもいかない。
この一件では誰にも余計な手出しは許さない。涼にはハーミットと呼ばれた男を人間としての尊厳を保ったままで埋葬する責任があるのだ。
「ハーミットの遺体は渡さない代わりに月音を見逃す。これで手を打つ気はないか?さっきの戦いで解っただろうが、俺達も簡単に逃がす気はない」
「いいの?そんな約束しちゃって。後でアイツに怒られるわよ」
「俺達が漏らさなければいいだけの話だ」
戦ってみて相手の強さを悟ったのは月音側だけではなかった。
月音の方が継続的に出せる走力に限れば結姫より上であり、そうなれば必ず逃げ切られる事実を涼は正確に把握していた。
今は周囲に展開している治安維持局の人間も混乱の最中にあるので、正確な包囲網を築くには時間が到底足りない。
それならば、せめてハーミットの遺体だけは渡さない。
目の変異で正確に二人のステータスを把握していたからこそ、涼はこの交渉を行うことを全く躊躇わずに実行した。
全てを手放すよりは得られる物を取る、癪ながら九条から学んだことだった。
「いいわ、それで手を打つわ。これ以上、追われて万一にも捕まるよりはマシだもの。ハーミットに関しては諦めましょう」
「……随分とあっさり納得するんだな」
「今ここで捕まるのが一番困るの。そこのちんちくりんがいる限り、振り切るにも時間がかかりそうだし」
息を吐くように煽りつつ肩を竦める月音と威嚇の眼差しを向ける結姫。
月音とて自分の方が走力に関しては勝る自負はあれど、涼ほど双方の力を的確に測り切ったわけではない。
殺す気はなかったとはいえ戦って解ってくれればよかったが、最悪の場合は得られる物を得て引き上げるしかないと涼は想定していた。
結姫を殺さない為に冷静さを保つ涼は今回が無理をしない。
交渉成立、ハーミットから離れると月音は二人とも距離を取った。
彼女側からも“約束はお互いに守ろう”と行動で先に示して見せたのだろう。
「貴方達のような人間がいることを知られて良かったわ。それと涼、私を助けようとしてくれたことは嬉しかったわ。ありがとう」
「……別に誉められるようなことをしたわけじゃないだろ」
銀色の髪を揺らして微笑む月音は月灯りの下でまるで妖精のように美しい。
「最後に忠告をしておくわ。東京第二都市には大きな混乱が起きる。過度な最終発症者への哀れみは命を縮めることになるでしょうね」
彼女が何を知っているかは推測の余地すらないが、最近の東京第二都市は確かに異常な事件が発生し続けているのは間違いない。
ここで彼女を問い詰めるのは簡単だが、これ以上の交渉を強行すれば再び実力行使になってしまうのは火を見るより明らかだ。
そうなれば二人よりも変異の持続時間の短い涼のサポートにも限界があり、より確実に月音には行方を晦まされる未来が透けている。
見逃すしかない、と銃内部の引き金から力を抜いた涼によく通る声が告げた。
「それと……これから移動するのなら、
最後に唇を緩めると月音はその場から姿を消す。
謎めいた発言ばかりを残して、本当に生還者なのかを完璧に確かめる暇もないままで嵐のように現れた彼女は再び去ったのだった。
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