第42話:Level-Ⅱ

 黄金と白銀は闇夜に踊り、人間離れした動きで互いの武装は火花を散らす。


 結姫も出来るだけ月音の刃を受けないように立ち回っているが、それでも防御に回らざるを得ない瞬間はどうしても存在する。

 変異する奇妙な兵装の黒刃を受けながら、まだ歪み程度で済んでいる硬度は鷹型兵装ファルコンの腕装甲に使用された最終発症者の肉体の持っていた性質。

 強化兵装アサルトは硬質化した最終発症者の肉体の棘状部分等を加工して材料に使用することで、並外れた硬度や耐久性を誇っているのだ。


 対して、月音の剣は最初から強化兵装並みの硬度を誇りながらも、更に変質化を強引に進めて強度を増している。


 MLSになった人間の肉体強化に限度があるのは、先に脳と神経が崩壊すれば最終発症者といえど活動できないからだ。

 いかに人間を超えようとも、肉体が崩壊しないように脳がリミッターをかける。

 だが、変質のメカニズムのみを反映した道具が作れるのなら、脳も神経も存在しない故に限界を超えた強化が可能だ。


 こんな技術が人道的にも技術的にも存在しているはずがない。


 見方を変えればあの兵装は生きた最終発症者そのものなのだから。


「…………っ!!」


 強度の差は歴然、ビキンと結姫の右装甲に亀裂が入る。

 あと受けられて二撃と言う所。そう冷静に把握した結姫は右の爪を振り上げると一気に敵へ叩き付けた。

 それを容易く弾く月音は好機と見て、返す刃で結姫の空いた右腕を殴り払った。

 “まずは利き腕から封じて動きを止めるつもりだ”と見抜く涼が手を出さないのは、結姫に何か考えがあると察したからだ。


 体勢を崩した結姫は、そのまま右腕を再び振るい返して応戦。



 誰もが予想しなかった選択肢を彼女は選んだ。

 右腕の装甲を外すと凄まじい速度で、月音の顔目掛けて強かに放り投げたのだ。



「投げ、っ———!?」


 さすがの月音もこの攻撃は予想外だったらしく、振るいかけた一撃の勢いを利用して身を屈めて回避を選択した。

 しかし、回避にリソースを裂いたことで、必然的に結姫へ振るった剣が死んだ隙を彼女は見逃さなかった。

 残された左の爪で黒刃を咥え込むと、結姫は鷹型兵装ファルコンに搭載された機能を不完全ながら開放する。


「……雷送開始ショックッ!!」


 音声を解析して強化兵装は瞬時に雷と見紛うエネルギーを流し込む。

 変質した肉体には特に強力に伝わる膨大なエネルギーの奔流は、剣型兵装を伝って月音を内部から打ち据えた。

 日下部千花との戦いの時も使用していた雷送開始ショックは、いかに生還者だったとしても損傷は避けられない。


「ッ、あ……やって、くれるじゃない」


 後ろに跳び退くとガクンを膝が崩れかけるのを必死に堪える月音。

 これにまともに耐えるだけでも脅威だが、右装甲と引き換えに結姫は確実に相手を戦闘不能に近付けた。



 その隙を、皐月涼そげきしゅが逃すはずもなかった。



「―――Level-Ⅱ、装銃開始アンロックッ!!!!」



 あえて、彼女に気付かせるように狙撃手たる教示も忘れて、堂々と彼女に銃口を向けて放つは轟音と黄金の光線。


 この状態で構えもさせずに撃てば、万一にも月音と名乗る少女を死に至らしめる可能性は大いにあった。

 だから、涼はあえて直前に声を発して彼女に狙撃を察知させたのだ。

 手にした剣で防げるギリギリのタイミングで、死を回避できる露骨な機会を相手に与える戦い方をしたのだ。


 これだけ露骨に銃口を見せれば、彼女なら避けようとするはず。


 もっとも、完璧に回避が間に合う速度ではない。



 キン、と砕けた破片が地に落ちて甲高い音を響かせた。



「本当に、やってくれたわね……」


 月音はまだ五体満足でその場に立っている。

 手にした兵装の刃の半ばから先は銃弾によって粉々に吹き飛ばされていた。

 本来の硬度を彼女の兵装が発揮できていたら、ここまで武器だけを狙って綺麗に消し飛ばすことは出来なかっただろう。

 結姫が与えていた損傷により、自身と兵装の変質を完全な形で維持することが難しくなった故の戦果だ。


 最悪でも手から吹き飛ばすつもりだったが、十分過ぎる結果だった。


「一対一にこだわるつもりはない。卑怯とでも何とでも言えよ」


「まさか、言わないわ。それで私を殺さなかったのは事情聴取のため?それとも生還者かもしれないから?」


 まだ、戦う余力は十分だろうに刃を砕かれた柄を握ったままで、彼女は涼に向けて吐息と共に静かに聞き返す。

 まるで涼の真意を試すように、見透かすように視線を逸らさない。


「お前が人間だから。殺す必要がない命だからだ」


「私が人間?こんな力があって、人を殺そうと思えば幾らでも出来るのにね」


「少なくとも俺にはお前が人間しか見えない。意志が通じて、交渉が出来て、普通に生活できる。他にそんな生き物がいるかよ」


 人間だとか人間じゃないとか、そんな自問自答は意味のないことだ。

 かえってMLSを早める原因になりかねないし、もしも人を超えた力がありながら生きていることに悩むのなら願うだけでいい。

 自分は人間であると。人間らしく生きていくのだと胸を張って叫ぶだけでいい。


 だから、目の前の彼女もそうであって欲しかった。


「俺達と一緒に来てくれ。絶対に最後まで見捨てない、約束する」


 情報を得たいという打算がないわけではないが、知らずに死んだ妹や結姫の影を彼女に重ねている自分に涼は気づいていた。

 柄にもなく熱弁を振るってしまったのもそのせいらしい。

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